【4644号】宣教師からの声

主イエス・キリストを崇める
ルツ・ウェーラー
(スイスバプテスト教会からの派遣宣教師・魚津教会牧師)

1974年に来日してから34年間、日本で主イエス・キリストの御業を見ることができ、本当に感謝しています。
私はスイスに生まれ、日本への主の招きに応答したのが1958年のクリスマスでした。10年後にスイスを旅行された故小出忍先生と出会い、1973年に招請を受けて翌年に来日しました。日本語もほとんどわからない状態の中、横浜を中心に関係教会で奉仕をさせていただくなかで日本と日本の教会の様子を段々と知っていきました。
1979年になり交わりがあったカナダ人の宣教師を一年間助けるために富山に来てから、主の道が富山でずっと開かれています。最初富山湾に面した漁港の町四方(よかた)で一軒の家を借り、小さな町に突然外人が来たと大変めずらしがられながらも人々のご好意で聖書センターと銘うった集会を設けました。子供の日曜学校や聖書・英語クラス、夏の子供キャンプ、漁民センターで町のクリスマス会などで主イエス・キリストの愛を伝えました。当時集っていた近所の子供の一人と最近思いがけなく大きな再会があり、神様の素敵なご配慮を覚えました。
15年を経て、同じ富山の北アルプスのふもと立山町に移り「ゆりの友の会」を設けて地域伝道を続けました。その開拓は今も「金曜聖書の学び」として続いています。やがて入善町の知り合いの方、竹内清一さんより聖書の集いの依頼を受け、月一回入善まで行きました。その時彼の属する魚津教会へ2、3回礼拝に出席しました。牧師が「聖書の集い」を認めて下さったからです。
数年後竹内さんの葬儀の日にその教会の一人から「私達の教会にも来て!」と言われ、クリスマスに行って以来、私の心を揺さぶる幾つかの出会いや出来事があり、宣教師として教会を越えて主に仕えることが自分の召しと受け止めてきた私の心は主に変えられ、2004年より協力宣教師として魚津教会に仕えるようになりました。その年の9月に大藤隆雄牧師が病気の理由で教会から去られ12月に召天、神様の摂理の中に私は主任牧師への道が開かれました。2005年6月以来、今日に至っています。
魚津教会は一昨年、創立100周年を迎えました。この土地柄で設立当時の信仰に立った果敢な伝道活動による教会形成の記録には感動を覚えます。
その後の長い歴史を経て、101周年を迎えた昨年、私たちが通された道は能登半島地震による建物被害でした。震源地から距離があったのに地盤の関係で頑丈な建物に幾つか亀裂が入り、経済的にも大きな試練となりました。しかし地震の再建委員長になられた富山教区長の小宮山剛先生を通して魚津教会の現状を教団の諸教会に知らせ、教団からの支援金と教会の建築積立金によって乗り越えられました。
その折、私が富山県四方時代に交わりのあった建築業者に補修工事を依頼し、当時聖書センターおよびキャンプに通っていた生徒で社長のご子息が現場責任者となられたのです。とてもなつかしい交わりと想像以上の仕事、そして魚津教会の主日礼拝(クリスマス礼拝)に奥さんと子供をつれて出席されたことに主をあがめました。
今年に入り5名の洗礼者が与えられ、主イエス・キリストは魚津教会を建て続けておられます。私が来日以来思い続けていることは、きのうも今日もこれからも変わることのない主イエス・キリストの御業をこの日本で見たいということです。私がこの日本で牧師/宣教師として主の働きが許されることは特権だと受け止めています。

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