【4811・12号】クリスマスメッセージ 慰めの共同体 教会のクリスマス 加藤常昭

東ベルリンで祝われた降誕祭

 「慰めよ、わたしの民を慰めよと/あなたたちの神は言われる」(イザヤ書第40章1節)。

 ヘンデルの「メサイア」は、柔和な、しかし、透徹する、このイザヤの言葉を歌うテナーの歌声に始まる。捕囚期の預言者第二イザヤが預言した慰めの時が遂に来たのだと告げる。今来られる主のために道を備えよ、と呼びかける(3節)。

 1966年、降誕の祝いの食事に、私は、他の日本やアフリカからのドイツ留学生たちと共に、東ベルリンのある家庭に招かれていた。その最中に牧師が訪ねてきた。開口一番、「遂にやりました。今年はゼロです!」と叫んだ。家族は口を揃えて喜びに溢れて答えた。「そうですか。よかった! よかった!」。

 ベルリンの壁が構築され、東ベルリンはいきなり、西に住む家族、友人たちから遮断された。特に高齢者たちが孤立した。壁が造られた年、降誕祭の夜、教会堂にひとが溢れ、家族が団らんを楽しんだ夜、牧師館の前で何かがどさっと墜ちる音がした。牧師が飛び出してみると、向かいの住宅から飛び降りたひとだったそうである。次の年も同じように自死するひとが出た。牧師は、教会が問われていると思った。はなやかな祝いの時に、絶望の極みに耐えられなくなった教会の仲間がみずからいのちを断つ。降誕の歌声が届かない隣人がいる。どうしたらよいのか。

 教会の仲間と語り合い、クリスマスが近づくと、孤独、悲しみ、痛みのなかにいると思う隣人を訪ねた。祝いの食卓に招いた。壁ができてから5年、遂に自死するひとがひとりもいなくなった。牧師と教会員が手を取り合って喜んだのは、そのためであった。

 外国に留学すると他人に言えないような惨めな思いをすることもあり、孤独な思いも深まる。そのとき、慰めの主のご降誕の祝いの席に私たちを招いてくれたのは、豊かな西の人びとではなかった。閉ざされた、しかも物質的には遥かに貧しい東ベルリンのキリスト者たちであったのである。

死に打ち勝つ慰めに生かされて

 来年は敗戦後70年を迎える。いつであったか雑誌「信徒の友」から敗戦の年のクリスマスの思い出を書いてほしいと言われ、少々困惑したことがある。敗戦がもたらした絶望と虚脱の思いは、物質的な貧しさ、飢餓の現実と重なり、単純な解放感の満ちた降誕祭などとは程遠いものであった。語るべきものは何もなかったとしか言えなかった。

 しかし、ただひとつ今なお鮮明におぼえていることがある。誰かがもみの小さな木を手に入れてきた。牧師の妻はアメリカ人の元宣教師であった。ドイツ系の家庭の人であり、故国から届いたというデコレーションの箱を開けてくれた。まことに簡素な金と銀のモールだけのようであった。その糸をかけるとそれでおしまいかと思ったら、夫人は、これが私たちの慣習なのよ、と言って、もうひとつ箱から小さな木製の素朴な十字架を取り出して、木の根元に置いた。まだ旧制中学の4年生であった私は胸を突かれた。敗戦の故に心身深く傷付いているところで、思いがけずクリスマスの小さなツリーの根元に置かれた茶色の十字架が示す恵みの光が少しまぶしいとさえ思ったのである。

 イザヤ書第40章に始まる第二イザヤの文章は、4つの苦難の僕の歌を含んでいる。その代表的なものは第53章である。「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ/多くの痛みを負い、病を知っている。彼はわたしたちに顔を隠し/わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。彼が担ったのはわたしたちの病/彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに/わたしたちは思っていた/神の手にかかり、打たれたから/彼は苦しんでいるのだ、と。彼が刺し貫かれたのは/わたしたちの背きのためであり/彼が打ち砕かれたのは/わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって/わたしたちに平和が与えられ/彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた」(3~5節)。

 私たちが隣人の痛みにこころを開くのは、この僕の歌が、私たちが誕生を祝う方によって現実となったことを知っているからである。ベツレヘムの馬小屋に生まれた幼子は、天上天下唯我独尊と唱えられたわけではない。ただ貧しい大工の倅であられただけでもない。私たちもまた、「ああ、神にさえ捨てられ、打たれている」と思ってしまった方となられた。だが、驚くべきことにそこで担われているのは、私たちの病、悲惨、私たちの罪であった。

 私は、十字架を掲げる私たちの教会の建物を見て、いつも不思議に思う。死刑のための処刑具ではないか。そこで死刑にされたひとを示すものではないか。だが、私たちは、改革者ルターにならって、ここで私たちは死んだのだと宣言している。ここで死なれた方とともに私たちは罪に死んだのです、と告げる。そして私たちの罪が生んだ悲惨、孤独から救い出されたのです。私たちは癒されているのです。死に打ち勝つ慰めに生かされ、その証しをしているのです。

 「彼が自らをなげうち、死んで/罪人のひとりに数えられたからだ。多くの人の過ちを担い/背いた者のために執り成しをしたのは/この人であった」(同前12節)。ここに私たち自身が慰めを得ている。だから、この慰めに生き、慰めを伝えざるを得ない。そうではないか。

 「信徒の友」12月号で私は提案した。喪中欠礼という慣習をなぜ牧師まで守るのか。私は今、58年間共に生きた妻を喪い、喪中にある。しかし、ただ悲しんではいない。今年こそ、深い悲しみのなかで、妻とともにクリスマスの祝いにひとを招き続け、この慰めを携え、ひとを尋ね続けた伝道者であり得たことをさいわいなことであったと改めて深く思う。今こそ、罪と死に勝ってくださった主の誕生を祝い、クリスマスおめでとう!と叫ぶ。そのことを許されている。喪中欠礼を告げる代わりに、悲しみのなかで、孤独のなかでこそ改めて知る深い恵みをほめたたえる。そこで知る慰めにひとを招きたい。そこにこそ、慰めの共同体・教会の姿があるのである。
(隠退教師・神学者)

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