人生で初めて聖書に触れたのは、成美学園(現在の横浜英和学院)への中学入学の時。何もかもが初めてで戸惑っている時に、そばにいた子に教わって聖書や讃美歌を開いたことを新鮮におぼえている。それから学校での毎朝の礼拝と、聖書科の授業で御言葉に親しみ、友だちに誘われて横浜ナザレン教会に通うようになった。
父親は第二次世界大戦で戦死。物心つく前には出征していたので、顔も写真でしか覚えがなく、「お父さん」と呼んだ記憶もない。高校3年の時、父親代わりに頼りにしていた祖父も失い、人の死というものを強烈に意識した。自分の頼りになるものは何かと探し求める中、日頃の礼拝の言葉が結びつき、受洗への道が開かれた。
それゆえに、神を「父なる神様」と呼べることは、自分の中で言いつくせない深いものがある。そして、主イエスが語りかける「汝の罪は赦された」との誰にも言えない言葉が、自分の中でも響くものとなった。
大学を卒業して、母校の英語科教師として2年働き、結婚。その後、アメリカやカナダ、国内でも北海道や静岡県の清水や御殿場に移り住み、今は再び横浜へと、移動の多い歩みであった。カナダではフランス語圏に住んだため、言葉の違いの不安があったが、英語で礼拝をする教会に出会い、親しい交わりが与えられた。
二度住むことになった清水での思い出は深い。息子が交通事故で生死をさまよい、医者も「ここからは、神の領域」と告げた時にも、牧師がすぐにかけつけ祈り、神が助けてくださるとの信仰が支えてくれた。その息子も今では4人の子どもの父親となっている。
行く先々で教会の人々と知り合い、一つひとつ神様に助けられてここまで来ることができた。そして、今日も「父なる神様」と祈り、「汝の罪は赦された」との語り掛けられる礼拝へ向かう日々を送っている。
横浜市港南区生まれ。港南希望教会員。
23:1 そこで、全会衆が立ち上がり、イエスをピラトのもとに連れて行った。
23:2 そして、イエスをこう訴え始めた。「この男はわが民族を惑わし、皇帝に税を納めるのを禁じ、また、自分が王たるメシアだと言っていることが分かりました。」
23:3 そこで、ピラトがイエスに、「お前がユダヤ人の王なのか」と尋問すると、イエスは、「それは、あなたが言っていることです」とお答えになった。
23:4 ピラトは祭司長たちと群衆に、「わたしはこの男に何の罪も見いだせない」と言った。
23:5 しかし彼らは、「この男は、ガリラヤから始めてこの都に至るまで、ユダヤ全土で教えながら、民衆を扇動しているのです」と言い張った。
23:6 これを聞いたピラトは、この人はガリラヤ人かと尋ね、
23:7 ヘロデの支配下にあることを知ると、イエスをヘロデのもとに送った。ヘロデも当時、エルサレムに滞在していたのである。
23:8 彼はイエスを見ると、非常に喜んだ。というのは、イエスのうわさを聞いて、ずっと以前から会いたいと思っていたし、イエスが何かしるしを行うのを見たいと望んでいたからである。
23:9 それで、いろいろと尋問したが、イエスは何もお答えにならなかった。
23:10 祭司長たちと律法学者たちはそこにいて、イエスを激しく訴えた。
23:11 ヘロデも自分の兵士たちと一緒にイエスをあざけり、侮辱したあげく、派手な衣を着せてピラトに送り返した。
23:12 この日、ヘロデとピラトは仲がよくなった。それまでは互いに敵対していたのである。
8月30日~9月2日にベルリン宣教会がその創立190年記念祝賀会とパートナー教会との協議会をベルリンの本部で行ない、私は教団を代表して出席した。ベルリン宣教会は、ベルリンブランデンブルグシレジアオーバーラウジッツの地域的福音主義教会(EKBOと略す)及びアンハルト福音主義教会の海外宣教団体である。
EKBOは、東西ドイツ統一以前から教団の婦人会連合との交わりがあった。青年の交流も2002年から行われてきた。また、ベルリン日本語教会(秋葉睦子牧師)を交わりに入れてくださっている。
昨年EKBOの代表団が教団と福島県の被災地を訪れてくださり、石橋秀雄議長がEKBOを訪れて、両者の関係が深まった。そして、今回私のこの協議会への参加となったのである。
祝賀パーティーでは、海外の代表者たちからの挨拶があった。興味深かったことは、各教会の挨拶は、その国の石を持参してその石について語ることを求められたことであった。挨拶の連続は聞き手を退屈させる。それを防ぐためであることがわかる。私は、富士山山麓の溶岩石の一かけらを持って行き、これは、日本をいろんな意味で象徴する富士山を表していると話した。そして、富士山はゆっくりと崩壊していること、また突然の噴火爆発によって大災害をもたらす可能性を秘めていることも。
9月1日は「世界の和解」をテーマに協議会と記念礼拝が行われた。この日が、75年前にドイツがポーランドに侵攻して、第二次世界大戦開始となった記憶すべき日だからである。
(教団総会副議長 伊藤瑞男)
22:63 さて、見張りをしていた者たちは、イエスを侮辱したり殴ったりした。 22:64 そして目隠しをして、「お前を殴ったのはだれか。言い当ててみろ」と尋ねた。 22:65 そのほか、さまざまなことを言ってイエスをののしった。 22:66 夜が明けると、民の長老会、祭司長たちや律法学者たちが集まった。そして、イエスを最高法院に連れ出して、 22:67 「お前がメシアなら、そうだと言うがよい」と言った。イエスは言われた。「わたしが言っても、あなたたちは決して信じないだろう。 22:68 わたしが尋ねても、決して答えないだろう。 22:69 しかし、今から後、人の子は全能の神の右に座る。」 22:70 そこで皆の者が、「では、お前は神の子か」と言うと、イエスは言われた。「わたしがそうだとは、あなたたちが言っている。」 22:71 人々は、「これでもまだ証言が必要だろうか。我々は本人の口から聞いたのだ」と言った。
22:47 イエスがまだ話しておられると、群衆が現れ、十二人の一人でユダという者が先頭に立って、イエスに接吻をしようと近づいた。
22:48 イエスは、「ユダ、あなたは接吻で人の子を裏切るのか」と言われた。
22:49 イエスの周りにいた人々は事の成り行きを見て取り、「主よ、剣で切りつけましょうか」と言った。
22:50 そのうちのある者が大祭司の手下に打ちかかって、その右の耳を切り落とした。
22:51 そこでイエスは、「やめなさい。もうそれでよい」と言い、その耳に触れていやされた。
22:52 それからイエスは、押し寄せて来た祭司長、神殿守衛長、長老たちに言われた。「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってやって来たのか。
22:53 わたしは毎日、神殿の境内で一緒にいたのに、あなたたちはわたしに手を下さなかった。だが、今はあなたたちの時で、闇が力を振るっている。」
22:54 人々はイエスを捕らえ、引いて行き、大祭司の家に連れて入った。ペトロは遠く離れて従った。
22:55 人々が屋敷の中庭の中央に火をたいて、一緒に座っていたので、ペトロも中に混じって腰を下ろした。
22:56 するとある女中が、ペトロがたき火に照らされて座っているのを目にして、じっと見つめ、「この人も一緒にいました」と言った。
22:57 しかし、ペトロはそれを打ち消して、「わたしはあの人を知らない」と言った。
22:58 少したってから、ほかの人がペトロを見て、「お前もあの連中の仲間だ」と言うと、ペトロは、「いや、そうではない」と言った。
22:59 一時間ほどたつと、また別の人が、「確かにこの人も一緒だった。ガリラヤの者だから」と言い張った。
22:60 だが、ペトロは、「あなたの言うことは分からない」と言った。まだこう言い終わらないうちに、突然鶏が鳴いた。
22:61 主は振り向いてペトロを見つめられた。ペトロは、「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われた主の言葉を思い出した。
22:62 そして外に出て、激しく泣いた。
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