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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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【4817号】東京神学大学 「内地留学制度」ご案内

2015年3月21日

 日本基督教団の伝道に神学的バックボーンを提供したい。教団との信頼関係を回復して2年、「教団立東京神学大学」として、宗教改革の改革精神に相応しい大学の自律を確保しつつ、教団の伝道ためにどのような貢献ができるかを考えて来ました。

 その中でまずは、「内地留学制度」というものを整備することとし、教団常議員会でも学長が説明しつつ、学内の検討を重ね、2015年度から実施するため、このたび要項を発表しました。

 制度の趣旨は、主として日本基督教団教師が、本学において学位ならびに卒業資格の取得を目的とせずに半年間の神学研修をする制度です。

 神学校で既に学んだことでも、伝道者として教会や学校に遣わされてようやく納得することがたくさんあります。あるいは信徒や求道者と対面していてわからなくなってしまう場面があります。一旦立ち止まる必要を感じる。もう一度学び直したい。これは伝道者が一度は経験する深刻な求めではないでしょうか。一度立ち止まってご覧なさい。まずは半年、必要なら1年、神学校に戻って自分を吟味し直しませんか。そのような時をもつことが主旨ですから、科目は2科目以上参加すればよろしいのです。卒業資格や学位を目的としないとはいえ、科目履修も条件を満たせば可能です。

 この制度は、ただ本学卒業生だけの求めに答えようとするものではなく、教団教師の皆様のための制度ですから、いずれの神学校を卒業した方も利用できます。もちろん、教団の世界教会的使命に鑑みて他教派所属の教職にも門戸は開かれています。

 このような学びの必要を教団教師の皆様、また教区・教団においても大切にして下さり、必要とする教師を送り出して下さるように、また財的支援をして下さるように、お願い致します。

 期間中の住まいは、ご自分でお探し頂きますが、学生寮に空き室がある場合にはご利用頂けます。

 出願方法や費用については、本学教務課にお問い合わせ下さい。

東京神学大学教授会書記 大住 雄一

《東京神学大学教務課 ℡0422-32-4185》

中嶋 剛氏(無任所教師)
 15年1月17日逝去、82歳。滋賀県に生まれる。57年に同志社大学大学院を卒業、同年より王寺(現西大和)教会を経て、教団事務局に勤務し、ニューヨーク日本語教会牧会後、97年から00年まで安中教会を牧会。
 遺族は姉・太田結子さん。

赤堀とし子氏(無任所教師)
 14年12月11日逝去、64歳。静岡県生まれ。75年に東京聖書学校を卒業、77年より78年まで脇本教会を牧会。
 遺族は父・赤堀弥一さん。

 アニー・プリスキラ・エドガー・ランドルフは、1827年9月14日、現ウエスト・バージニア州生まれ、約 30年間にわたりアラバマ州、ジョージア州、ケンタッキー州で学校の教師を務めていました。1871年に外国伝道局 に宣教師を志願すると翌年の1872年に中国派遣宣教師の任を受け、中国杭州に渡ったランドルフは寄宿女学校長に就任し、女子教育に従事してきました。

 1888年、ランドルフは健康を害して強制帰国を命じられ、帰路につきます。その途中のこと、元中国宣教師の親友ミセス・ランバスに会うため神戸に立ち寄り、しばらく滞在。日本の気候が自分の身体に良いことを知ったランド ルフは、米国南長老教会宣教師マカルピンの誘いを受けて名古屋に移住し、日本基督名古屋一致教会(現日本基督教団名古屋教会)牧師、阪野嘉一が館長だった男子英語塾「冀望館(きぼうかん)」の英語教師を務めることとなりました。

 そこで、女子教育に生涯を捧げてきたランドルフは、日本の女性の地位の低さを目の当たりにします。女子教育の 必要性を悟り、1889年1月に女性の英語クラスを開くと8月には男子の「冀望館」を閉鎖し、9月に女性のための 「女学専門冀望館」に改組、3人の女生徒を迎え、「女学専門冀望館」を開校しました。そのとき彼女は自費で2間の教室を建て、自給独立を原則としました。ランドルフの想いはただひとつ、「神を畏れ、神への奉仕にその生涯を捧げる、 つまり人を愛することをライフワークとする女性の育成」。これが彼女の教育方針であり、それこそ金城学院の建学の精神でした。

 開校の翌年(1890年)に「女学専門冀望館」はカンバーランド長老系の「紅楓女学校」と合併し、同年4月 に校名を「私立金城女学校」と改称。生徒数は次第に増え、1891年に校舎が新築されるなど順調なスタートを切りました。しかし残念なことに、同年10月の濃尾大地震によって校舎の一部が損壊。ランドルフもその余震の影響で健康を害し、1892年、帰国を余儀なくされます。

 彼女は教育に対して大変厳しい方でした。生徒たちには毎日新しい英単語を覚えさせ、翌日、暗唱できない生徒を後ろの席に変え、生徒たちは反発することなく、最前列に座れるように一生懸命勉強したと伝えられています。

 生徒たちの勉強意欲を高めたのは、ランドルフの人柄にありまし た。中国語は話せても日本語が苦手で生徒の名前がなかなか憶えられなかったランドルフは、いつも生徒たちを「娘」と 呼び、生徒たちは温かみと親しみを感じ、先生のお役に立ちたいと、先を争って彼女のもとに走っていったといわれています。

 ランドルフの名古屋滞在は、わずか4年間でした。しかし、この間に女子教育の種を蒔き、金城学院大学の基礎を築いた功績は偉大です。金城学院は創立100周年記念事業のひとつとして「金城学院大学ランドルフ記念講堂」を建設し、名古屋の女子教育者の一人としてランドルフの名を後世に伝え続けていきます。
(Kyodan Newsletterより)

19:2 王がアブサロムを悼んで泣いているとの知らせがヨアブに届いた。
19:3 その日兵士たちは、王が息子を思って悲しんでいることを知った。すべての兵士にとって、その日の勝利は喪に変わった。
19:4 その日兵士たちは、戦場を脱走して来たことを恥じる兵士が忍び込むようにして、こっそりと町に入った。
19:5 王は顔を覆い、大声で叫んでいた。「わたしの息子アブサロム、アブサロム。わたしの息子、わたしの息子よ。」
19:6 ヨアブは屋内の王のもとに行き、言った。「王は今日、王のお命、王子、王女たちの命、王妃、側女たちの命を救ったあなたの家臣全員の顔を恥にさらされました。
19:7 あなたを憎む者を愛し、あなたを愛する者を憎まれるのですか。わたしは今日、将軍も兵士もあなたにとっては無に等しいと知らされました。この日、アブサロムが生きていて、我々全員が死んでいたら、あなたの目に正しいと映ったのでしょう。
19:8 とにかく立って外に出、家臣の心に語りかけてください。主に誓って言いますが、出て来られなければ、今夜あなたと共に過ごす者は一人もいないでしょう。それはあなたにとって、若いときから今に至るまでに受けたどのような災いにもまして、大きな災いとなるでしょう。」
19:9 王は立ち上がり、城門の席に着いた。兵士は皆、王が城門の席に着いたと聞いて、王の前に集まった。
イスラエル軍はそれぞれ自分の天幕に逃げ帰った。
19:10 イスラエル諸部族の間に議論が起こった。「ダビデ王は敵の手から我々を救い出し、ペリシテの手からも助け出してくださった。だが今は、アブサロムのために国外に逃げておられる。
19:11 我々が油を注いで王としたアブサロムは戦いで死んでしまった。それなのに、なぜあなたたちは黙っているばかりで、王を連れ戻そうとしないのか。」
19:12 イスラエルのすべての人々の声はダビデ王の家にまで届いた。王は、祭司ツァドクとアビアタルのもとに人を遣わしてこう言った。「ユダの長老たちにこう言ってくれ。あなたたちは王を王宮に連れ戻すのに遅れをとるのか。
19:13 あなたたちはわたしの兄弟、わたしの骨肉ではないか。王を連れ戻すのに遅れをとるのか。
19:14 アマサに対してはこう言ってくれ。お前はわたしの骨肉ではないか。ヨアブに代えてこれから先ずっと、お前をわが軍の司令官に任じないなら、神が幾重にもわたしを罰してくださるように。」
19:15 ダビデはユダのすべての人々の心を動かして一人の人の心のようにした。ユダの人々は王に使者を遣わし、「家臣全員と共に帰還してください」と言った。

 教師(牧師、伝道師)が担う教務は、礼拝・伝道および信徒の信仰指導、聖礼典の執行(牧師の場合)、結婚式・葬式その他の儀式である(教規第104条)。その他教会に関わる事務があり(同105条)、教会総会・役員会の議長の務めを担う(同96条、101条)。付帯施設をもつ教会ではその責任を担うこともある。

 さらに、教会堂・牧師館の管理も加わる。小規模の教会の場合、さまざまなことが教師とその家族の負担になっていることがある。この冬も、秋田県の豪雪地域の教会に仕える教師のお連れ合いが、除雪をがんばりすぎて手首が腱鞘炎になったと聞いた。会員の高齢化により、教師やその家族が教会にとって必要不可欠な「労働力」として、教会の土地・建物の維持管理を担っているという現実もある。

 それらに加えて、教勢・財政力の低下により全体的に暗くなりがちな教会の中で、つとめて明るい笑顔でいて、ダジャレや冗談を言ったり、自分の失敗談を話して会員を笑わせて、明るい(?)教会にしようと努力している教師もいる。

 そのような中で、教師が孤軍奮闘の思いで疲れを覚えてしまうことがあってはならないし、逆に教師が教会を支配することがあってもならない。教会を愛し、教会に仕えることにおいて、教会の「主任牧師」は常に主イエス・キリストであり、各教会に遣わされている教師は常に「副牧師」である。

 この春、新たな働きの地に赴く教師たちの働きが守られ、祝されるようにと祈っている。(教団総会書記 雲然俊美)

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