4:1 キリストは肉に苦しみをお受けになったのですから、あなたがたも同じ心構えで武装しなさい。肉に苦しみを受けた者は、罪とのかかわりを絶った者なのです。
4:2 それは、もはや人間の欲望にではなく神の御心に従って、肉における残りの生涯を生きるようになるためです。
4:3 かつてあなたがたは、異邦人が好むようなことを行い、好色、情欲、泥酔、酒宴、暴飲、律法で禁じられている偶像礼拝などにふけっていたのですが、もうそれで十分です。
4:4 あの者たちは、もはやあなたがたがそのようなひどい乱行に加わらなくなったので、不審に思い、そしるのです。
4:5 彼らは、生きている者と死んだ者とを裁こうとしておられる方に、申し開きをしなければなりません。
4:6 死んだ者にも福音が告げ知らされたのは、彼らが、人間の見方からすれば、肉において裁かれて死んだようでも、神との関係で、霊において生きるようになるためなのです。
4:7 万物の終わりが迫っています。だから、思慮深くふるまい、身を慎んで、よく祈りなさい。
4:8 何よりもまず、心を込めて愛し合いなさい。愛は多くの罪を覆うからです。
4:9 不平を言わずにもてなし合いなさい。
4:10 あなたがたはそれぞれ、賜物を授かっているのですから、神のさまざまな恵みの善い管理者として、その賜物を生かして互いに仕えなさい。
4:11 語る者は、神の言葉を語るにふさわしく語りなさい。奉仕をする人は、神がお与えになった力に応じて奉仕しなさい。それは、すべてのことにおいて、イエス・キリストを通して、神が栄光をお受けになるためです。栄光と力とが、世々限りなく神にありますように、アーメン。
20:19 その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。
20:20 そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。
20:21 イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」
20:22 そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。
20:23 だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」
20:24 十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。
20:25 そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」
20:26 さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。
20:27 それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」
20:28 トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。
20:29 イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」
20:30 このほかにも、イエスは弟子たちの前で、多くのしるしをなさったが、それはこの書物に書かれていない。
20:31 これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。
芥川龍之介 最後の言葉
芥川龍之介の絶筆とされる『続西方の人』の末尾に、「彼の一生はいつも我々を動かすであろう。……我々はエマオの旅びとたちのように我々の心を燃え上がらせるクリストを求めずにはいられないのであろう」と記されていて、これが最後の言葉となっています。芥川龍之介は、ルカによる福音書の復活したキリストの姿に最後まで心をとらえられていた人だったことがわかります。
関口安義著『芥川龍之介』(岩波新書)には死の間際の芥川の様子が次のように記されています。「午前二時ごろまで雨の音を聴きながら二階で書きものをしていた。……『我々はエマオの旅びとたちのように(以下略)』の一文で、彼は『続西方の人』を結び、ひとまず『聖書』を閉じる。……午前二時になり、妻と三男也寸志の寝ている一階の部屋の床に『聖書』を持って入る。睡眠薬の致死量はすでにのんでいた。枕元の電気スタンドの光で、彼は再び『聖書』を開く。しばらくして眠りについた」。
その情景が目に浮かぶように感じられます。関口氏は、「芥川龍之介は、人生のぎりぎりの地点でこの聖書の言葉にふれて心を打たれ、『我々の心を燃え上がらせるクリスト』と表現した。近づくキリストに最晩年の芥川は出会い、心を燃やしている」と述べています。
このところを読んで、私は強く心を動かされました。ある人たちからは「敗北者」のように見なされている芥川龍之介が、死の直前まで、キリストとの出会いによって心を燃え上がらせられるのを必死に求めていたことが伝わってきます。
そして関口氏の指摘の通り、そのことがついに成し遂げられ、安らかな心境にされて死を迎えている姿を感じ取ることができます。さらに、このことを誰かに伝えずにおられない思いをもって、上記の最後の言葉を書いたのだと思います。
復活のイエスと出会う
ルカ福音書24章で、二人の弟子がエルサレムからエマオへの道を重い足取りで歩いていた時、そこに復活のイエスが現われ、彼らに語りかけたのですが、それがイエスだとは気付きませんでした。失望と落胆のために彼らの目が遮られていたのでしょう。
また二人はこの日の朝、女性たちが墓で「イエスは生きておられる」と天使たちに告げられたとの驚くべき知らせを聞いたはずなのに、その言葉は空しく響いただけでした。「イエスは復活し生きておられる」といくら言葉で語られても、聞いている人には何の出来事も起こらないという現実が現われています。
出来事が起こったのは、三人一緒にエマオに着いて、食事を共にしていた時のことでした。復活のイエスがパンを取って彼らに渡したとき、二人は一瞬だけ「イエス様だ!」と気付かされ、それでイエスの姿は消えてしまいました。
このとき二人は、道の途上でイエスの語る言葉を聴いていた時に「心が燃えていたではないか」と共通の経験を分かち合っています。復活のイエスの姿は一瞬にして消え失せましたが、イエスと歩みを共にしながら、その言葉によって燃やされた心は、その後のふり返りの時にも燃え続けていたに違いありません。
そこで二人は即座にエルサレムに引き返すという行動を起こしました。暗い顔で歩いて来た道を、別人の表情になって一刻も早くとの思いで駆け出して行ったのでしょう。それが二人にとって新しい出発となりました。
牧師として新しい出発
「心が燃える」という経験は私たちにも起こることです。私は今「あの時」のことを思い起こしています。
牧師になって十年程経って、偶然手にしたある冊子で、青年時代に目をかけていただいたK牧師の説教を読んで衝撃を覚え、直接説教を聴きたいと思って大阪の教会まで行きました。K先生は私たち夫婦の突然の訪問を殊のほか喜ばれ、礼拝後昼食をごちそうしてくださいました。
梅田駅構内のレストランで先生夫妻と私たちの4人で食事をしていた席で、K先生は胸のポケットから手帳を取り出して開いて見せてくれました。そこには何十人もの名前が書かれていて、中には私の知っている名前もありました。この人たちのために毎日祈っているとのことでした。「この先生は、こういうことをしているのか」と、その時初めて知りました。
私は説教はとてもマネはできないけれど、このことなら自分にもできそうだと思って、北海道の教会に帰って、特に気がかりな人から順にリストを作り、その名前を見ながらとりなしの祈りを始めることにしました。
このことが、私がK牧師から一番学んだことです。そしてこれが私にとって牧師としての新しい出発となりました。
心を燃やし続ける
それから二十数年を経て、あの時のことをふり返っています。私は今、朝起きて窓のカーテンを開けて、空を見ながら数十人の人たちのためにとりなしの祈りをしています。特に困難な状況にある人やこれまで親交のあった大切な人たちの名前を見ながら、「今日も一日、あなたが共にいてください」と祈るひとときは、私の生活の中で欠かすことのできない大事な時となっています。
そのことをK牧師から教えられて、これまで続けてくることができたのは、あの時私の心を燃やしてくれた炎を、今も消すことなく燃やし続けているということになるだろうと思っています。
そして自らやってみてわかりますが、誰のために祈っているかは、家族にも知られたくない牧師の秘密です。K先生がリストを見せてくれたのは、余程のことだったと思われます。これが牧師にとってすべての働きの根源だということを、私に伝えようとされたのだろうと、今になってふり返っています。私も恩師のK牧師から受けたことを誰かに受け継いでほしいと願っているものです。芥川龍之介もあの最後の言葉を次の世代の人たちに言い残したいとの思いで書いたのではないかと想像しています。
(八雲教会牧師)
新型コロナウイルス感染症が世界中に広がり、今やアジアだけでなくアメリカもヨーロッパ諸国もパンデミックの様相を呈し、非常事態になってきた。東京オリンピックも1年延期に。すべての社会が対応に追われる。混乱と不安は教会をも直撃して、礼拝やすべての集会を休止のところも。
教会の集まりは、狭い空間に人と人が近い距離で、互いに挨拶を交わし、賛美を高らかに歌う。警戒体制を取らなければならないのは当然。このような状況に即して教会は新たなメッセージを発信する必要が生じている。ここ暫くの期間、緊急の場合を除いて教団・教区レベルの委員会や集会はキャンセルまたは延期、今後予定されている各教区総会、教団総会開催も課題となる。
このような疫病によるパンデミックの現実に直面する時、キリスト者の存在が疫病に例えられたことがあったことを思い出す。使徒言行録にはパウロのことを「この男は疫病のような人間で…」と語っている。なるほど、疫病も福音も、人から人への猛烈な伝播力をもっている。それによって世界中が危機を経験し、世界の在り方を変えるよう迫られる。しかし、両者の決定的違いは、疫病は人と人とを切り離し疎外させるが、福音は人と人とを結びつけ一つの体に造り上げる。また疫病は死をもたらし、福音は永遠の命へと導く。
さて、今日の私たちキリスト者は、福音をどこで証し、その猛烈な伝達力をどこで発揮すべきか。
(教団総幹事 秋山 徹)
魂に沁み込んだ 信仰の言葉
松澤 郁子さん
教会付属の幼稚園で幼い時から、神さまの御手の中に迎えられた。その信仰は、衆議院議員であり弁護士として超多忙な父の、日曜日は必ず礼拝に出席するという後ろ姿を見て成長した。
戦後間もない頃、青年たちとの熱い交わりの中で洗礼を決意、今年のペンテコステで受洗73年目だ。
女学校を卒業後、歯科医になる志が与えられ、地元新発田の歯科医院に勤務した。そこは朝から市が立つほど賑わう場所で、ひっきりなしに多くの患者が訪れ、現役を退いた今でも、「先生は優しかった」と、衣料品店の店主や、食品店の家族などが、郁子さんを慕っている。
夫は信仰者で耳鼻科医、郁子さんはその夫を導いたお姑さんの信仰を心から尊敬している。教会を第一に仕える姿勢をお姑さんから学んだ。
夫が耳鼻科医院を開業する時に、郁子さんも共に歯科医院を開業した。3人の子どもたちに恵まれ、育児などのためにご自身は午前中のみの診察となり、地域の人たちから午後の診察の再開を望まれた。
夫と共に新発田教会に転入し、新発田教会の礼拝生活が始まった。忙しい日常の中にも、夫と毎日、「日々の糧」を読み、祈りを合わせた。詩篇23篇「ヱホバはわが牧者なり われ乏しきことあらじ」。どんな時にも、牧者であるイエスさまに守られ導かれて来た。
執事として、また教会学校の教師として活躍した。子どもたちとの触れ合いは何よりも楽しかった。
ご自身が幼稚園の園児時代に、先生からたくさんの讃美歌を習った。それは貴い、恵みの時間だった。その讃美歌が今でも生活の中で口をついて出て来る。それは魂に沁み込んだ信仰の言葉となって、平安と希望を与えてくれる。
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