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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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テモテへの手紙一6・11~16

2012年6月3日

6:11 しかし、神の人よ、あなたはこれらのことを避けなさい。正義、信心、信仰、愛、忍耐、柔和を追い求めなさい。
6:12 信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。命を得るために、あなたは神から召され、多くの証人の前で立派に信仰を表明したのです。
6:13 万物に命をお与えになる神の御前で、そして、ポンティオ・ピラトの面前で立派な宣言によって証しをなさったキリスト・イエスの御前で、あなたに命じます。
6:14 わたしたちの主イエス・キリストが再び来られるときまで、おちどなく、非難されないように、この掟を守りなさい。
6:15 神は、定められた時にキリストを現してくださいます。神は、祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主、
6:16 唯一の不死の存在、近寄り難い光の中に住まわれる方、だれ一人見たことがなく、見ることのできない方です。この神に誉れと永遠の支配がありますように、アーメン。

2012年6月2日

《主題》
日本伝道のために -召命と派遣-
《日時》
2012年8月21日(火)~23日(木)
《会場》
恵みシャレー軽井沢
(長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢1374-5)

《講師》
青   年 近藤勝彦先生(東京神学大学)
中 高 生 髙橋貞二郎先生
(東洋英和女学院中学・高等部)
祈りの奨め 左近 豊先生(聖学院大学)
チャプレン 小倉義明先生
(使徒教会・前聖学院院長)
《条 件》 所属教会牧師の了解を得ること。
《参加費》 15,000円
《締切り》 7月31日(火)
《詳細・申し込み》
【事務局】
日本基督教団青山教会(増田将平牧師)
〒107-0062東京都港区南青山4-9-4
Tel/Fax 03-3401-6814
E-mail  aoyamachurch2004@yahoo.co.jp

《後援》
日本基督教団伝道方策検討委員会
日本基督教団教育委員会

日本キリスト教協議会(NCC)総幹事。教団世界宣教委員。

網中牧師は、「《主がお入り用なのです》との信仰により、すぐにお受けしました」と語り始め、次のように続けた。
「今総会期の標語はマルコ1章17節《わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう》。総幹事として選出された総会の場所は聖アンデレ教会(聖公会)でした。3代前は銚子の網元だったと聞いている私にとって、この聖句は東洋英和の小学部の時から好きな聖句でした。務めを果たす力は神さまが下さると信じ、気負わずにおります」。
NCC総幹事の役割について尋ねると、「議決機関の長である議長の指示に基づき、執行機関の長として淡々と冷静に業務にあたります。ただし教団と違い、協議会の特徴の一つに、委員の派遣制度があります。委員は委嘱ではなく、加盟教団・団体が派遣する人が自動的になるのです。主にある交わりを信頼し、福音に根差した活動が出来るよう祈っています」と答えた。
今総会期より総幹事は委任契約となった。NCCは会計業務でさえ週3日のパートという必要最低限の人数で事務局を運営しており、総幹事も普通に電話を取り、コピーを取り、教会の牧師同様何でもして、少人数だからこそ互いに配慮し合い助け合っている、とのことである。
今、特に取り組んでいる課題は、東日本大震災被災者支援に関わる事柄である。「世界の教会が被災者のため熱心に祈り、具体的に献金して支えて下さっています」と述べ、その祈りに共に加わり続けたいと、網中牧師は願う。2013年10月に釜山で開かれるWCC総会の前に、被災者の現況と日本の宗教者が代替エネルギーについてどう考えるか提言することが出来る国際会議を開くよう要請があり、準備を進めている。
「エキュメニカル震災対策室(JEDRO)室長は小橋孝一NCC議長、フルタイムの室長補佐として5月から教団の外崎孝牧師が働いています。祈りお支え下さい」と結んだ。

能登半島地震被災教会最後の再建、羽咋教会の献堂式が4月30日行われた。
新会堂は、七尾線羽咋駅から徒歩10分弱、羽咋高校前の市の中心部にあり、1、000㎡の土地に鐘楼を持つ木造平屋建ての会堂と牧師館が並ぶ。
会堂は昨年11月末完成し、12月から使用を開始していたが、雪解けを待っての献堂式となり、春を待ち兼ねたかのように、近隣の教会、中部教区、全国の関係者など、51教会184人が出席した。
会堂の扉を開け放って玄関ロビー、廊下に隙間なく椅子を並べ、あるいは別室でビデオ中継を見守る中で午後2時、献堂式が始まった。
「新しい天と新しい地」と題した式辞で内城恵牧師は、「能登半島地震の直後、5年後に羽咋教会の献堂式を迎えることが出来るとだれが考え、97年前に伝道所としてスタートした時、2012年に新会堂を建設出来ると、だれが想像し得ただろうか。私たちの祈りを主は叶えて下さった。
イザヤ書の『わたしは新しい天と新しい地を創造する』の御言葉が、会堂建設の間中、いつも心の片隅にあった。新しくされた建物という器だけでなく、切望する終末の希望を、建築の過程で見させて頂いた。新しい天と新しい地は、会堂を通して証しされた」と力強く述べ、虹のエピソードを紹介して結んだ。
「新会堂で礼拝を守るようになって主日礼拝で3度の虹を見た。虹は信仰者にとって特別な意味を持つ。初めて会堂を使用した12月第1主日。2度目はその翌週。3度目は東日本大震災1周年の3月11日早朝で、会堂の端から端まで掛かる大きな半円状の虹だった。聖書に虹は神と人間との平和の徴とある。
東日本大震災以来、多くの試練を経験したが、今こそ復活された主が来られることを切望し、新しい天と新しい地に生きる神に、キリストの教会として立つことが出来るよう祈り願う」。
’74年に建築された旧会堂は、能登半島地震で多数の亀裂が生じたが、元来、羽咋白百合幼稚園(現ゆりっ子児童クラブ)園舎として建設されたため、主日ごとにホールに講檀と椅子を並べ、礼拝を守って来た。耐震工事をどうするかの協議の中で、信徒が農地を寄贈したことから独立の新会堂建設へと進展し、総工費3、500万円の瀟洒な会堂へと結実した。
献堂式に引き続き行われた感謝会で、内藤留幸総幹事は、「北陸伝道に20年間携わった者として、感慨無量、万感胸に迫るものがある。神様のなさることは誠に素晴らしい。歴史の転機には、破局が起きる。それを克復した時に、新しい時代が始まる。能登半島地震被災教会支援の働きは終了した。能登での経験を活かして、東日本大震災に取り組んで行きたい」と語った。
続いて挨拶に立った長山信夫・銀座教会牧師(能登半島地震被災教会会堂等支援委員長)は、「能登半島地震の全国委員会は、中部教区、能登伝道圏の教会の熱意に本当に支えられた。会堂がどうしても必要なのだという熱意無しには、募金運動は進まなかった」と述べた。
小宮山剛・逗子教会牧師(元中部教区被災教会再建委員長)は、「24年前に能登に赴任したが、羽咋の人たちが会堂建設を熱望しているのを聞いて、それは不可能なことだと感じた。神様は本当に生きていることを今日感じた」と語ったが、何人かの人が同様の感想をもらした。
会堂全体を立錐の余地なく埋めた出席者が、感謝会でも茶菓に手をつけようともせず、祝辞に大きくうなずき、時に目頭を押さえていたのが印象的で、9人の祝辞の後に立った川原潤長老は、「万感の思いで皆様のご挨拶を聞いた。神様はいつも私たちとともに歩んで下さった。全国諸教会の熱い思いと支えで会堂建設は達成出来た。20名ばかりの小さな教会だが、地域伝道に邁進して行く」と会員を代表して決意を語った。
能登半島地震発生以来5年余。被災教会の支援は、2教会1伝道所の会堂、3教会牧師館を再建、2教会会堂、2幼稚園の改修すべてが完了した。
(永井清陽報)

柴田 勝氏(北星学園女子中学高等学校教務教師)
05年11月26日逝去、70歳。滋賀県に生まれる。’60年東京神学大学大学院修了、同年札幌教会に赴任、渡米しマウントバーノン教会、日米合同教会を経て、’73年より北星学園女子中学高等学校に勤めた。
遺族は、妻・柴田敬子さん。

北久保勝也氏(隠退教師)
12年3月14日逝去、’87歳。東京都に生まれる。’53年日本基督神学専門学校を卒業、同年京都丸太町教会に赴任、和戸教会、熊谷教会、長崎古町教会を経て’67年より’95年まで洗足教会を牧会した。
遺族は、娘・巌崎悦子さん。

鎌谷きよ氏(隠退教師)
12年4月2日逝去、96歳。群馬県に生まれる。’38年神戸女子神学校を卒業、’54年新発田教会に赴任、倉吉教会を経て’86年まで八頭教会を牧会し、’87年隠退した。
遺族は、娘・深井光さん。

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