【4646号】我キリストと偕に十字架につけられ 教団伝道委員会主催「伝道講演会」

「母は出産を控えて重病にかかり、母子共に危険だからと医者に妊娠中絶を勧められた。しかし自分が死んでもと、周囲の反対をはねのけ私を生んでくれた。母が自分の体を第一にしていたら、私はここにいない」「これを知った村のお母さん方が、毎晩お乳を下さった。このお母さん方は、被差別部落の人々であり、私もそうだった」。
二月四日(月)、岡山教会を会場に開催された教団伝道委員会主催の「伝道講演会」で、東岡山冶牧師(上下教会)は、内容的には大変に重い、時に辛いエピソードの数々を、笑みを見せながら淡々と語った。否、涙も見たし、怒りの表情も見た。しかし講演は明るく、赦し・希望が基調であった。
大学三年時、神学部に編入したため勘当され、絶望のあまり線路を枕に電車を待ったが、終電が過ぎていた。その時、不思議に「我キリストと偕に十字架につけられたり。最早われ生くるにあらず。キリストが我が内に在りて生くるなり」という言葉が浮かんだ。…人生の重大な局面で、御言葉に導かれた。それに応えて祈った。貧しい神学生時、礼拝で感動し財布を逆さにして献金したため、食べるに窮した。それを見ていたのか、牧師が家庭教師の口を世話してくれた話など、単純・素朴に信仰に生きる姿勢が伝わって来た。
卒業後、部落解放(伝道)に取り組む教会への赴任を志すも、そのような教会は無く、広島で社会館を建て部落の子ども達への伝道を行うという計画のもとに、赴任、以来苦労の数々、しかし、苦労話ではなく、如何に豊かな出会いがあり、恵まれ、支えられ、感謝であったかという話に展開する。そこでも、御言葉と祈りが、彼を導いた。
実に多くの固有名詞が現れる。CMで若い人にも人気の某大物俳優など有名人も、無名の人も、聴衆からすればエピソードが多く登場人物が多過ぎて、ちょっと混乱させられる。しかし、そこにこそ東岡牧師の伝道が存在するのだろう。
数々の教会での働き、そこで起こった困難且つ恵みに溢れた出来事を、漏らさず紹介する紙数は無い。講演の後半部分は、レジメを端折って掲載しよう。
私が主張してきたこと。
⑴贖いの信仰 罪深き私の身代わりになって下さった主の恩に報いるため生涯を捧げました。何も求めず働きたい。
⑵十字架と復活 十字架を負いたい。甦りの信仰により光が照ると信じたい。
⑶聖霊の働き 祈りの中で聖霊をいただいて来た。
⑷十一献金 堅田と彦根では十一献金を強調した。マラキ3章10節は真実で偽りではない。溢れる祝福された例を知った。
⑸アシュラム運動 信徒は朝夕聖書を読まなければならない。
⑹部落伝道・部落解放 私は部落に生まれたことを誇りにし感謝している。
最後 日本基督教団は素晴らしい。部落出身者を名乗る牧師に多くの役目を下さり、特にこの伝道講演会に用いて下さった。

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