大野一夫氏(無任所教師)
17年12月7日逝去、86歳。84年受允、88年受按。84年より稚内、札幌北部教会を牧会。
遺族は妻・大野璟子さん。
齋藤雄一氏(隠退教師)
18年1月7日逝去、86歳。東京都生まれ。54年日本聖書神学校卒業、55年より宇佐美、横須賀上町教会を牧会し、91年隠退。
遺族は妻・齋藤寛子さん。
有澤僚悦氏(無任所教師)
18年2月3日逝去、78歳。富山県生まれ。69年青山学院大学大学院卒業。70年より砧、安行教会を牧会し、新島学園女子短期大学に05年まで務める。
遺族は妹・櫻井佳余子さん。
大塩清之助氏(隠退教師)
18年2月11日逝去、91歳。広島県生まれ。59年東京神学大学大学院卒業。同年より信濃町、板橋仲宿、板橋大山、町屋新生教会を牧会し、09年隠退。
遺族は妻・大塩みつ子さん。
志澤富雄氏(隠退教師)
18年2月17日逝去、94歳。神奈川県生まれ。51年受允、60年受按。51年より小田原十字町、秦野、横須賀小川町、横浜中田教会を牧会し、93年隠退。
遺族は息・志澤弘さん。
田井中純作氏(隠退教師)
18年2月24日逝去、94歳。兵庫県生まれ。46年同志社大学神学部卒業。47年より尼崎、長浜、彦根、倉敷教会を牧会し、94年隠退。
遺族は息・田井中恵一さん。
郡山細沼教会の歴史は、日本基督教会須賀川講義所に赴任した多田晋伝道師によって始まります。1893(明治26)年、今から125年前のことです。歴代の牧師は、創立初期には主に東北学院神学部(創立者・押川方義。日本基督公会創立者の一人)で養成された牧師が派遣され、献身的な信徒と共に郡山伝道を担ってまいりました。
礼拝堂は築89年。国の有形文化財に登録され、色爽やかなステンドグラスと小型パイプオルガンを備えたクラシックな音響の良い会堂です。この会堂が、7年前、3月11日に大震災に見舞われました。建物には大きな亀裂が入り、牧師館は、使用不能の状態になりました(旧牧師館は除却)。
さらに追い打ちをかけるように、福島原発の放射能の一部が県浜通りから中通りまで到達し(直線距離約55km)、立ち木も含め除染が必要になった次第です。
筆者は、震災半年後、隣りの本宮教会に赴任し、礼拝堂再建に助力させていただきましたが、当細沼教会も、本宮教会同様、放射能の影響と建物の損壊は想像以上でした。そのような中で、教団・教区さらに各地の教会、および兄姉より多額の支援と加祷をいただいたことは、主にある兄弟姉妹の思いをさらに深くし、改めて「日本基督教団の教会である」ことに感謝した次第です。支援の範囲内で出来る限りの補修をさせていただきました。
一昨年には、樹齢100年近い樹木もすべて放射能汚染のため伐採し、昨年11月には、駐車場地下に埋めてあった除染土の搬出作業も終えました。
これらの手続きのために、代務者の佐藤健・七海牧師夫妻が献身的に奉仕され、近隣の牧師方にもお世話になりました。
また、震災以降、毎年夏に、当教会を覚えて問安してくださる教会もあり感謝の限りです。2017年7月、隠退していた筆者が現職復帰し、当教会に赴任いたしました。週3日の単身赴任です。3つの使命をもっての着任です。牧会、伝道、後任牧師招聘の環境整備。さらにもう一つ。次の会堂の建築資金積立が必要なことも判明しました(白蟻被害多数あり。あと20年か?)。
現在、2018年度以降の宣教方針・宣教計画を策定すべく「宣教協議」を重ねています。現住陪餐会員は15人、礼拝出席者は主日平均10人です。中心は当然ながら礼拝です。「喜びの礼拝、充実した礼拝をすれば必ず人は来る」。そう信じて主日礼拝を第一にしています。また、パイプオルガン、空地の活用等も考えています。
最後に、恐れながら、教団レベルでの提言を3点述べさせていただきます。一つは、日本基督公会(1872年)の精神の復権(神の摂理の実質化)。二つ目は、会議制の実質化(教団・教区議長の権限の尊重と行使)。三つ目は、牧師による教会私物化の排除(定年制、付属施設の家族就業の禁止等の規則制定等)。喫緊の重要課題です。
(東北教区・郡山細沼教会牧師)
2月23日、『クリスチャントゥデイ(以下CT)など張在亨牧師グループ(以下張グループ)』に関する説明会が教団会議室で開催され、キリスト教各教派・団体、報道関係者など87名の参加があった。
冒頭、教団・統一原理問題連絡会(以下連絡会)世話人の豊田通信牧師(仙台五橋教会)より、説明会開催に至る経緯について説明があった。
本年1月27日付で石橋秀雄議長より出された「クリスチャントゥデイなど張在亨牧師グループに関する声明」は、2008年6月に山北宣久議長(当時)より出された「『クリスチャントゥデイ』に関する声明」の有効性を再確認するものであり、連絡会が調査を行った結果であることが報告された。
続いて、連絡会世話人の齋藤篤牧師(深沢教会)より、連絡会がおこなった調査内容についての説明があった。
連絡会は、CT疑惑を指摘したキリスト教教職者を、名誉棄損で提訴した民事訴訟判決の内容精査をおこなった結果、判決後のCT社見解に示された内容では、疑惑解消に至るには不十分であることを指摘し、さらに連絡会が昨年、張グループ教会に属し、張氏の命令によってCT社で働いた経験のある元メンバーの聞き取り調査をおこない、その際に撮影したビデオを上映した。これらにより、CT社を含む張グループの存在と疑惑を再確認し、CT社は説明責任を果たすべきであることを述べた。
さらに、CT前編集長の雜賀信行氏、元従業員中橋祐貴氏より、CT社における不透明な経営実態と、疑惑に対する説明責任を果たすよう再三社長と当時の状況を知る社員に要求したが反故にされた状況が語られた。
説明を受けての質疑応答は、約1時間にわたり行われ、CT社社長である矢田喬大氏からも反論が述べられた。最後に石橋秀雄議長が挨拶し、説明会を終了した。 (齋藤 篤報)
「最近ようやく人生の出来事の辻褄が合って来た」。迷い、悩むことの多かった自身の歩みを振り返りつつ、小野なおみさんは語る。何のつながりも見いだせなかった一つ一つの出来事が結び合って行くような感覚だという。
4代目のクリスチャン。幼児洗礼を受け、20歳で信仰告白。劇的な回心の体験があったわけではない。
音大で音楽理論を学ぶことを志したが、「オルガン科なら」とピアノの先生から言われ、オルガン科に進んだ。
教会オルガニストであった祖母が目標のようになっていたのかもしれないが、それを自覚したのは後になってからだ。リードオルガンしか知らない祖母のアドバイスは、奏法が異なるパイプオルガンに取り組む自身のためにはならないように思えた時期もある。
音大卒業後、フランスに留学、充実した学びの時を過ごした。その学びを活かし、宮城学院女子大学で教え、東北学院、尚絅学院でもオルガニストとして働く他、定期的に演奏会も開いている。
更に、2012年からは、東北教区センターエマオのスタッフとしての働きも加わった。オルガン講座を担当する他、企画、運営にも携わる。多くの教職、信徒と接する機会を与えられた。その出会いが発展し、自身が属する仙台東六番丁教会の他に、奏楽者がいない教会を巡り、奏楽や指導に当たる。
教会の奉仕では、音大の学びとは違ったことが求められる。小さな教会に赴いてリードオルガンを奏でる時、その温かい音色と共に、忘れていた祖母の言葉が甦って来る。
今はまだおぼろげにしか見えていない。しかし、終わりの日にははっきりと分かる。主の御計画の完成を楽しみにしつつ、与えられた務めに励んで行きたいと語る。
仙台東六番丁教会員。宮城学院女子大学講師。
7:10 七日が過ぎて、洪水が地上に起こった。
7:11 ノアの生涯の第六百年、第二の月の十七日、この日、大いなる深淵の源がことごとく裂け、天の窓が開かれた。
7:12 雨が四十日四十夜地上に降り続いたが、
7:13 まさにこの日、ノアも、息子のセム、ハム、ヤフェト、ノアの妻、この三人の息子の嫁たちも、箱舟に入った。
7:14 彼らと共にそれぞれの獣、それぞれの家畜、それぞれの地を這うもの、それぞれの鳥、小鳥や翼のあるものすべて、
7:15 命の霊をもつ肉なるものは、二つずつノアのもとに来て箱舟に入った。
7:16 神が命じられたとおりに、すべて肉なるものの雄と雌とが来た。主は、ノアの後ろで戸を閉ざされた。
7:17 洪水は四十日間地上を覆った。水は次第に増して箱舟を押し上げ、箱舟は大地を離れて浮かんだ。
7:18 水は勢力を増し、地の上に大いにみなぎり、箱舟は水の面を漂った。
7:19 水はますます勢いを加えて地上にみなぎり、およそ天の下にある高い山はすべて覆われた。
7:20 水は勢いを増して更にその上十五アンマに達し、山々を覆った。
7:21 地上で動いていた肉なるものはすべて、鳥も家畜も獣も地に群がり這うものも人も、ことごとく息絶えた。
7:22 乾いた地のすべてのもののうち、その鼻に命の息と霊のあるものはことごとく死んだ。
7:23 地の面にいた生き物はすべて、人をはじめ、家畜、這うもの、空の鳥に至るまでぬぐい去られた。彼らは大地からぬぐい去られ、ノアと、彼と共に箱舟にいたものだけが残った。
7:24 水は百五十日の間、地上で勢いを失わなかった。
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