【4590号】伝道のともしび

浅草に生きる

浅草教会牧師 小島 仰太

「♪テケテンツクテテツクテン♪…」祭囃子の賑やかな音、そして、足袋に町ごとの揃いの半纏を「粋」に着こなした神輿の「担ぎ手」の声が、「せいやっ!せいやっ!」「おいさ!おいさ!」と町のあっちこっちで響き渡る。神輿と担ぎ手がピタッと一つとなる。その姿、雰囲気は、活字で表現できるものではない。毎年五月、年に一度の「三社祭」で、「浅草っ子」は燃える。「俺たちは三社(祭)のために生きてんだ!」と堂々と言ってのける。その威勢のよさに、ただただ圧倒されてしまう。「祭り好き」の一言に尽きる。この浅草の「三社祭」は全国的にもよく知られ、盛大に行われるが、ここでは、その他次々と何かしらの祭りをやっている。
この町で生活を始めてから一年半が過ぎた。浅草教会は、今年の八月で百十九周年を迎えた。教会周辺は、神社は言うまでもなく、寺院も多く立ち並ぶ。教会のある芝崎東町会(旧町名)には、教会の他に神社と寺院が二つある。「…まぁ、色々な考えの人たちがいるから…」町の人は皆飾りっ気なく、暖かい人たちばかりだ。中には、一九九六年に廃園になった教会付属の「小百合幼稚園」の卒園生も多い。「私は幼稚園の頃、クリスマスに教会で劇やったよ」という人、終戦後、焼失した教会の跡地で遊んだ事を話してくれる人もいる。皆が浅草教会と小百合幼稚園のことをよく知っている。
一年半前、私は「今度来た牧師さん」と呼ばれた。しばらくすると、町の人たちから色々と声を掛けられるようになった。雨が降らない限り、毎日近所の人たちとお寺の前の道路に集まってラジオ体操をしている。「三社祭」の日が近くなると、お囃子の練習に呼ばれる。町は早々と「お祭り騒ぎ」となる。祭り当日には「先生、(御輿を)担がなくてもいいから、とにかく来るだけ来て!」と声をかけられる。冬、クリスマスが終わり、年末になると「夜回り」がある。拍子木を打ち、拡声器で「火の用心!」と叫びながら町内を回る。詰め所となる町のお宮には、「ぼくしさま」と書かれた紙コップが用意されている。この夏は、地元民として「隅田川花火大会」の警備員をやった。
この地で、新会堂を与えられ、一二月で丸二年になる。浅草教会は今、「地域に仕える教会」、「すべての人々に開かれた教会」としての歩みを模索し始めている。会堂が完成した時は、献堂式より先に、町の方々や小百合幼稚園関係者のために、「新会堂お披露目パーティー」を行った。毎年二月に行う「餅つき会」は、町会の掲示版に早くからポスターを貼らせてもらう。町の人たちや通行人にも声をかけ、皆と一緒に、つきたてのお餅を食べる。また今年は、一〇月に四年ぶりとなるバザーを計画している。何をやるにしても、浅草にある教会らしく「粋」にやっていきたい。「粋」とは、「垢抜けている」という意味だが、浅草流に言えば、深く知り尽くしているがゆえの「それなり」ということらしい。単にカタチを整え「~らしく」するということではない。この地を知り、ここに生きる人たちを知り、ここに生きる一人とならなければ、まぁ「粋」にはなれない。
浅草の祭りは、「宗教」というよりはむしろ「文化」だという人もいる。どっちにしても、ここ浅草では、それが確実に継承されている。そこから学ぶことは非常に多い。
教会も、毎日曜日にイエス・キリストの復活を祝う「祭り」を行っている。その信仰を、この地でしっかりと継承していかなくてはならない。キリストを「粋」に着こなし、自分自身の十字架を担いつつ…。

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