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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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列王記上21・1~16

2015年4月29日

21:1 これらの出来事の後のことである。イズレエルの人ナボトは、イズレエルにぶどう畑を持っていた。畑はサマリアの王アハブの宮殿のそばにあった。
21:2 アハブはナボトに話を持ちかけた。「お前のぶどう畑を譲ってくれ。わたしの宮殿のすぐ隣にあるので、それをわたしの菜園にしたい。その代わり、お前にはもっと良いぶどう畑を与えよう。もし望むなら、それに相当する代金を銀で支払ってもよい。」
21:3 ナボトはアハブに、「先祖から伝わる嗣業の土地を譲ることなど、主にかけてわたしにはできません」と言った。
21:4 アハブは、イズレエルの人ナボトが、「先祖から伝わる嗣業の土地を譲ることはできない」と言ったその言葉に機嫌を損ね、腹を立てて宮殿に帰って行った。寝台に横たわった彼は顔を背け、食事も取らなかった。
21:5 妻のイゼベルが来て、「どうしてそんなに御機嫌が悪く、食事もなさらないのですか」と尋ねると、
21:6 彼は妻に語った。「イズレエルの人ナボトに、彼のぶどう畑をわたしに銀で買い取らせるか、あるいは望むなら代わりの畑と取り替えさせるか、いずれにしても譲ってくれと申し入れたが、畑は譲れないと言うのだ。」
21:7 妻のイゼベルは王に言った。「今イスラエルを支配しているのはあなたです。起きて食事をし、元気を出してください。わたしがイズレエルの人ナボトのぶどう畑を手に入れてあげましょう。」
21:8 イゼベルはアハブの名で手紙を書き、アハブの印を押して封をし、その手紙をナボトのいる町に住む長老と貴族に送った。
21:9 その手紙にはこう書かれていた。「断食を布告し、ナボトを民の最前列に座らせよ。
21:10 ならず者を二人彼に向かって座らせ、ナボトが神と王とを呪った、と証言させよ。こうしてナボトを引き出し、石で打ち殺せ。」
21:11 その町の人々、その町に住む長老と貴族たちはイゼベルが命じたとおり、すなわち彼女が手紙で彼らに書き送ったとおりに行った。
21:12 彼らは断食を布告し、ナボトを民の最前列に座らせた。
21:13 ならず者も二人来てナボトに向かって座った。ならず者たちは民の前でナボトに対して証言し、「ナボトは神と王とを呪った」と言った。人々は彼を町の外に引き出し、石で打ち殺した。
21:14 彼らはイゼベルに使いを送って、ナボトが石で打ち殺されたと伝えた。
21:15 イゼベルはナボトが石で打ち殺されたと聞くと、アハブに言った。「イズレエルの人ナボトが、銀と引き換えにあなたに譲るのを拒んだあのぶどう畑を、直ちに自分のものにしてください。ナボトはもう生きていません。死んだのです。」
21:16 アハブはナボトが死んだと聞くと、直ちにイズレエルの人ナボトのぶどう畑を自分のものにしようと下って行った。

2015年4月28日

20:22 かの預言者がイスラエルの王に近づいて、こう言った。「勇気をもって進め。あなたはなすべきことをわきまえ知れ。年が改まるころ、アラムの王はあなたに向かって攻めて来る。」
20:23 他方、アラムの王の家臣たちは王に言った。「彼らの神は山の神だから、彼らは我々に対して優勢だったのです。もし平地で戦えば、我々の方が優勢になるはずです。
20:24 あなたはこうすべきです。王侯たちをそれぞれその地位から退け、その代わりに長官を置き、
20:25 失った兵員、軍馬、戦車に等しい兵員、軍馬、戦車を補充するのです。我々は平地で戦いましょう。我々の方が優勢になるはずです。」王は彼らの意見を入れて、そのとおりにした。
20:26 年が改まったころ、ベン・ハダドはアラム軍を召集し、イスラエルと戦うためにアフェクに上って来た。
20:27 イスラエルの人々も召集され、兵糧を支給されて、敵を迎え撃つため進んだ。イスラエルの人々は、敵に向かって二つの小さな山羊の群れのように陣を敷いたが、アラム軍はその地に満ちていた。
20:28 そのとき、神の人が近づいて、イスラエルの王に言った。「主はこう言われる。『アラム人は主が山の神であって平野の神ではないと言っているので、わたしはこの大軍をことごとくあなたの手に渡す。こうしてあなたたちは、わたしこそ主であることを知る。』」
20:29 両軍は、陣を張って七日間対峙した。七日目になって戦いを交え、イスラエル軍は一日でアラムの歩兵十万人を打ち倒した。
20:30 敗残兵はアフェクの町に逃げ込んだが、その敗残兵二万七千人の上に城壁が崩れ落ちた。ベン・ハダドも逃げてこの町に入り、部屋から部屋へと逃げ回った。
20:31 家臣たちは彼に言った。「イスラエルの家の王は、慈しみ深い王であると聞いています。腰に粗布を巻き、首に縄をつけてイスラエルの王のもとに出て行きましょう。あなたの命を助けてくれるかもしれません。」
20:32 こうして彼らは腰に粗布を巻き、首に縄をつけてイスラエルの王の前に出て、こう言った。「あなたの僕であるベン・ハダドは、命を助けてほしいと願っております。」アハブは、「王は生き延びておられたか。彼はわたしの兄弟である」と言った。
20:33 その人々は良い兆しがあると見て、素早くその言葉をとらえ、「ベン・ハダドはあなたの兄弟です」と答えた。アハブは、「行って、彼を連れて来なさい」と言った。ベン・ハダドが出て来ると、アハブは彼を自分の車に乗せた。
20:34 ベン・ハダドはアハブに言った。「わたしの父があなたの父から奪った町々をお返しいたします。また、わたしの父がサマリアで行ったように、あなたもダマスコで市場を開いてください。」アハブは言った。「では、協定を結んだうえで、あなたを帰国させよう。」アハブはベン・ハダドと協定を結び、彼を帰国させた。
20:35 預言者の仲間の一人が主の言葉に従って隣人に、「わたしを打て」と言ったが、隣人は打つのを拒んだ。
20:36 その人は隣人に、「あなたは主の御声に聞き従わなかったので、わたしのもとから立ち去ると、獅子に殺される」と言った。隣人は彼のそばから立ち去ると、果たして獅子に出会い、殺されてしまった。
20:37 その人はもう一人の隣人を見つけ、「わたしを打て」と言った。この隣人は彼を打ち、傷を負わせた。
20:38 この預言者は立ち去り、道で王を待った。彼は目に包帯をして、だれだか分からないようにした。
20:39 王が通りかかったとき、彼は王に向かって叫んだ。「僕が戦場に出て行きますと、ある人が戦列を離れて一人の男をわたしのところに連れて来て、『この男を見張っておれ。もし逃がしたら、お前はこの男の命の代わりに自分の命を差し出すか、銀一キカルを払え』と言いました。
20:40 ところが、僕があれこれしているうちに、その男はいなくなってしまいました。」イスラエルの王は、「お前の裁きは、お前が自ら決定したとおりになるはずだ」と答えた。
20:41 預言者が急いで目から包帯を取り去ると、彼が預言者の一人であることが、イスラエルの王にも分かった。
20:42 預言者は王に言った。「主はこう言われる。『わたしが滅ぼし去るように定めた人物をあなたは手もとから逃がしたのだから、あなたの命が彼の命に代わり、あなたの民が彼の民に代わる。』」
20:43 イスラエルの王は機嫌を損ね、腹を立てて王宮に向かい、サマリアに帰って行った。

2015年4月27日

20:1 アラムの王ベン・ハダドは全軍を集めた。三十二人の王侯、軍馬と戦車をそろえてサマリアに軍を進め、これを包囲し、攻撃を加えた。
20:2 彼はこの町にいるイスラエルの王アハブに使者を送り、
20:3 こう言わせた。「ベン・ハダドはこう言う。あなたの銀と金はわたしのもの、あなたの美しい妻子たちもわたしのものである。」
20:4 イスラエルの王は答えた。「わが主君、王よ、あなたのお言葉どおりです。わたしも、わたしの持ち物もすべてあなたのものです。」
20:5 使者は再び来て言った。「ベン・ハダドはこう言う。わたしはあなたに使者を送って銀と金、妻子たちを差し出すようにと言った。
20:6 明日のこの時刻に、わたしは家臣をあなたに遣わす。彼らはあなたの家、あなたの家臣の家の中を探し、あなたの目が喜びとしているものをすべて手に入れ、奪い取る。」
20:7 イスラエルの王は、国中のすべての長老を召集して言った。「この男が、困ったことを要求しているのをよく知ってもらいたい。彼は使者をよこして、わたしの妻子と、銀と金を求めてきた。わたしはそれを断り切れなかった。」
20:8 長老と民は皆、王に言った。「求めを聞き入れないでください。承諾しないでください。」
20:9 こうして、王はベン・ハダドの使者に言った。「わが主君、王にこう伝えよ。『使者を送ってあなたが僕になさったさきの要求にはすべて従います。しかし、この度の要求には従えません。』」使者は帰ってこの返答を伝えた。
20:10 ベン・ハダドは使者をアハブに送って、こう言わせた。「もしサマリアに残る塵がわたしと行を共にするすべての民の手のひらを満たすことができるなら、神々が幾重にもわたしを罰してくださるように。」
20:11 イスラエルの王は答えた。「こう伝えよ。『武具を帯びようとする者が、武具を解く者と同じように勝ち誇ることはできない』と。」
20:12 ベン・ハダドは、ほかの王侯たちと共に仮小屋で酒盛りをしているときにこの言葉を聞いて、家臣たちに、「配置につけ」と命令した。彼らは町に向かって戦闘配置についた。
20:13 見よ、一人の預言者がイスラエルの王アハブに近づいてこう言った。「主はこう言われる。『この大軍のすべてをよく見たか。わたしは今日これをあなたの手に渡す。こうしてあなたは、わたしこそ主であることを知る。』」
20:14 アハブが、「誰を用いてそうなさるのか」と尋ねると、預言者は、「主はこう言われる。『諸州の知事に属する若者たちである』」と答えた。王が、「誰が戦いを始めるのか」と尋ねると、彼は、「あなたです」と答えた。
20:15 そこでアハブが、諸州の知事に属する若者たちを召集すると、その数は二百三十二名であった。続いてすべての民すなわちイスラエル人七千人を召集した。
20:16 彼らが出陣したのは正午であったが、ベン・ハダドと援護に来た三十二人の王侯たちは仮小屋で酒を飲んで酔っていた。
20:17 諸州の知事に属する若者たちがまず出て行った。ベン・ハダドは、サマリアから人々が出て来るとの知らせを、遣わした者から受けると、
20:18 「彼らが和平のために出て来たとしても生かしたまま捕虜にし、戦いのために出て来たとしても、生かしたまま捕虜にせよ」と命じた。
20:19 諸州の知事に属する若者たち、更に後続部隊が町から出て来た。
20:20 それぞれがその相手を打ち、アラム軍は敗走した。イスラエルの人々は追い打ちをかけたが、アラムの王ベン・ハダドは馬に乗り、騎兵を伴って逃げ去った。
20:21 イスラエルの王も出陣して、軍馬や戦車を撃ち、アラムに大損害を与えた。

2015年4月26日

6:34 そこで、彼らが、「主よ、そのパンをいつもわたしたちにください」と言うと、
6:35 イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。
6:36 しかし、前にも言ったように、あなたがたはわたしを見ているのに、信じない。
6:37 父がわたしにお与えになる人は皆、わたしのところに来る。わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない。
6:38 わたしが天から降って来たのは、自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。
6:39 わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。
6:40 わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである。」

2015年4月25日

全教団的な被災支援取り組み 石橋秀雄

全教団的に取り組んだ結果
 2011年3月13日から4日間の被災地訪問で、津波の凄まじい破壊の地に立ち、祈る中で「わたしたちの助けは、天地を造られた主の御名にある」(詩編124編8節)と示され、帰宅後、ただちに議長声明を書いたが、その冒頭にこの御言葉を掲げた。この御言葉は、バビロン捕囚の苦難の中から生ける主に出会い、断固たる告白に導かれたように、東日本大震災被災支援という重大な課題に取り組む中で、この断固たる告白に導かれることを願ってのことだった。

 また震災直後に、「11246祈り時を」と全国の教会に訴えた。重大な課題にまず祈ることから始めたいと願ったからだ。
毎月11日2時46分に祈り合い、この祈りをもって「全教団的に取り組む」ことを訴え、宣教協力学校協議会、日本社会事業同盟の協力を得て、被災者、被災教会支援に取り組んできた。

海外募金
 世界の教会からも祈りと献金が寄せられ励まされた。世界の教会から3億8770万円の献金が与えられた。この献金と国内募金を合わせて被災者支援を行っているが、3ヶ所の被災者支援センターを設置し、スタッフの献身的奉仕の中で地域の被災者に信頼される活動をし続けることが出来た。

 原発事故についても、こひつじキャンプなど保養プログラムを中心に実施してきた。昨年3月開催の「東日本大震災国際会議」は教団史上初の国際会議であったが、海外からの参加者から好評を得、同会議で採択された声明は、海外の教会から注目され高い評価を得た。被災者支援は2017年まで継続される。

国内募金(2015年  3月31日で終了)
 被災教区の被害教会・伝道所の報告を受け、復興に必要な額を10億円と見込み、被災者支援を含め「5年で10億」との目標を掲げて献金運動をしてきた。当初途方もない目標に思え、その達成が不可能と思える状況の中で、主の憐れみを受け10億731万円(3月31日)の献金が与えられた。3月末で募金が終了したが、10億を超える献金が与えられ励まされている。

 津波と地震による教会の被害とその復興には、多額の資金が求められる。伝道の拠点としての教会の復興は教団の悲願であった。主の御身体なる教会の痛みは教団全体の痛みであり、その復興に深い祈りと献金が注がれた。「一つの部分が苦しめば、すべての部分が苦しみ」(一コリント12章26節)、4教会を残して、全面建替、大規模修繕などを完了し、未着工の教会も必要とされる資金は与えられている。

 教団、「その主の御身体なる教会」の痛みを共に痛み祈る中で、教会堂・牧師館の復興を成し遂げることが出来た。この取り組みの中で「信仰の一致と教会の一致における伝道協力を」との教団の課題も鮮明にされた。

 教団諸教会・伝道所の熱い祈りと、献金にご協力を頂いたことを心から感謝します。(教団救援対策本部長)

 

救援経験の積み重ねにより迅速に対応 長崎哲夫

 2011年3月11日金曜日午後2時46分、奥羽・東北・関東・東京の太平洋沿 岸一帯を襲ったマグニチュード9の大揺れは、大津波ばかりか東京電力福島第一原子力発電所事故を引き起こした。これによって、目に見えず、音にならず、匂いを嗅がせぬ放射能が四方に拡散して、特に福島県等一帯の海・山・森・田畑・町の全域に及び、深刻な事態を引き起こした。

 教団にとっても、それまで関わった兵庫県南部大地震(95・1・17)、新潟県中越地震(04・10・23)、能登半島地震(07・3・25)、新潟県中越沖地震(07・7・16)を経て、重く深い衝撃としてこれを受けとめた。しかし、教団はそれらへの救援活動の経験の積み重ねもあって、実に迅速な対応を実施した。大震災は我らの教会に何を問うたのか。その意味に真向うことを教えた。

 先ず、被災の翌日3月12日には、第37回総会期第1回常議委員会が定めた「救援対策基金」に関する運用規定に沿って総幹事のもと災害対応担当幹事が書記となり、教団社会委員長ほか教団幹事3名、計6名で構成した「救援対策委員会」を立ち上げた。

 ここでは、①石橋秀雄議長をリーダーとする現地被災状況調査チームを直ちに派遣する。②3月14日付で教団内全教会宛「東日本大震災緊急救援募金のお願い」を社会委員長名で全教会に向けて発信する。③教団の被災教会状況は、新報・信徒の友・ホームページで迅速かつ正確に知らせる。④「救援対策基金」より被災3教区へ各1千万円を送金するとして実行した。その上で、3月22日に開催された常任常議員会は、教団救援対策本部(本部長は議長)を立ち上げると共に、それらを承認した。

 これに基づき第1回本部会議は、4月4日開催、委員構成を教団三役・5常議員・日本キリスト教社会事業同盟及び宣教学校協議会から各1名の10名とし、世界宣教幹事(加藤誠)を担当幹事として兼任させた。石橋議長は3月23日付で議長声明「東日本大震災、戦後最大の日本の危機に立ち向かって」 を発表した。更に本部は、石橋議長名で4月5日「被災地の教会に、共に熱い祈りを」《全キリスト教会の11246祈りの会の呼びかけ》を新報で全教会に発信し た。

 5月9〜10日開催の第2回本部会議は、教団救援活動の基本方針の主題を 「地域の人々に仕える教会の再建を目指して」(詩編124・8)とし、被災教会の再建と、教会を通しての被災地域への支援を決定した。教団は被災の会堂・牧師館の復旧再建のための国内教会募金目標を10億円とし、これとは別に放射能被害を受けた教会が置かれた地域の人道支援に国外からの支援金12億円を当てることとし、11年7月〜15年3月まで「東日本大震災救援募金」を行なった。当初の「東日本大震災緊急救援募金」は11年6月で終了した。救援活動は17年3月まで実施することを決議した。

 教団の救援活動は、本部会議を軸として本格化して行なった。第一に、西早稲田の日本キリスト教会館1階11号室を救援対策本部事務所として開設。室長を中心に初動の混乱整理、被災教会の情報収集・復興支援活動推進・救援募金対策を進めた。第二に、各地の要請に基づき、エマオ仙台・石巻とハートフル遠野(14年度から釜石)に救援センターを設置し、各センターには担当幹事補佐役としての専従者をおいて果敢な活動を展開した。第三は、11年8月29〜30日、銀座教会で東日本大震災・原発事故を信仰者としてどう受け止め、語るべきかを問う教団主催のシンポジウム「現代日本の危機とキリスト教-東日本大震災をとおして問われたこと」を主題に、キリスト教学校・同社会福祉・教会と牧師の立場からの発題及び特別講演を受けた。

 12年3月27日、石橋議長は、「福島第一原子力発電所事故に関する議長声明」を発表して、原発稼働停止と廃炉処置を求める祈りを教会に求めた。

 13年3月11日議長は、「福島第一原子力発電所事故3年目を迎えるに際しての議長声明」を出し、人の命より経済優先の社会ではなく、世界に創造の秩序の回復を求めた。この年13年11月1日、東北教区放射能問題支援対策室「いずみ」の開所式が東北教区センターで行なわれ、小西望東北教区議長はイザヤ書12章から、「あなたたちは喜びのうちに救いの泉を汲む」を説教し、働きの方向性と決意を述べた。

 14年3月11〜14日、教団は東北学院を会場にして東日本大震災国際会議を「原子力安全神話に抗して-フクシマからの問いかけ」を主題として国の内外から250名の参加者を集めて開催した。この中で近藤勝彦氏が、講演「エネルギー転換のカイロス」で、原発の核廃棄物処理に触れ、「信仰と神学の観点から見ても、将来の人類の英知を強調しそれをもって現在の難題に対する打開策とすることは、現在と将来に対する現在の人間の『責任回避』であり『怠惰』である」としたことが注目された。

 また、14年6月9〜11日には、若松栄町教会で第4回部落解放センター全国活動者会議が開かれ、「『原発』という差別-フクシマの声に聴く」をテーマとしてのシンポジウムに、約230名もの参加者があったことも銘記したい。

 教団の多くの教会と信徒が心を寄せた全国募金を終了する今日、教団救援活動は一つの節目を迎える。(教団総幹事)

 

震災5年目を迎え、なお支援を継続 飯島 信

会堂・牧師館復興・再建支援 
(資金は国内募金)

 3・11によって被災し、負担金減免措置を受けた教会数は81、その内訳は、奥羽教区10教会、東北教区43教会、関東教区27教会、東京教区1教会である。

 15年2月28日現在、教団からの支援を受けた教会は29教会、これから支援を受ける予定の教会は4教会、合わせて33教会が支援対象となっている。

 すでに4億4614万8429円が執行され、さらに約1億5千万円の支出が見込まれる。支援と共に貸付を受けた教会は20教会あり、その他に貸付だけの幼稚園が2園、施設が1施設で、貸付総額は2億5550万5500円である。資金は会堂共済組合から借り入れ、今後4教会でさらに約1億円の貸付が予定されている。

エマオ仙台・石巻
(活動資金は国内募金と海外のUMCOR、EMS、RCA)

 11年3月11日から時を置かず、東北教区に被災者支援センターエマオが立ち上げられた。この活動には、全国から学生・青年を中心としたボランティアが集まり、支援物資の配布、津波に襲われた家の床下の泥のかき出し、廃材の処理などを行なった。13年度以降は、エマオ仙台では畑の復興、種まきや収穫の手伝い、石巻では牡蠣の種付けや昆布のメカブ取りの手伝いなどが行なわれている。ボランティア登録者数は6669名(1・31現在)に達した。

 活動の中心は、仮設住宅で被災者に交わりの場を提供する「お茶っこサロン」に移りつつある。心身ともに疲れを覚えている方々に寄り添うことは、仮設がある限り大切な働きとなる。

ハートフル遠野・釜石
(活動資金は国内募金と海外のEMS、UMCOR、mission21)

 12年2月、ハートフル遠野は、釜石市内4ヶ所の仮設住宅で「お茶っこサロン」を始めた。現在は、ハートフル釜石が12ヶ所の仮設住宅と1ヶ所の復興住宅等で活動を行なっている。「お茶っこサロン」を利用した仮設の方々は、延べ9105名(2・28現在)である。

 震災から4年、手芸を中心とした「お茶っこサロン」に加え、仮設住宅周囲の草取り、落ち葉掃きなどの環境整備、個別訪問が始まっている。

こひつじキャンプ
(活動資金は国内募金と海外のUMCOR、EMS、RCA)

 12年1月、第1回の「こひつじキャンプ」が山中湖で行われた。原発事故による放射能汚染より逃れ、短期間でも保養を求める家族が参加した。13年1月からは台湾基督長老教会からの招待も加わり、YMCAとの共催で16回(内3回は台湾)を開催するに至っている。

 今後、国内外で計6回のキャンプを予定している。定員は各回25名前後、初めての参加者を優先する。

被災地支援演奏会
(活動資金は国内募金とスイスの教会・個人、RCA)

 13年1月、第1回演奏会を石巻で行なったのを皮切りに、これまで6回にわたって行なわれた。訪れた被災地は、石巻、仙台、名取、いわき、釜石、遠野で、演奏場所は教会、スーパー、仮設住宅、幼稚園、保育園、個人宅など多彩である。

 2015年度、春夏秋冬4回にわたる演奏旅行を企画している。

 各プロジェクトは、祈りによって始まり、祈りによって終わる。祈りに導かれてこそ神様から力を得、託されている働きを担うことが出来るからである。

 また、教団が展開する被災地支援活動は、UMCOR(アメリカ合同メソジスト教会海外災害支援部)、EMS(ドイツを中心とした福音連帯宣教会)、PCT(台湾基督長老教会)を中心に、mission21(スイス)、RCA(アメリカ改革派教会)によって支えられている。これらの団体や個人などの支援が無ければ、私たちは今日のような活動を生み出すことは出来なかった。そのことを思うと、海外からの支援への感謝の思いは尽きることがない。(救援対策本部幹事)

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