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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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【4863号】第14回日韓連合異端似而非対策セミナー

2017年6月17日

 5月25~26日、韓国南水原永楽教会を会場に、第14回日韓連合異端似而非対策セミナーが開かれた。日本側は日本基督教団、在日大韓基督教会、カトリック中央協議会、日本聖公会、バプテスト連盟を含む16名、韓国側は大韓イエス教長老会(PCK)の35名の計51名の参加。

 今回の講演は、卓志一教授(釜山長神学大学校)「韓国異端の動向分析及び対応策-異端と政治権力の癒着を中心に」と、川島堅二教授(農伝・恵泉女学園大)「日本における『摂理』の活動と対策」であった。

 卓講演では、セウォル号事件をきっかけに起こった朴大統領から文大統領への政権交代により、韓国政界がカルト系諸団体との癒着関係を明確に否定するようになり、「似而非集団規制法」制定の動きまで出始めたことが報告された。朝鮮戦争期に生まれた多くの団体が、現在女性教祖に代替わり継承されていく形で生き残りを図ろうとしている中で、これは注目すべき動きであろう。

 川島講演では、信者への猥褻行為で10年の刑で収監されていた「摂理JMS」の教祖が来年にでも出所するのを目前にして、日本で盛んに布教活動がなされている実態が報告され、韓国側から来年韓国で開催される冬季オリンピックに関与する動きがあるとの報告もなされた。

 セミナー後、新天地本部調査、日帝時代の殉国記念館のある堤岩里教会訪問等がなされた。

 今回のセミナーに先立つ23~24日には、日程の詰まった中、大韓キリスト教長老会(PROK)事務局、韓国カトリック中央協議会事務局、PCK総幹事、大韓聖公会事務局訪問もなされ、PCKの長老会神学大学の礼拝、3箇所の教会の水曜礼拝を回って、韓国生まれのキリスト教系カルト宗教被害と対策を訴えた。各教派に対策機関が次々と設置され、私たちの協力要請にも各教派とも積極的に応じるなど、韓国キリスト教界の意識の変化を大きく感じた訪韓の旅であった。
(小海 基報)

 成田夫妻は日曜の朝礼拝前、道行く人に『こころの友』を配り、教会の存在を伝えている。

 産婦人科医として生きた喜代司さんは、「僕は二人の犠牲で生きているのです。一人はイエス様。もう一人は母です。結核に罹って、命が危ない、と言われていたのに、僕を産んで、3ヶ月で亡くなりました。僕は十字架の贖いを、そのことと重ねて考えさせられるのです」と語る。命を見つめ続ける務めにあったことに深い思いを抱き続けたことを感じさせられる言葉である。

 喜代司さんは順天堂大学医学部に合格。一人の教授に導かれ、日本ホーリネス教団小岩教会で受洗。その後、鳥取大学医学部に入学し、米子教会に出席する。東京・富士見町教会で受洗し、故郷の米子教会に出席していた由紀子さんとはここで出会い結婚、一男一女を授かった。博士号取得後、移住。広島・庄原教会に籍を置く。当時の笹尾清史牧師との家庭的な交わりに感謝をしている、とのことである。そして浜松の聖隷病院に移り、遠州教会に転会。約20年、産婦人科医として勤めた。

 その時にこう思っていた。「産まれる赤ちゃんが『オギャー』と泣く。そして精一杯『息』をする。それは神様の愛の聖霊をいただくことだと思うのです。私はそのことを、赤ちゃんのお母さんに伝えたいと、いつも思って医者をしていました」。

 一方でこうも言う。現職の時は「自分の力で生きている」と思い込んでいた。それは罪である。しかし引退後、病を患い、様々に神様のことを思わせられた。今、夫婦で穏やかに家庭礼拝ができ、教会での交わりが持てることを感謝したい。「『昔』医者だった」ということが用いられるなら、出来得る限り、教会員の相談に乗りたいと思っている、と語る。

1974年、庄原教会より遠州教会に転会。妻・由紀子さんと共に。

12:12 その翌日、祭りに来ていた大勢の群衆は、イエスがエルサレムに来られると聞き、
12:13 なつめやしの枝を持って迎えに出た。そして、叫び続けた。「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように、/イスラエルの王に。」
12:14 イエスはろばの子を見つけて、お乗りになった。次のように書いてあるとおりである。
12:15 「シオンの娘よ、恐れるな。見よ、お前の王がおいでになる、/ろばの子に乗って。」
12:16 弟子たちは最初これらのことが分からなかったが、イエスが栄光を受けられたとき、それがイエスについて書かれたものであり、人々がそのとおりにイエスにしたということを思い出した。
12:17 イエスがラザロを墓から呼び出して、死者の中からよみがえらせたとき一緒にいた群衆は、その証しをしていた。
12:18 群衆がイエスを出迎えたのも、イエスがこのようなしるしをなさったと聞いていたからである。
12:19 そこで、ファリサイ派の人々は互いに言った。「見よ、何をしても無駄だ。世をあげてあの男について行ったではないか。」

 幼稚園の庭に大きな桜の木が4本ある。今、新緑が深まり、子どもたちのために大きな木陰を作っている。涼しい風を受け、子どもたちは元気に遊んでいる。この大きな木陰は当然一朝一夕に出来たものではない。先達が小さな苗を植え大切に育ててくれたからこそ、桜は神の恵みを受けて大木となった。子どもたちのために充分その役割を果たしているのである。子どもたちは花を楽しみ、木陰で遊び、鳥の声を聴き、美しい落ち葉で様々なものを作る。冬の寒さの中で、木の周りを走り回って遊ぶ。

 この桜もやがて年老いてゆくだろう。この素晴らしい環境を子どもたちのために維持するには、今の桜を大切にしながら若木を将来に向かって育てねばならない。桜は子どもたちと遊びながら年を重ね、神の御業のために成長していくからである。

 考えてみれば幼稚園は子どもたちが自らの将来に備える場であり、将来の社会を創るための備えの場である。神の愛される存在として子どもたちが大きく成長するようにと祈りが込められる場である。子どもたちも桜も神の祝福の中で日々をしっかりと生き、将来に向かって行く。

 この幼稚園を支える教会の歩みもまた、主の御手の内に在る。今、主の働きを担う人々の礼拝と信仰生活が大切にされてこそ将来を担う人々が育っていく。教会の歩みこそ神の祝福と力が途切れずに注がれる場である。(教団総会副議長 佐々木美知夫)

2017年6月16日

12:1 過越祭の六日前に、イエスはベタニアに行かれた。そこには、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロがいた。
12:2 イエスのためにそこで夕食が用意され、マルタは給仕をしていた。ラザロは、イエスと共に食事の席に着いた人々の中にいた。
12:3 そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。
12:4 弟子の一人で、後にイエスを裏切るイスカリオテのユダが言った。
12:5 「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」
12:6 彼がこう言ったのは、貧しい人々のことを心にかけていたからではない。彼は盗人であって、金入れを預かっていながら、その中身をごまかしていたからである。
12:7 イエスは言われた。「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから。
12:8 貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。」
12:9 イエスがそこにおられるのを知って、ユダヤ人の大群衆がやって来た。それはイエスだけが目当てではなく、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロを見るためでもあった。
12:10 祭司長たちはラザロをも殺そうと謀った。
12:11 多くのユダヤ人がラザロのことで離れて行って、イエスを信じるようになったからである。

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