6月24日、第38回総会期「障がい」を考える小委員会が教団会議室にて開催された。加藤幹夫(阿漕)、W・ジャンセン(東京神学大学)、上竹裕子(磐城)、森田恭一郎(遠州栄光)、中村英之(熊本城東)、藤盛勇紀担当幹事が出席し、加藤委員長の開会礼拝の後、書記に上竹委員を選任した。
前総会期からの申し送り事項として①病と障がいの理解を深めていくこと、②4年に一度の全国交流会を2016年度に開催できるように努め、そのための献金を継続すること、③「障がい」に関する情報発信を継続することを確認した。
特に、牧会者とその家族のメンタルケアの問題について、牧会者とその家族の相談室設置や交流会開催が議論されてきた経緯についての話し合いを深めた。教会と牧会者、その家族のコミュニケーションの課題があり、牧会者が悩むケースに加えて、パワーハラスメントやDV等、牧会者が加害者となるケースについても対応できる相談室の重要性を話し合った。この課題については、次回委員会でさらに学びを深めることとした。
次に、今後の交流会の計画について話し合い、2年ごとに障がい者交流会と牧会者交流会を交互に開催することを決定した。交流会は、参加者同士の励ましとなり、具体的な課題が見えてくる貴重な機会ともなる。2014年9月2日~3日、戸山サンライズにて、《第4回「障がい」を考える全国交流会-牧会者ならびにその家族の精神的なケアを考える》を開催予定。
最後に、ホームページの内容について検討した。現在、本委員会はホームページ上で、障がいについて、教会での取り組み等を紹介している。
《http://uccj-j.org/》 今後、障がい者やその家族、教会と情報を共有し、共に考えることのできる場として周知され、活用されるよう内容を充実させる。ホームページ担当に中村委員を選任した。障がいを抱えながらも福音の喜びに生きるための手助けとなるメッセージや情報を発信していくことを確認した。
(上竹裕子報)
私は6月26日〜7月13日の18日間、台湾基督長老教会(以下PCT)の主催する「I Love Taiwan
Mission」(以下ILT)に参加した。
2002年に始まり今年で12回目を迎えたこの会は、台湾中のPCTの教会の青年と、PCTと関わりのある世界の教会の青年が台湾の地に集まり、共に主を賛美し、学び合うというものだ。参加者は3日間の全体会の後、4~5名のグループで台湾各地の教会に派遣され、そこで12日間の奉仕を行う。最後の3日間はまた全体で集まり、報告会を行う。
今年は台湾から73名、海外から12カ国84名の青年が参加した。非常に規模が大きく完成度の高い会であるが、企画・運営は学生を初めとする青年が主体となって行われる。
この会は、海外からの参加者にとっての学びも勿論大きいのだが、私はILTを通した台湾人青年の成長という部分を多く発見し、印象的だった。このILTという活動が青年の成長、また次世代の教会の力に繋がっているのだ。その中でも、私が特に注目した3点について記したい。
まず、信仰面での成長だ。ILTの期間中、参加者には全体会でのバイブルシェアリングや各地の教会での自由時間など、信仰の話をする機会が多くある。私もそうであったが、多くの青年が、海外の青年と信仰の話をすると非常に刺激を受けると言っていた。全くバックグラウンドの違う人々との聖書を通した交わりは、我々に異なる視点を与えてくれ、信仰面での大きな学びに繋がる。
2点目は、イベント運営能力の向上である。これは宣教という観点から見て重要だと考える。子供や学生への宣教活動は、キャンプ等といったイベント系の活動が効果的であるが、質の高い運営をするのは容易ではない。実際に運営をした経験が肝要となる。ILTに運営側で参加した青年はイベント運営の経験が得られる上に、ILTの高度な運営手法からヒントを得て、個々の教会での活動に活かすことが出来るだろう。
最後に、ILTが無ければ出会わなかったであろう、台湾人青年同士の交流という点をあげたい。運営スタッフ同士は仲が良く、ILTの後も交友関係を持つ場合が多い。このような青年同士の全国的な繋がりは、次世代の教会の一体感に繋がり、教会全体の大きな力になると考える。
今回の経験を通して、PCTの組織としての力強さの要因を垣間みることが出来たと感じている。我々が彼らから学ぶことはとても多い。これからも今回出会った青年たちとの繋がりを大切にし、主の教会の発展のために互いに切磋琢磨していきたい。
最後になるが、私は日本聖公会の所属なのだが、今回は学生キリスト教友愛会(SCF)を通して参加をした。他教派であるにも関わらず、教団には多くのサポートを頂いた。皆様の支援に感謝をするとともに、教団のこのような主の教会の発展のための幅広い活動に、尊敬の意を表したい。
また今回、教団新報への執筆という形で、多くの方に私の経験を共有する機会が与えられたことも、主にあって感謝する。来年以降も日本からILTに参加する青年が与えられることを、強く祈っている。
(高田蛍報/日本聖公会
牛込聖バルナバ教会員)
3年に一度のアメリカ合衆国長老教会(PCUSA)青年大会(Presbyterian Youth Triennium/PYT)が、7月16日から20日にかけて開催された。主題は「I am」。約5300名の高校生の年代の若者たちが全米また世界中からインディアナ州のパデュー大学に集まり、忘れられない5日間を過ごす。参加者は大学の寮で寝起きし、音楽と踊りと演劇に満ちた全体礼拝を中心に、分団での活動、ピクニックやダンスパーティーなどの多彩なプログラムの中で活動する。
この度、PCUSAからグローバルパートナーとして招待を受け、国際関係委員会が高校生を募集・選考し、エデフォスはんなさん(静岡英和女学院高等学校)と髙野夢さん(山梨英和高等学校)の両名を派遣した。引率は、望月麻生国際関係委員と高田輝樹職員。
7月中旬に海外の研修旅行へ出かけることは、日本の高校生にとっては試験や学校行事との関係で決して容易い決断ではない。また、参加対象者はアメリカ人の高校生を前提としているため、英語はできて当たり前の世界である。また自らの信仰に関しても学生たちはプログラムを通して深く問われる。もちろん教団を代表するという一面も持つ。つまり、このキャンプは誰でも容易く参加できるものではない。はんなさんと夢さんがインディアナ空港からパデュー大学へ向かうバスの中でどれほど緊張していたことかは想像に難くないだろう。
しかし彼女たちは自分の賜物を惜しみなく発揮し、多くの出会いと友情が与えられた。日本を紹介する出店では浴衣を着てアメリカの参加者たちに折り紙を教えた。日本語で参加者らの名前を書くサービスはとても喜ばれた。また、日本語の「主の祈り」を多くの人々に教えた。彼女たちの周りには常に大きな輪ができ、彼女たちの参加を多くの人々が喜んでいた。
また、PYTが終わってからの2日間、パデュー大学の近くにあるCentral Presbyterian Churchの方々にお世話になった。ホームステイをしながら主日礼拝への出席、信徒宅のプール付き庭で行われた青年会への参加など、アメリカでの教会生活を体験する良い機会となった。
多くの方々の支えと祈りをいただきながら無事に全日程を終えられたことに感謝である。
(望月麻生報)
山梨英和高等学校 髙野 夢
アメリカ合衆国長老教会青年大会(PYT)、それは私が思っていた以上に意義のあるもので、実りの多いものでした。世界各国から5千人以上の参加者が集まり、5日間共に過ごしました。
最初は不安もありましたが、私がアメリカで出会ったすべての人はとても優しく親切で、すぐに良い関係を築くことが出来ました。
PYTでは、各々の国の文化の共有や意見交換、ビデオ鑑賞など様々なことをしました。
その中でも特に心に残っているのは、ほぼ毎日行われた賛美の時間です。5千人がホールに集まり、歌ったり踊ったりしながら神を賛美します。これが心に残っているのは、ただ楽しかったからではありません。この時間を通して、賛美の奥深さを学んだからです。言葉や文化を越え、5千人の気持ちを一つにし、同じ時間を共有させてくれる賛美の時間は本当に素敵だなと思いました。
この5日間はとても充実していて、PYTでの経験や出会いは、私の一生の財産となりました。
多くの恵みを与えて下さった神様に心から感謝いたします。
† † †
静岡英和女学院高等学校 エデフォスはんな
まず、神様がPYTを通して私に夢さんをはじめ、多くの 出会いを与えてくださったことに感謝したいです。夢さんと一緒だったから体験できたことが沢山ありました。PYTで出会った人々は私の宝です。
また、PYTではワーシップでたまたま隣に座った人も道ですれちがった人も初めて会ったのも国籍が違うのも関係なく、みんな優しく接し明るく挨拶を交わしていました。その姿をみて、私はこれこそが神の家族なんだなと思いました。私が5日間楽しく過ごせたのもこの家族の暖かみがあったからだと思います。
私がプログラムの中で一番感動したは、ワーシップです。5000人以上の高校生が一つの場所に集まり賛美すると、そこには何か大きなエネルギーのようなものを感じ、礼拝することがどれだけ素晴らしいことか思いおこされました。
このようなことを日本で体験するのは難しいと思います。そのことを悲しく感じると同時に日本も近い将来このようになるように祈り続けようと決心しました。
どうかこの文章を読んでくださっているみなさんも、日本の高校生の救いのためにお祈りください。
14:26 兄弟たち、それではどうすればよいだろうか。あなたがたは集まったとき、それぞれ詩編の歌をうたい、教え、啓示を語り、異言を語り、それを解釈するのですが、すべてはあなたがたを造り上げるためにすべきです。
14:27 異言を語る者がいれば、二人かせいぜい三人が順番に語り、一人に解釈させなさい。
14:28 解釈する者がいなければ、教会では黙っていて、自分自身と神に対して語りなさい。
14:29 預言する者の場合は、二人か三人が語り、他の者たちはそれを検討しなさい。
14:30 座っている他の人に啓示が与えられたら、先に語りだしていた者は黙りなさい。
14:31 皆が共に学び、皆が共に励まされるように、一人一人が皆、預言できるようにしなさい。
14:32 預言者に働きかける霊は、預言者の意に服するはずです。
14:33 神は無秩序の神ではなく、平和の神だからです。聖なる者たちのすべての教会でそうであるように、
14:34 婦人たちは、教会では黙っていなさい。婦人たちには語ることが許されていません。律法も言っているように、婦人たちは従う者でありなさい。
14:35 何か知りたいことがあったら、家で自分の夫に聞きなさい。婦人にとって教会の中で発言するのは、恥ずべきことです。
14:36 それとも、神の言葉はあなたがたから出て来たのでしょうか。あるいは、あなたがたにだけ来たのでしょうか。
14:37 自分は預言する者であるとか、霊の人であると思っている者がいれば、わたしがここに書いてきたことは主の命令であると認めなさい。
14:38 それを認めない者は、その人もまた認められないでしょう。
14:39 わたしの兄弟たち、こういうわけですから、預言することを熱心に求めなさい。そして、異言を語ることを禁じてはなりません。
14:40 しかし、すべてを適切に、秩序正しく行いなさい。
14:13 だから、異言を語る者は、それを解釈できるように祈りなさい。
14:14 わたしが異言で祈る場合、それはわたしの霊が祈っているのですが、理性は実を結びません。
14:15 では、どうしたらよいのでしょうか。霊で祈り、理性でも祈ることにしましょう。霊で賛美し、理性でも賛美することにしましょう。
14:16 さもなければ、仮にあなたが霊で賛美の祈りを唱えても、教会に来て間もない人は、どうしてあなたの感謝に「アーメン」と言えるでしょうか。あなたが何を言っているのか、彼には分からないからです。
14:17 あなたが感謝するのは結構ですが、そのことで他の人が造り上げられるわけではありません。
14:18 わたしは、あなたがたのだれよりも多くの異言を語れることを、神に感謝します。
14:19 しかし、わたしは他の人たちをも教えるために、教会では異言で一万の言葉を語るより、理性によって五つの言葉を語る方をとります。
14:20 兄弟たち、物の判断については子供となってはいけません。悪事については幼子となり、物の判断については大人になってください。
14:21 律法にこう書いてあります。「『異国の言葉を語る人々によって、/異国の人々の唇で/わたしはこの民に語るが、/それでも、彼らはわたしに耳を傾けないだろう』/と主は言われる。」
14:22 このように、異言は、信じる者のためではなく、信じていない者のためのしるしですが、預言は、信じていない者のためではなく、信じる者のためのしるしです。
14:23 教会全体が一緒に集まり、皆が異言を語っているところへ、教会に来て間もない人か信者でない人が入って来たら、あなたがたのことを気が変だとは言わないでしょうか。
14:24 反対に、皆が預言しているところへ、信者でない人か、教会に来て間もない人が入って来たら、彼は皆から非を悟らされ、皆から罪を指摘され、
14:25 心の内に隠していたことが明るみに出され、結局、ひれ伏して神を礼拝し、「まことに、神はあなたがたの内におられます」と皆の前で言い表すことになるでしょう。
〒169-0051 東京都新宿区西早稲田2-3-18-31
Copyright (c) 2007-2026
The United Church of Christ in Japan






