【4599号】伝道のともしび

今、地方教会の時代

長門教会牧師 稲垣 裕一

今春、山陰地方と東京を走り続けていた、特急寝台列車が廃止された。私の街でも、昨年、唯一の特急列車が廃止になっている。
今、地方の過疎化が進んでいる。半世紀後に、教団の教会は地方にどれだけの数が残っているだろうか。地方教会の牧師たちは、緊張感をもちながら伝道している。
「長門教会に行かないか」というお誘いを受けたのは八年前だった。いくつかの候補があり、都会の教会も含まれていた。その中で、山陰の小さな街の教会に赴任することにはためらいがあった。
条件は、伝道することと当時の半分の謝儀。退職金はない。教会員は一八人。平均年齢は六〇代で給与所得者は二名である。伝道者は遣わされた地へ行くが、家族に苦労をかけることは目に見える。
「大丈夫。飢え死にはしないから」私の授洗者である大澤務牧師が開拓伝道に赴く時に、そう励まされたと聞く。
神様は意地悪だ。私が迷っていると、いつも何か意味ありげな言葉を思い出させる。初任地の高原教会に赴く時もそうだった。
お見合い説教に出掛けたのは、家族と一緒だった。教会は待っていた。教会員の宿の提供のお申し出を丁重にお断りし、ひなびた温泉宿に泊まった。夜中、ふと目が覚め窓辺に立つと、山のような島影を背景に、湾に明るい月影が浮かんでいた。妻と、任地のことで語り合ったことを覚えている。
封建的な風土の山陰地方で伝道することは難しいと言われるが、教会を守り信仰に生きることも難しい。教会には苦労を重ねて来た人たちが残っていた。新築の小さな牧師館が用意され、三人家族が住むには充分。驚いたが、私も牧師館建築の際に献金をしていた。
「あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ」(マタイ六章二一節)。
田舎に都会の豪華さはないが、都会にないものがあるし、富に変えられないものがあるだろう。私はみ旨と信じ、妻と祈りながら長門教会に赴任した。
地方教会の課題の一つは、牧師がどれだけ長く留まれるかだろう。牧師は、教会を愛し街を愛する。田舎の近しい人間関係の中であの牧師があの教会にいるということは、信徒が教会に行き続けることと同様に大きな意味がある。
そして、主日礼拝を守り、定期集会に出席し、教会のつながりも強くされていく。ご高齢の方の所には訪問する。教会の足腰が鍛えられることを願って止まない。
私は、ここに来て、気負いが取れたような気がする。陰口愛好会もないことはないが、全体的に話し合いながら進んでいる。主にお任せすることが大事だからだ。
長門教会は、山陰西分区の四教会の交流の中で励まされ、西中国教区の教職謝儀互助に支えられている。長い無牧の期間を経験しても立ち続けているのだ。
妻の誕生日だった。保育園料の足しにと妻が早朝のアルバイトをして病院に運ばれ、緊急手術を受けた。過労だった。奉仕を捧げるままにさせておいた私の責任だった。しかしその後、役員の方が呼びかけ会堂掃除の奉仕が始まった。
うちの教会はよく笑う。先日も、能和弘幸さん(小樽聖十字教会/小栗昭夫牧師)が客員になったと喜び祝った。教会は単身赴任の受け皿となる経験をした。主の恵は不思議で、年に一人ずつ受洗者か転入者が与えられている。現在は二四人。祝福されている。
隣で息子が、うさぎ形に剥かれた林檎を見て、「ホタル、ホタル」とはしゃいでいる。毎年六月、長門地方は蛍の絨毯で覆われる。キリストの光が覆っているかのように。家族も四人になった。

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