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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan

【4615号】教団の現状を憂う 副議長に三選されて思うこと

2006年12月2日

小林 眞

四年前、初めて副議長に選任された後、驚いたことがあった。
それは、教団の働きの「幅広さ」である。それまであまり見えなかった他宗教や他教派との交流を始め、官庁との関係などであり、改めて教団の社会的豊かさを知らされた。
加えて、教団は合同教会であるが故に、「多様性」という大きな賜物をも与えられていることは言うまでもない。しかし、この多様性とは「何でもあり」という無制約・無秩序的なものではない。
言わずもがな、当然ながら「教団・信仰告白」を前提とし、「教憲・教規」という土俵に立つのである。
それ故に、洗礼式式文や教師検定試験の科目などを思い起こして戴きたい。
洗礼という、救いに与り教団の信徒になる時に、「教団・信仰告白」を告白し「教憲・教規に従い…」と誓約して初めて洗礼式が執行される。
さらにその方が召されて献身し、研鑽を積んだ後に受ける教師検定試験には、各神学科目以外に「教憲・教規」があり、それも、補教師試験と正教師試験の両方に課せられている。
そして合格後の准允式の時には、改めて「信仰告白、教憲・教規に従い…」と約束するはず。
これくらい大切な教団の基盤そのものである「教憲・教規」。
しかし、残念ながら、この「教憲・教規」を無視し、それぞれの考えで教会を考え、運営しようとする方々が多くなってきたと言われて久しい。
私はこれまでも、教団問安使として、教区総会における挨拶に際しても、前述の内容を繰り返してきた。
しかし、私は「教憲・教規」が、聖書・正典のように、未来永劫変えてはならないものとは決して考えてはいない。
「教憲・教規」は、かつての教団総会で選び取ったものではあるが、時代の流れその他で、現状との隔たりがあれば、その変更もやむを得ないと考える。
つまり、「変え得るからこそ、変更まではお互いが守る」というのが、会議制の最低のルールではないか。
そのルール無視は、現在聖礼典の執行…補教師の聖礼典執行、未受洗者陪餐など…において多く見られる。
教会の根幹とも言うべき「聖礼典」の不一致の故に、現在、教職や教会の間で不信や裁き合いがあり、時には無視にまで至っていることを耳にする。
この根幹での相違の故に、宣教論などを議論しようにも、議論の前にズレを感じ、議論にならないこともないわけではない。
このような「教憲・教規」を外れたところでの対決ではなく、その枠内での対話をしつつ、よりキリストの体をたてるために微力を尽くしたいと思う。

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