【4638号】宣教師からの声

天国はどの地からも通じている

林田 義行
(台湾基督長老教会・高雄日本語教会宣教師)

1980年8月、神学生時代の夏期伝道実習で台湾に一ヶ月ほど滞在した。神学校卒業も近くなって台北の日語教会の長老からお誘いを受けたりもしたが、私はまだ手が付けられていない地を求めて南部を目指すことにした。1983年8月、産声をあげたばかりの後援会の仲間に励まされながら、刷りたての「高雄通信」創刊号を携えて、真夏の台湾に向け出発した。
台北に到着すると、キリスト教医療伝道会の堀田久子宣教師が出迎えてくださり、郊外の淡水では加藤実牧師夫妻(教団宣教師)にもご挨拶することができた。加藤牧師は流暢な中国語をお話しになり、言葉の学びの大切さを実感した。
また、PCT総会事務所では高俊明総幹事が不在で、自宅に政治犯をかくまった容疑で投獄中だった。日本からの献金をお届けして、台北からバスで高雄に向かった。
1983年当時、日本基督教団と台湾基督長老教会(以下PCTと略)の宣教協約の改訂が検討されていた。当時の政府は国民党一党支配体制で戒厳令下にあったため、家庭集会すら原則的に許されず、台湾語聖書の使用や台湾語の説教を禁ずる言語法案が国会で審議されていた。また、中華人民共和国政府が国連代表権を得たことにより、台湾は国際的に孤立するようになった。そうした状況下、1984年11月、教団総会はPCTとの宣教協約を決議、翌1985年、台湾側の総会に教団議長も出席して調印式が行なわれた。こうして私たちの派遣は、この協約に基づく最初の交流となった。
日曜礼拝は、初めは六合教会(鍾桂松牧師)に出席した。南部では台湾語が必要であるため、教会で長老から台湾語を学んだ。長老教会の礼拝は今でも台湾語が使われている。また、近郊の教会での奉仕や、台南神学校研究科へ一年間ほど聴講に行ったことで、友人が与えられる収穫があった。
日本語教会の使命は、日本から切り離された孤独な駐在員の魂への福音宣教と、日本語を話す台湾の高齢の人々とともに生きる道の模索だ。日曜日に二回の礼拝を行なう。朝の日曜学校は平均して15名ほど、その内4、5名は保護者が含まれる。
日本語教会の礼拝出席は25名前後。礼拝には日本人の出向社員や台湾のお年寄り、帰国留学生などが集う。礼拝の時間は、午後の日差しの強い時間帯で、夏場はスコールになることもあるが、幸いなことに礼拝は創立以来一度も休むことなく続けられてきた。
年に3回ほど、母の日、秋、クリスマスに伝道集会を開く。昨年のクリスマスには、高俊明牧師がお話に来て下さった。例年、幼稚園児と家族を招待して100名ほどが集うため、聖句カレンダーやカードなどを準備する。
9月には、日本からソプラノ歌手とピアニストのお二人をお招きする機会を得て、讃美と証しの礼拝を持つことができ感謝だった。
青年伝道の必要性も感じて、国立高雄大学へ第二外国語の講師として出かけている。日本語教会の使命は、福音の種まきにつきる。
今年、台湾に遣わされて25年目を迎えた、7月に、台湾政府による外国人宣教師の表彰式が行なわれた。PCT所属の宣教師から4名選ばれたが、私もその光栄に与った。受賞者の最高齢は95歳のスペイン人神父で、教会や学校を設立して滞在は52年にもなる。杖なしで自分の足で立ち、伝道者の足は強いなと感心させられた。
日本と台湾の宣教の前進のために、日本語教会が用いられんことを祈ってやまない。

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