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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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マルコによる福音書2・1~12

2024年11月2日

数日後、イエスが再びカファルナウムに来られると、家におられることが知れ渡り、大勢の人が集まったので、戸口の辺りまですきまもないほどになった。イエスが御言葉を語っておられると、四人の男が中風の人を運んで来た。しかし、群衆に阻まれて、イエスのもとに連れて行くことができなかったので、イエスがおられる辺りの屋根をはがして穴をあけ、病人の寝ている床をつり降ろした。イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、「子よ、あなたの罪は赦される」と言われた。ところが、そこに律法学者が数人座っていて、心の中であれこれと考えた。「この人は、なぜこういうことを口にするのか。神を冒瀆している。神おひとりのほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか。」 イエスは、彼らが心の中で考えていることを、御自分の霊の力ですぐに知って言われた。「なぜ、そんな考えを心に抱くのか。中風の人に『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて、床を担いで歩け』と言うのと、どちらが易しいか。 人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。」そして、中風の人に言われた。 「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい。」 その人は起き上がり、すぐに床を担いで、皆の見ている前を出て行った。人々は皆驚き、「このようなことは、今まで見たことがない」と言って、神を賛美した。

2024年11月1日

「沈む者に伸びる御手」

聖書箇所:「 それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられた。 群衆を解散させてから、祈るためにひとり山にお登りになった。夕方になっても、ただひとりそこにおられた。 ところが、舟は既に陸から何スタディオンか離れており、逆風のために波に悩まされていた。 夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた。 弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、「幽霊だ」と言っておびえ、恐怖のあまり叫び声をあげた。 イエスはすぐ彼らに話しかけられた。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」 すると、ペトロが答えた。「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」 イエスが「来なさい」と言われたので、ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ。 しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、「主よ、助けてください」と叫んだ。 イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と言われた。 そして、二人が舟に乗り込むと、風は静まった。 33舟の中にいた人たちは、「本当に、あなたは神の子です」と言ってイエスを拝んだ。

マタイによる福音書14章22~33節


神奈川教会
兼清啓司 牧師

 皆さんこんにちは。11月のメッセージを担当します、神奈川教会の兼清と申します。神奈川幼稚園の園長もしております。マタイによる福音書142233節までを読みながら神様からのメッセージを受け取りたいと思います。
 今日の聖書に依りますと、イエス様は弟子たちだけを船に乗せ、ガリラヤ湖の反対側に行くように言われた、とあります。いつもは凪が多いガリラヤ湖も、そのときは向かい風が吹いて弟子たちは「悩まされた」とあります。事実上の航行不能を意味します。向かい風によって悩まされた、というマタイの表現は大変示唆的です。わたしたちもまた強い逆風にさらされ、もう前に進めない、という経験をするからです。しかも夕方から夜にかけてであり、彼らはほとんど明かりがないところで、一晩中漂流するしかありませんでした。そんなときわたしたちはどうすればいいのでしょうか。どうすることもできないのです。しかしこのどうすることもできなくなってしまった者のところへ、キリストは静かに接近される、というのが今日のお話です。
 夜が明けるころになって、湖の上を、主イエスが弟子たちのところへ歩いて近づかれました。ところが弟子たちはイエス様だと気づかず、思わず幽霊だ、と恐怖の叫び声をあげたようです。人はピンチに陥ったとき、見なければいけないものを見ず、見なくてもいいものを見てしまう、ということではないでしょうか。私たちは目に見えるもののなかから、自分を救ってくれるものを見つけようとしますが、それは虚しいことです。福音というのは、思わぬところから、それまで見えていなかったところからやってきます。逆風に悩む私たち、暗闇に閉じ込められた私たちに静かに接近しておられるイエス様に気が付きたいのです。
 弟子たちに対して、主は「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」といわれました。この御声は、パニックになっていた弟子たちにもはっきりと聞こえたようです。目では主イエスを確認できなかった弟子たちですが、耳においては主を認識できました。大きな混乱の中にあっては、視覚よりも、聴覚の方が正しく導くこともあるのです。そして私たちにとってそれは、キリストの御声以外にありません。
 聖書の中にガリラヤ湖の話はたくさん出てくるのですが、一部は魚が一杯取れた、みたいな話もありますが、どちらかというと、今日のように嵐や風で船が沈みそうになる、という話のほうが多いです。その意味では、聖書の世界では、ガリラヤ湖は死と滅びにつながる場所であり、死を象徴している、ともいえます。その「死の水」の上をキリストが歩かれた、ということは、まさにキリストが死と滅びを超克なさる方である、というメッセージを含んでいます。
 「安心しなさい」というキリストの御声に反応したのはペトロでした。彼は「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください」といっています。大変おかしなことをいっています。人間が水の上を歩けるはずがないからです。しかしペトロはこのとき「水の上を歩けるかもしれない」と本気で思いました。そして実際に彼は水の上を歩きました。落ちれば確実に死が待っている水の上をペトロが歩いたのです。この出来事が意味していますのは、キリストを救い主と信じるものは、主とともに、死の上を歩くことができる、ということです。その者は、死を超克なさるキリストとともに復活の命を生きるのです。
 今日の状況を考えるならば、暗闇と死が満ちている世界の中で、キリストがおられる場所だけが「救いの特異点」である、と表現できます。これはまさに、この世の現実とキリストとの関係を示しているのではないでしょうか。救いなき世界に生きる私たちにとって、キリストのおられる所だけが救いです。そのことにペトロは気が付いたのです。
 ペトロはおそらく忘我状態で水の上を歩いていたと思いますが、途中で「強い風に気がついて怖くなり」沈みかけた、とあります。その時、ペトロの腕をイエス様はしっかりと掴まれ「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」とお叱りになりました。確かにそうです。ペトロは信仰が弱かったです。しかしイエス様は腕を決してお放しにはなりませんでした。信仰の弱いペトロが罪の中に、死の中に沈み込んでいくことを、主はお許しになりませんでした。その腕を掴んだまま死から命の側へと引き上げられたのです。
 私たちもキリストを信じていても、いろんな風が吹いてきて、気が付けば信仰が弱まり、この世の現実に埋没していってしまうことがあるのではないでしょうか。
 しかしキリストはそれをお許しにならない。沈む者の腕をキリストは強く握られ決して離されないのです。私たちは主を信じきれない弱さがあるのに、決して不信仰や死や暗黒の中に沈まないのです。
 今日の物語はイエス様が水の上を歩かれる、という奇蹟物語ですが、もう一つの奇蹟はペトロが沈まなかった、ということではないでしょうか。私たちはこのもう一つの奇蹟に生かされているのです。いかなる嵐の中であっても尊い主の御腕は私たちに伸び、滅びから救い上げられているのです。このことを信じましょう。

 祈ります。主なる神様、わたしたちが困難の中にあるとき、どうか主のみ声を聞き分ける力を与えてください。暗闇の中にあるとき、この世のものではなく、キリストのみを見続ける力を与えてください。いついかなるときも、しっかりと主の向かって歩みゆく者としてください。主の御名によって祈ります。

 

さて、重い皮膚病を患っている人が、イエスのところに来てひざまずいて願い、「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言った。イエスが深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ、「よろしい。清くなれ」と言われると、たちまち重い皮膚病は去り、その人は清くなった。イエスはすぐにその人を立ち去らせようとし、厳しく注意して、言われた。「だれにも、何も話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めたものを清めのために献げて、人々に証明しなさい。」しかし、彼はそこを立ち去ると、大いにこの出来事を人々に告げ、言い広め始めた。それで、イエスはもはや公然と町に入ることができず、町の外の人のいない所におられた。それでも、人々は四方からイエスのところに集まって来た。

分断という名の二項対立図式を脱構築する未来を求めて
――コリント教会の分派争いに寄せて――

4というのも、一方である者は「わたしはパウロ系の者だ」と言い、他方で別の者は「わたしはアポロ系の者だ」などと言っているのだから、あなたたちは人間で〔しかないで〕はないか。5では、アポロとは何なのか。また、パウロとは何なのか。この者たちを通して、あなたたちが信じるに至った奉仕者である〔にすぎない〕。6しかも、それぞれに主が与えてくださった仕方に応じている〔奉仕者でしかない〕のである。7わたしは植えた〔だけであり〕、アポロは水やりをした〔にすぎない〕が、〔ほかならぬ〕神が成長さてくださったのである。したがって、植える者も水やりをする者も何ら重要ではなく、成長させてくださる神だけが重要である。8もっとも、植える者と水やりをする者はひとつではあるが、それぞれが自らの報酬を自らの労苦に応じて受け取ることになるであろう。9というのも、わたしたちは神の同労者だからであり、あなたたちは神の畑、神の建物だからである。

(コリントの信徒への手紙一 3章4−9節[私訳])

 Ⅰコリント書は教会内の格差や意見の違いなどを解決するためにパウロが書いた手紙です。引用したⅠコリント書3章4−9節からもコリント教会内部に分派争いがあったことが分かります。この部分のギリシャ語は言葉足らずであり、翻訳するうえでは少々厄介ですが、パウロが言わんとする意味は明瞭です。自分たちは神の同労者であり、その働きには神によって与えられた違いもありはするが、神のもとでひとつの目標に向かっているのだから、アポロ派やパウロ派などの取るに足りないことに拘ることを止めて、神に属する者として、目標に向かって歩もうとの呼びかけです。

 キリスト教の小部屋でこのような建徳的な聖書テクストが取り上げられるのは稀ですが、この背後には分断され続けている世界に対する担当者の逼迫した危機感があり、それは取りも直さず、分断によって命が奪われ続けている世界の惨状に対する深い悲しみと怒りに溢れた思いでもあります。このような分断の潮流は、世界の各地で続く戦争の現実によって最も鮮明に映し出されていますが、日本やアメリカの選挙結果からもひしひしと伝わってきます。そして、時代を先取りするかのように、分断の潮流は日本基督教団の歴史に絶え間なく押し寄せてきました。

 2024年10月29〜31日に第43回日本基督教団総会が開催されました。総会は二年に一度開催される教団の最高の意思決定機関ですが、近しい人から聞いたところでは、スタンスの違いを超えることのできない平行線を辿る議論が続き、何の前進もない徒労感の漂う日々であったとのことです。もちろん、これはその人の個人的な感想であり、むろんその場にいた人たちは真剣に議論をし、自らの思いの丈を表白したのだとは思います。しかし、その人が言うには、このような教団内部のスタンスの違いは、端から眺めると、同じにしか見えないのではないかというのです。それをわたしなりに理解すれば、現在の日本の政党政治において、大局的には保守とリベラルの二項対立図式などはもはやなく、同工異曲を奏でているようにしか感じられないのと同じように、教団内部の議論も異曲同工にしか聴こえなくなってしまっているということです。

 おそらく、このような教団の状況は、日本の政党間の議論がそうであるように、同一の目的や目標が存在せず、それゆえに共通言語を持つことが叶わず、意を尽くして話し合うという厄介なことを避け、異なる意見を封殺するという安易な方法を取ってしまっていることに起因し、その弊害が狭い組織内部のヘゲモニー争いとして立ち現れているのです。しかし、教団内部での立場の違いなど、端から眺めると、存在しないに等しいものでしかないのです。それはパウロがアポロ派もパウロ派もなく、全て神に属していると宣言する内容に通じるものでもあります。そして、このような見立ては、キリスト教主義大学に奉職する教団の教務教師でもあるわたしにとっても、学内の大部分を占める非キリスト教徒の教職員からすれば、学内のキリスト教徒がいずれも同じに見えているであろうことを実感していることからしても、頷かざるを得ない現実でもあります。

 Iコリント書を著したときのパウロは、世の終わりが近いという終末思想に取り憑かれていたということもあり、内部で争っている場合ではないと怒り心頭になり、却って教会内部の争いに火に油を注いでいるようにも見えなくもありませんが、大切なのはアポロでもパウロでもなく、神なのだというパウロの言葉は、人間を絶対視しない――ある種イエスとも通底する――重要な視点を提供してくれます。この時点のコリント教会は発足して間もない小さな集まりに過ぎませんでしたが、その小さな集団でさえも、分派争いが絶えることがなかったことが分かります。発足から80有余年の日本基督教団は吹けば飛ぶような小さな組織かもしれませんが、コリント教会に比すれば遥かに大きな組織だと言えます。その教団に分派争いやヘゲモニー争いがあっても別に不思議なことではありません。しかし、このような現実を直視するとき、怒ったり泣いたりしながら、コリント教会の分派争いに倦むことなく関わり続けたパウロの姿は、今の教団が真剣に向き合うに値する生き方を示していると言えます。

 戦争に満ちた現代世界において、第三次世界大戦の危機さえも叫ばれる状況はまさに終末の様相を呈しているかのようです。このような時代状況において、教団はパウロからアポロ派もパウロ派もないと怒り心頭に説教されているようにさえ思えるのです。端から眺めたら同じにしか見えないにもかかわらず、わたしたちはいったい何に拘り、何のために拘っているのでしょうか。戦争によって命を奪われている現実の直中において、キリスト教の求める「平和」は「社会の平和」か「キリストの平和」かという――端から眺めれば、同じにしか見えない――二項対立図式のアポリアから抜け出すためにも、現在の教団が実践する平和の活動に全力を注ぎつつ、そのうえで聖書主義に立つプロテスタント教会として、分派争いを戒めるパウロの言葉に傾聴し、その働きの違いを神から与えられた違いとしてパウロが是認しているように、わたしたちもまた立場や意見の違いを相互に受け入れ、意を尽くして聞き合い、意を尽くして話し合うことで、これまでの分断という名の二項対立図式を脱構築する新たな未来を求めていくことが必要ではないでしょうか。(小林昭博/酪農学園大学教授・宗教主任、デザイン宗利淳一

2024年10月31日
すぐに、一行は会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブとヨハネも一緒であった。シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことをイエスに話した。イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした。夕方になって日が沈むと、人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た。町中の人が、戸口に集まった。イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また、多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである。
朝早くまだ暗いうちに、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた。 シモンとその仲間はイエスの後を追い、 見つけると、「みんなが捜しています」と言った。イエスは言われた。「近くのほかの町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである。」 そして、ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出された。
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