【4646号】宣教師からの声

「種を蒔く人」として召され
バートンルイス・キャシー
(UMCからの派遣宣教師)

四〇年近くになる日本での宣教活動、そして自分の人生を顧みるとき、これ程長い年月を経たものかと驚きを隠せません。
一九七〇年一月、夫ハリー、まだ乳飲子だった娘と共に私は東京に到着しました。薄曇りの寒々とした日と記憶しています。多くの人が外出時に白いマスクをする様子を不思議に思いました。日本で生活を始めてから今まで、解らない事だらけの私を辛抱強く支えてくれたのは、仕事仲間や友人でした。心から感謝しています。
最初に赴任したのは筑波学園教会でした。爾来二〇年間、茨城地区の牧師先生、教会員の皆様からの御指導と教えに恵まれました。夫は巡回説教に当たり、筑波大学でも教鞭を執りました。私は女性のための英語クラスで教え、教会付属幼稚園では英語も教えました。又筑波クリスチャンセンターでは、夫婦で聖書勉強会を行い、英語を通しての外国人牧会にも当たりました。
筑波地区ではInternational Training in Communications と Toastmasters Clubというクラブ立ち上げのお手伝いもでき、それはとても遣り甲斐のある仕事となりました。
私生活で最も時間を要した働きは、地元学校に通う三人の子どもに英語を教えることでした。
夫は次に聖学院に迎えられ、家族で東京に移りましたが、筑波での奉仕は続けておりました。
一九九四年、夫が重い脳梗塞に倒れ、本国に戻って集中治療を受け、介助つきの施設に入ることになりました。これからどうすべきか、様々の選択肢を考え、祈り合いました。一九七〇年に神様の使命によって日本へ送られたことを覚え、私一人が日本へ戻り奉仕を続けるべきと決断しました。夫は米国の合同メソジスト教会運営によるブルックス・ハウエル・ホームに移り、愛情のこもった介助を受けております。娘はそこから遠くない所に住んでいます。
九〇年代初め、私自身、日本語習得が困難だったので、宣教師としての意味を自問自答しました。しかし、神さまは教えて下さったのです。私の賜物は討論会・聖書研究会・英会話学校で教え導くことで、私の使命はそこで女性に仕えることであると。これを一旦受け入れると、日本での活動が意味深く、充実したものと感じられました。私たちは皆、種を蒔く人で、神様の愛を日毎の生活を通して証しする者なのです。
一九九五年に日本へ戻ってからは明治学院の東村山高校での英語教師を続けてきました。日曜には銀座教会の礼拝に出席し、教会の英会話学校でも教えています。
今まで支えとなった聖句は、マタイ6・34の「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である」とフィリピ4・13の「わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です」でした。
この三八年間、紆余曲折を経てきました。しかし、良い時も悪い時も、派遣元教会・同僚・友人、そして家族と、大勢の方々から祈られ、支えられ、愛されてきたことを覚えます。皆様に、心より感謝申し上げます。
三人の子どもは、それぞれ結婚し家庭を築いています。東京には、息子夫婦二組と孫が一人います。娘夫婦は二人の子どもたちとワシントンDCに住んでいます。彼らの故郷は日本です。この文化の中で、居場所を見つけようと試行錯誤をしてきましたが、一度も孤立感を味わうことなく過すことができました。永住ビザを取得して、これからもまだ日本に住み続けることを楽しみにしています。
神様は私たちがどこにいても、見守り支え愛して下さる方です。

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