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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan

【4877・78号】伝道のともしび 苦しみを通して、希望の光が 加藤 智恵

2018年3月3日

 東日本大震災の起こった2011年3月11日のことは、忘れることができません。郡山カトリック教会で一週間遅れの世界祈祷日があった日でした。会場を出たのは、午後2時を過ぎたころでした。5名の教会員と帰りの車の中で被災しました。車がハンドルを取られて運転できなくなりました。何が起こったのか分かりませんでしたが、停車した車の中から外を見ると、側の家の壁にたちまちに亀裂が入りました。不気味な黒い雲のあとに、小雪が舞いました。

 何が起こったのか分からないままに、漸く車が動くようになって教会に向かいました。道路には、ブロック塀の大谷石が崩れ落ち、家の瓦は散らばっていました。教会に急いで向いました。幸い安積教会は鉄骨造りだったので、倒壊はせず無事でしたが、閉めてあった門扉が開いていました。壁には亀裂が生じ、屋根の損傷や会堂のベニヤ板は剥がれ、牧師館の雨漏り等がありました。十字架は傾き、定礎という壁にはめ込まれた石が剥がれ落ち、木材がむき出しになりました。教会の壁紙は剥がれ落ち、家具があちこちに散らばり、寝る所を確保しなければなりませんでした。

 水が出なくなり、水の確保をするのが大変でした。水のない生活がどんなに大変かを知りました。多くの家が、瓦が落ちて、雨漏り防止のためにブルーシートが掛けられていました。こんな状況でしたから、瓦屋根の捕修をするのが先で、会堂の本格的修復工事が始まったのは、10カ月後の12月でした。嬉しかったです。安積教会員の家も補修は必要でしたが、それ程の被害を受けなかったのは幸いでした。

 このように、安積教会は、浜通りのように津波の被害は受けませんでしたが、目に見えない放射能の恐れが続きました。郡山には、ビックパレットを中心にして、多くの仮設住宅がありました。皆さんどのような気持ちで生活されておられるのか。仮設住宅を一周させて頂いたことがありましたが、安易に声をかけられない雰囲気が漂っていました。

 須賀川市在住の人によって「花は咲く」という歌が生まれましたが、濃い霧の中で、沢山の人々がうごめいて苦しんでいるイメージで、このような状況に遭ってどうしていいのか分からない。けれども、必ず、花が咲くように、明るい未来がやってくるという内容の歌で、わたしは、今でも涙なしにこの歌を歌うことができません。

 東日本大震災から10年近くを間もなく迎えることになります。少しずつ悲しみから、被災の現実を受け入れ、津波にさらわれた2万人を超える人のためにも、その犠牲を無駄にしたくない、という機運が高まり、今は再建の準備が進められています。希望の光が差してきました。

 震災によって、教区や教団の問安を受け、全国の多くの方々に支えて頂いたことを感謝しています。この支えがあったからこそ、小さな安積教会は乗り越えることができました。資金面での事も何とかクリアできました。皆さまに心から感謝いたします。
(東北教区・安積教会牧師)

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