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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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マルコによる福音書1・14~20

2016年10月25日

1:14 ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、
1:15 「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。
1:16 イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。
1:17 イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。
1:18 二人はすぐに網を捨てて従った。
1:19 また、少し進んで、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、
1:20 すぐに彼らをお呼びになった。この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った。

2016年10月24日

1:1 神の子イエス・キリストの福音の初め。
1:2 預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、/あなたの道を準備させよう。
1:3 荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、/その道筋をまっすぐにせよ。』」そのとおり、
1:4 洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。
1:5 ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。
1:6 ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。
1:7 彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。
1:8 わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」
1:9 そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。
1:10 水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。
1:11 すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。
1:12 それから、“霊”はイエスを荒れ野に送り出した。
1:13 イエスは四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。

2016年10月23日

8:1 知恵が呼びかけ/英知が声をあげているではないか。

8:22 主は、その道の初めにわたしを造られた。いにしえの御業になお、先立って。
8:23 永遠の昔、わたしは祝別されていた。太初、大地に先立って。
8:24 わたしは生み出されていた/深淵も水のみなぎる源も、まだ存在しないとき。
8:25 山々の基も据えられてはおらず、丘もなかったが/わたしは生み出されていた。
8:26 大地も野も、地上の最初の塵も/まだ造られていなかった。
8:27 わたしはそこにいた/主が天をその位置に備え/深淵の面に輪を描いて境界とされたとき
8:28 主が上から雲に力をもたせ/深淵の源に勢いを与えられたとき
8:29 この原始の海に境界を定め/水が岸を越えないようにし/大地の基を定められたとき。
8:30 御もとにあって、わたしは巧みな者となり/日々、主を楽しませる者となって/絶えず主の御前で楽を奏し
8:31 主の造られたこの地上の人々と共に楽を奏し/人の子らと共に楽しむ。

2016年10月22日

主の御前で召命を問い直し、召しに応える機会として試験を実施

 本年度も大阪クリスチャンセンターを会場に、9月13日から15日にかけて、秋季教師検定試験が行われた。今回の受験者数は、補教師試験14名、正教師試験45名、転入試験1名、復帰試験1名の計61名であった。今回は例年よりも受験者数は少なかったが、それでもこれだけの受験者(献身者)が与えられていることは感謝である。特に今回の試験ではCⅢコース受験者が多く与えられた。

 試験全体の印象として言えば、提出試験の釈義と説教については、近年しばしば言及しているように、力不足、研鑽不足を否めない。真剣に取り組んだことがうかがえるものもあったが、釈義を誠実に取り組む中で発見した喜びを感じられるものが少なく、それが結果として説教で喜びを語り切れていない面が多分にあるように思われる。説教者自身が聖書の言葉に最初に聴き、それを喜び、聖書の言葉に生かされているか考えさせられる。また自分が勉強したことをそのまま語る説教もあったが、勉強したことを披露するのが説教ではなく、命の言葉を伝えるものであることを覚えたい。釈義、黙想、説教は、牧師として最も重要な務めの一つである。この業をこれからも大切にしてほしいと願うばかりである。

 筆記試験の印象として言えば、受験者たちの真剣な思いが伝わる試験であり、緊張感をもって臨んでいる様子がうかがえることは、召命と献身を確認する委員としては嬉しいかぎりである。ただこれも例年どおり、補教師、正教師ともに、それぞれの準備の差が出た結果となった。教科ごとにもその差があらわれており、面接時に学びの準備不足を自覚して語る者もあった。科目ごとに言えば、「教憲教規および諸規則・宗教法人法」では、規則が単なる規則ではなく、教会を生かしている言葉であること。それゆえに受験者の生きた言葉で論述されることが求められたが、規則の文言に引きずられている解答がかなりあった。旧約聖書神学は表面的な解答が多く、内容を深めて行く解答が少なかった。また、十分に理解しているか不安にさせられる解答も多く目立った。新約聖書神学は、そもそも緒論が分かっているかどうか、かなり不安な解答が目立った。基本的な学びも大切にしてほしいと願う。教会史は、正教師への出題が今回も1問だけであったがおおむね良くできていた。とはいえ、物足りなさはあるので、今後も教会史的に考える力をつけてほしい。

 現在、試験の結果で判定が保留となった者たちの再レポートの提出と採点が行われている。最終結果はそれを経てからとなり、10月25日から開催される教団総会に報告され、確定されることになる。

 今回の面接試験も、個別面接時に最初に問う文言と答えに含めてほしい単語を全体会で提示し、自身の言葉で答えるよう促した。受験者それぞれの生の言葉を聞くことができるのは、本人の召命の確認のため、また委員が確認するためにも有用であり、面接を試験として行う意義を感じることができた。春の試験でも同様の方法を採用することを検討している。Cコースガイダンス・面接では受験者の召命観を確かめつつ、実際の学びの方法などについても話し合った。ただ、Cコース受験者の学びと研鑽の問題については、教団全体としても考える必要があると思われる。

 今回のCコース認定面接には2名の希望者があった。それぞれに召命を問いつつ、召命観を確認できる喜びと、教団の教師として立つことの意味を確認できた面接となった。
(服部 修報)

 

2016年秋季・正教師検定試験問題
教憲教規および諸規則・宗教法人法(60分)
 次の2題に答えてください。
(※条項の列挙のみの解答は不可とします。)
 1.「教憲」前文に述べられている「歴史的特質を尊重しつつ」の意義について、論じてください。
 2.日本基督教団に属する教会が教会規則を備えるべきことについて、『宗教法人法』、『教憲教規および諸規則』の関連をふまえて論じてください。

旧約聖書神学(60分)
 次の2題に、旧約聖書のテキストをいくつか挙げつつ答えてください。
 1.旧約聖書における「祭儀」について
 2.「神の聖」について

新約聖書神学(60分)
 1.次の問題に、新約聖書のテキストをいくつか挙げつつ答えてください。
 ・新約聖書における命の理解について
 2.次の2題の内から1題を選んで、新約聖書のテキストをいくつか挙げつつ答えてください。
  ①牧会書簡の神学について
  ②新約聖書における黙示文書と黙示的箇所について

教会史(60分)
 次の1題に答えてください。
 ・「教会がひとつであること」(教会の公同性あるいは普遍性)をめぐって、教会史上どのようなことがありましたか。
  3つ以上の例を挙げ、その要点を述べてください。

 

講 評
 秋季教師検定試験は、緊張感のあるよい試験を行うことができました。各受験者が主の前で召命を問い直し、改めてその召しに応える機会となりました。

 筆記試験は、教師として必要な知識、また根本的なことを問いました。よく準備して臨んだ受験者が多く見られました。

 提出試験における説教も近年徐々によくなってきています。丁寧な釈義から御言を力強く語る説教が見られました。その一方、説教から喜びが伝わってこないものもありました。粘り強く御言と向き合い、喜びを汲み取り、それを伝える説教を求めます。

 今回の受験は、いわゆるCコース受験者が多くいました。主の召しの豊かさを思う一方、組織神学的思考の弱さなど課題が浮き彫りになっています。
39総会期教師検定委員長
鷹澤 匠

 長老たちと牧会をテーマに学びを続けている。学びの中の一つの講演で、全信徒の祭司性という課題はプロテスタント教会が宿題として負っている、と聞いた。福音主義的告解はいかにしてあるべきか、宗教改革500年を迎えてなお手探りだ、ということだ。▼罪の赦しがどのようにして兄弟姉妹たちに届けられるか。赦罪の言葉を聞けなくなってしまっている兄弟姉妹たちにどうしたら赦しが伝えられるか。この務めに、牧師だけでなく、長老、信徒も携わる仕方を祈り求めながら学び模索している。▼牧会ということを学びながら気付かされたことは、この課題もきわめて伝道的な課題だ、ということだ。十字架のキリストゆえの罪の赦しは、教会の外にも内にも語られ続けなくてはならない。信者にも未信者にも。▼信者は、罪の赦しを聞いた礼拝から福音を聞けなくするような喧騒に満ちた世に出てゆく。そこで赦しを覚え続けることができるように。福音を聞けないで人生を生きてきた未信者の人たちには、福音がはっきりと聞こえるように。一様ではない罪の現実に、教会は告げ続けなくてはならない。キリストの十字架にあなたの罪は赦された、と。

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