茨城と言えば納豆」、「納豆にはねばりがある」、「納豆のようにねばり強く」、隣の伸ちゃんがすかさず、「あなたはねばり強くない」と指摘する。
後藤道子さんが腹話術と出会ったのは、短大卒業後、キリスト教主義の幼稚園の教諭となって3年目に、職場から言われて参加したロゴス腹話術の初心者研修会だった。
春風イチロー師匠(野田市朗牧師)が、人形と聖書を語ることを始め、研究会が発足。多くの人が集っていた。
研修では大変厳しく、激しい口調で檄を飛ばす師匠は、一方で、優しく聖書の福音を説き、温かい言葉で励ましてくれた。その人柄と出会い、キリスト者の母を通して知っていた神様が、直接目の前に迫って来たという。この出会いを通して、洗礼に導かれた。
その後、後藤さんは、忙しさもあって、腹話術からも、教会からも離れて暮らす時期を過ごす。この間、次男、伸介ちゃんが生まれてすぐに亡くなるという苦難を経験した。「伸介の代わりに、人形を育てたい」との思いを与えられ、師匠に人形を依頼したが、長い事、箱に入れたままであったそうだ。
子育てが終わり、保育士として働き始めた頃、押入れから「伸ちゃん」を取り出した。何も語らない伸ちゃんに命を吹き込むべく、初心者研修から20年目の再研修が始まった。「上手くなりたかったら、教会に行き、聖書を読め」との師匠の言葉によって教会生活も再開した。現在は、自宅の傍にある常陸大宮チャペルに通っている。
自らの証しでもある「納豆」の台本を書き、検定試験に合格、「春風ねばり」の芸名を受けた。「求めよ、そうすれば与えられる」との信仰のねばり強さへと、人々を促す。「残された命の時間、伸ちゃんと共に、苦しみを笑いに変えることを喜びとしつつ、語り続けて行きたい」と話す。
大阪生まれ。常陸大宮伝道所(茨城県)会員。