その地に生きている人に出会うと、自ずとその地の課題にも出会う。その時、一牧師として、あるいは一キリスト者として、あるいは一教会として、その課題を共に担おうとする。そして、時に示しながら、時に示されながら、共に道を見出し歩もうとする。
言わずもがな伝道宣教の有り様であるが、こうした有り様は、全ての教会・キリスト者がイエス・キリストに従おうとする故に心がけ目指していることである。
西中国教区はそれを改めて言葉にしている。
「主イエス・キリストの恵みによって救われたわたしたちは、神を讃美し、この福音を宣べ伝えつつ、その招きに応えて生きる。わたしたちは、様々な重荷を負う人々との出会いを通して、つくり変えられ、世の諸々の力の支配から解放されてその人々と共に生きる」。
西中国教区宣教基本方針の一節である。
それは、言わずもがなとは言え、しばしば自己目的化してしまう宣教伝道の有り様を、改めて問う指針の役割を果たしている。
もっとも「教会」の維持運営をなおざりにしてよいということではなく、先ず求めるべきものは「神の国」と「神の義」であることを思い起こさせるという意味である。
しかし時に、一教会だけでは担いきれない課題に出会う。大規模な自然災害や、公権力—取り分け国の権力が立ちはだかる課題である。
そうした場合、その教会と共にある教区であることを目指してきたし、今も目指している。
しかし、一教区では担いきれない場合もある。その時、共に立つ日本基督教団であることを願っている。 (西中国教区議長)
今、国会で議論されている外国人労働者受け入れ拡充の動機は、その生産性に着目したものであるという。それだけの理由で受け入れの方向性を結論づけていこうとすることに驚きを隠せない。働くことは生きていくことであり、またその人の存在を受け入れていくことであるのに、これでは生産効率の良し悪しで人間を判定する風潮がますます蔓延していくのではないか。
重度の障がい者施設である止揚学園を9月に社会委員会として訪れ、園長の福井生(いくる)さんに話を聞いた。福井園長は生産性が議論に挙げられていることにとても深い憂慮をもっている。生産性を人間の価値判断の基準にしていこうとする時流となれば、それによって他者を切り捨てていく風潮が生まれてくるのではないか。話を伺って優性思想の危険性を考えさせられた。さらに福井園長は、障がいをもつ人たちと共に生活をしていく中で共感性を深めていくことには大きな喜びがあることも語った。そしてそれは共感性というよりは祈りだとも語られた。共に神様に生かされている喜びを感じ、そこにお互いの祈りが生まれる。そうした心として、このことを受け取らせていただいた。
介護や看護など、さまざまな福祉の現場に関わるすべての人々の働きには祈りがあると思う。そしてその働きの中に神様は心ふれあう喜びを用意されている。そのことによってまた新たな感謝の祈りへと導かれ、また新たな心ふれあいの時が与えられますようにとの祈りが生まれる。人と人との暖かい生きた関わりの中にあってこそ、私どもの世界は真実に神様に喜ばれるものとなるのではないか。
今年も12月第1主日の「キリスト教社会事業を覚えて祈る日」を迎えようとしている。
教育・医療・福祉などさまざまな分野における、キリスト教社会事業のこれまでの社会貢献に感謝をするとともに、これからの時代にいかに「心」を込めた務めが大切であるかを実践し、なおいっそうの手本となって示し続けていただきたいと願う。
キリスト教社会事業に関わるすべての方々の働きに共に祈りを合わせて行きたい。
2018年12月2日 第40総会期日本基督教団 社会委員会委員長
森下 耕
小林恵一氏(隠退教師)
18年10月9日逝去、88歳。福島県生まれ。54年日本基督教神学専門学校卒業。同年より鷹巣、小金、大阪東教会を牧会し、00年隠退。
遺族は息・小林義人さん。
河野順子氏(隠退教師)
18年11月1日逝去、85歳。愛媛県生まれ。56年日本聖書神学校卒業。同年より本所、松山山越教会を牧会し、99年隠退。
遺族は夫・河野修さん。
戸田義雄氏(隠退教師)
18年11月5日逝去、90歳。愛媛県生まれ。53年関西聖書神学校卒業。66年より松前、大町教会を牧会し、93年隠退。
遺族は娘・雲然真理子さん。
25:31「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。
25:32そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、
25:33羊を右に、山羊を左に置く。
25:34そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。
25:35お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、
25:36裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』
25:37すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。
25:38いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。
25:39いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』
25:40そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』
25:41それから、王は左側にいる人たちにも言う。『呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ。
25:42お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせず、のどが渇いたときに飲ませず、
25:43旅をしていたときに宿を貸さず、裸のときに着せず、病気のとき、牢にいたときに、訪ねてくれなかったからだ。』
25:44すると、彼らも答える。『主よ、いつわたしたちは、あなたが飢えたり、渇いたり、旅をしたり、裸であったり、病気であったり、牢におられたりするのを見て、お世話をしなかったでしょうか。』
25:45そこで、王は答える。『はっきり言っておく。この最も小さい者の一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったことなのである。』
25:46こうして、この者どもは永遠の罰を受け、正しい人たちは永遠の命にあずかるのである。」
25:14「天の国はまた次のようにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕たちを呼んで、自分の財産を預けた。
25:15それぞれの力に応じて、一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントンを預けて旅に出かけた。早速、
25:16五タラントン預かった者は出て行き、それで商売をして、ほかに五タラントンをもうけた。
25:17同じように、二タラントン預かった者も、ほかに二タラントンをもうけた。
25:18しかし、一タラントン預かった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠しておいた。
25:19さて、かなり日がたってから、僕たちの主人が帰って来て、彼らと清算を始めた。
25:20まず、五タラントン預かった者が進み出て、ほかの五タラントンを差し出して言った。『御主人様、五タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに五タラントンもうけました。』
25:21主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』
25:22次に、二タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、二タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに二タラントンもうけました。』
25:23主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』
25:24ところで、一タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、
25:25恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠しておきました。御覧ください。これがあなたのお金です。』
25:26主人は答えた。『怠け者の悪い僕だ。わたしが蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。
25:27それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。
25:28さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っている者に与えよ。
25:29だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。
25:30この役に立たない僕を外の暗闇に追い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』」
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