【4807号】伝道のともしび 伝道と教会形成は同じ方向性を持つ 宮崎中部教会牧師 浅場 知毅 

 「宮崎は地方か」と問われるならば、おそらく「はい」と言えるかもしれません。しかし、私が遣わされています宮崎中部教会は宮崎市の中心部にある教会です。近隣の住人の移り変わりは多く、教会の両隣にはマンションが建っています。歩いて5分もしないところに宮崎一の繁華街があり、教会よりも古くからこの地に住んでいる人は数えるほどです。礼拝に出席している方々も元々は県外出身である方が多いです。その意味では「宮崎は地方か」と問われるならば「はい」と答えられますが、「宮崎中部教会は地方型教会か」と問われるならば、「どちらかと言えば都市型教会です」と答えることになると思います。そのような状況の中で礼拝・伝道・牧会に励んでおりますので、そのような話になるかもしれません。

 私がこの地で伝道していく中で気づかされたことは、伝道という言葉が意外な事に関係しているという事実でした。ある時伝道について話し合っておりますと、教会員の方々が「伝道」という言葉で「路傍伝道」のようなものをイメージしていることが分かってきました。「全ての人に宣べ伝える」ということを、道行く人を呼び止めて聖書の話をするようなことだとイメージされていました。

 そこで私は疑問が湧きました。それは、「全ての人」の中には家族や身近な友人、知人も含まれているはずです。しかしそのことが特別意識されていない。そのことを指摘すると、伝道の話し合いは自分の身近な人をどうやって教会に招くかという方向に変わっていきました。

 その結果見えてきたことは、「礼拝の充実」ということでした。伝道のために様々なイベントを行う必要もあります。しかし、そもそもその教会の礼拝に出席している人が、自分の身の回りの人を連れて来たいと思える礼拝でなければ意味がありません。また、初めて教会に来た方々も「これぞ聖書、これぞ教会」と呼べるものに触れられなければ、招かれた意味も分からなくなります。礼拝の喜びに生かされている者が、身近な方々にも同じ喜びに触れてもらいたいと願って伝道する。招かれた者たちも同じその喜びに生かされるようになっていく。そのために礼拝の充実を考えていきました。教会の頭なる主キリストの栄光が輝く礼拝を追い求め始めました。

 このように、私が遣わされている地で気づかされたことは、伝道と教会形成は同じ方向性を持つということでした。時にこの二つは、まるで相反するもののように「教会の内と外」という言い方がなされます。もちろんそういった面があることは確かです。外を意識して配慮するべきことは沢山あります。内向きにしか分からない言葉や慣習といったものがあり、それらを伝道のために改善していくということもあります。しかし、教会の内と外は単純に区別できるものではないことに改めて気づかされました。特に伝道という言葉が持つ重要な側面についてはそうでした。

 そしてこのことは、牧師の大きな課題となってきます。「礼拝の充実」は、すなわち説教の充実だからです。礼拝の項目を変更するだけで充実していくことはありません。それゆえ伝道の課題は毎週の説教にこそあると思わされるようになりました。

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