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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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コリントの信徒への手紙一 12・14~26

2022年8月7日

 体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています足が、「わたしは手ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。耳が、「わたしは目ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。もし体全体が目だったら、どこで聞きますか。もし全体が耳だったら、どこでにおいをかぎますか。そこで神は、御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分を置かれたのです。すべてが一つの部分になってしまったら、どこに体というものがあるでしょう。だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。わたしたちは、体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし、見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。見栄えのよい部分には、そうする必要はありません。神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。

2022年8月6日

■教団新報 第4976・77号
【4978・79号】第41総会期 第19回常議員会(1面)
【4978・79号】お知らせ(1面)
【4978・79号】在日大韓基督教会と日本基督教団との宣教協力委員会(2面)
【4978・79号】ウクライナ救援募金 期間延長のお知らせ(2面)
【4978・79号】2022年度新任教師 オリエンテーション(2面)
【4978・79号】東北地方地震被災教会会堂等再建支援委員会(3面)
【4978・79号】部落解放センター運営委員会(3面)

【4978・79号】事務局報(3面)
【4978・79号】お詫び・訂正(3面)
【4978・79号】カルト問題連絡会よりお知らせ(3面)
【4978・79号】平和メッセージ(4面)
【4978・79号】人ひととき(4面)
【4978・79号】剣を打ちかえて鋤となす(4面)

 横須賀にある社会福祉法人「日本医療伝道会衣笠病院」創立75周年の記念礼拝(8月6日)に教団からの祝辞を求められました。この病院の創立の経緯を見ると、1947年8月1日に35名の医療スタッフと80床の病院として出発した最初は、「日本基督教団衣笠病院」となっています。教団立の病院であったことに驚かされます。現在も一貫して「日本医療伝道会」の名前を保持してチャペルを設け、教会とキリスト者を中心とした総合的な医療と社会福祉の働きとして大きく発展し、地域に仕える姿を証し続けています。
 言うまでもなく、横須賀は在日米軍の重要な海軍基地として、原子力空母が入港する港として世界に知られている街です。これは「終戦後の混乱と窮乏の中、横須賀に着任した米海軍横須賀基地司令官のベントン・W・デッカー大佐の熱心な激励により、キリスト教の精神に基づく医療奉仕をすることを使命として日本基督教団衣笠病院として開設…」との事情が伝えられています。横須賀には「横須賀基督教社会館」もあり、これも同じ事情によって開設された施設です。まさに、「剣を打ちかえて鋤となす」働きがこの横須賀の地で継承されているのです。日本基督教団として、ここに、この働きがあることを銘記して、共に祈り支え合う交わりにあることを覚えなければならないと思わされました。

(教団総幹事 秋山 徹)

主に育まれた者として

広尾教会員、執事
有馬一宇(ありまかずいえ)さん
1940年東京生まれ。

 有馬一宇さんは豊分教会(現、広尾教会)員だった両親の下に生まれる。クリスチャン家庭に育ち中学、高校、大学と青山学院に学んだ。高等部卒業時に同窓会委員に選ばれ、さらに校友会監事、学院評議員、理事を務めることになる。現在まで続く母校との関わりは後に教会を支えることになるが、当時は教会に行く機会は多くなかった。
 卒業後は戸田建設に入社。大きな現場の資材主任や秘書課長、人事部長等の責任のある仕事を任される。「能力以上のものを求められたことで成長できた」と振り返る。
 28歳で高等部の後輩の富美子さんと結婚。その頃は仕事のため教会に殆ど来ていなかったが「きちんと神様の前で約束をしたい。これからの歩みを神様に委ねたい」と、はたと思わされた。そこには父の祈りがあったのだろう。富美子さんと共に豊分教会で伊藤與雄牧師より受洗し結婚に臨んだ。結婚後は夫婦で教会に通うも、やがて激務のため教会を長く離れた。
 その後高齢になった父の世話をする中で問安に訪れる牧師や教会員と交流が生まれる。父の召天後に礼拝生活を再開。程なくして突然の無牧となり、教会が苦難の時代を迎えたさなか執事に選ばれる。2年以上の無牧期間、説教者を欠かさず招聘するにあたり有馬さんの母校との関りが生きた。仕事で培われた組織を動かす力も執事として必要な賜物であり、人的な繋がりも教会で工事を行う際に用いられている。礼拝から遠ざかっていた期間も、教会に仕える時のために主が有馬さんを育んでおられたのだろう。
 現在、広尾教会の教会学校には有馬さんの「後輩」たちがたくさん集まる。キリスト教主義学校で聖書に関心を持った子供たちが御言葉を聞いて信じることと自分の言葉で祈ることが願いである。

日本基督教団カルト問題連絡会は、7月20日付けで「統一協会で被害に遭われた方々と現在関わりのある方々へ」という声明文を出しました。
詳細はホームページをご覧下さい。

https://uccj.org/news/44045.html

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