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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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ルカによる福音書16・19~31

2025年2月27日

「ある金持ちがいた。いつも紫の衣や柔らかい麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。この金持ちの門前に、ラザロというできものだらけの貧しい人が横たわり、その食卓から落ちる物で腹を満たしたいものだと思っていた。犬もやって来ては、そのできものをなめた。やがて、この貧しい人は死んで、天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。そして、金持ちは陰府でさいなまれながら目を上げると、宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた。そこで、大声で言った。『父アブラハムよ、わたしを憐れんでください。ラザロをよこして、指先を水に浸し、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの炎の中でもだえ苦しんでいます。』しかし、アブラハムは言った。『子よ、思い出してみるがよい。お前は生きている間に良いものをもらっていたが、ラザロは反対に悪いものをもらっていた。今は、ここで彼は慰められ、お前はもだえ苦しむのだ。そればかりか、わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって、ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこからわたしたちの方に越えて来ることもできない。』金持ちは言った。『父よ、ではお願いです。わたしの父親の家にラザロを遣わしてください。わたしには兄弟が五人います。あの者たちまで、こんな苦しい場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。』しかし、アブラハムは言った。『お前の兄弟たちにはモーセと預言者がいる。彼らに耳を傾けるがよい。』金持ちは言った。『いいえ、父アブラハムよ、もし、死んだ者の中からだれかが兄弟のところに行ってやれば、悔い改めるでしょう。』アブラハムは言った。『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』」

2025年2月26日

日時/2025年5月10日(土)
   13:30〜15:00
場所/日本キリスト教団 霊南坂教会
開場/13:00〜
参加費/無料 ※事前の申込が必要です。
締切/2025年4月30日(水)
※定員(100名)になりしだい締切
お申込みはAVACOのホームページ(こちら)掲載のPeatixまたはGoogleフォームからお申込ください。
受付後の折返し連絡はおこないません。そのまま会場までお越しください。
定員に達した場合のみお知らせいたします。

演者/木村誠甫
主催/「子どもと聖書とエキュメニカル運動」検証プロジェクト(NCC信仰と職制委員会・NCC神学宣教委員会・一般財団法人 日本聖書協会・NCC教育部・日本盲人キリスト教伝道協議会)
共催/一般財団法人 日本聖書協会150年記念企画

●東京メトロ南北線 六本木1丁目駅下車 徒歩5分
●東京メトロ銀座線 溜池山王駅下車 徒歩6分
●東京メトロ日比谷線 神谷町駅下車 徒歩8分
●都営バス 都01(渋谷駅~新橋駅)
 赤坂アークヒルズ前下車徒歩5分
※車でのご来会はご遠慮ください。

木村誠甫/プロフィール
元キリスト教視聴覚センター総主事。元草苑保育専門学校講師。
上田次郎(元日本人形劇人協会理事長)氏に師事し、「絵ばなし」の演じ方をはじめ視聴覚教材について学ぶ。
高校生の時に受洗。牧師のすすめで「キリスト教視聴覚教育講習会」に参加。「絵ばなし」「フランネンルグラフ」を学ぶ。また、映写技師免許を取得。教会学校CSを36年間努める。
大学卒業後、キリスト教視聴覚センターに入職。制作部に配属。
1991年から草苑保育専門学校の依頼で視聴覚教育の講師に就任。
2000年にキリスト教視聴覚センター総主事就任。
2002年同総主事を退任。
以降、幼稚園、保育園を中心に「絵ばなし」をはじめの視聴覚教材の上演活動をおこなう。現在に至る。

 「絵ばなし」「フランネルグラフ」などのアナログと言われる教材は、決して時代遅れの教材ではありません。むしろ、感性を磨く優れた教材です。
 演じ手に生命を吹き込まれた登場人物たちは、聞き手の頭の中で自由に動きだします。楽しませてくれたり、励ましてくれたり、時にはハラハラ、ドキドキ、胸がいっぱいになったりします。それは豊かな心の持ち主が知る喜びです。(木村誠甫)


「子どもと聖書とエキュメニカル運動」検証プロジェクト
 キリスト教視聴覚センター(AVACO)が創設時から理念として取り組んできたキリスト教幼児教育の活動について、歴史的役割と意味を評価し検証するプロジェクトです。2024年7月の教材貸出業務終了を機に計画が始まりました。
 かつて、多くの幼児教育者が手法を学び、子どもたちを魅了した視聴覚教材。時代の変化とともに需要が薄れいく中にあっても、演者の手にかかれば無限の煌めきを放つことを実感します。
 キリスト教幼児教育への貢献を目標としたAVACOの功績を探るため、視聴覚教材を観て育ったメンバーが集まって発足しました。今後もイベント、公開講座をおこなっていく予定です。


今後の予定
公開講座①/参加費 無料
日程/2025年5月17日(土)14:00〜15:30
場所/AVACOビル2F/チャペル
タイトル/「視聴覚教材制作・提供者の立場から」
講師/木村誠甫(元キリスト教視聴覚センター総主事)


AVACOホームページ

リーフレット(PDF)

イエスは、弟子たちにも次のように言われた。「ある金持ちに一人の管理人がいた。この男が主人の財産を無駄遣いしていると、告げ口をする者があった。そこで、主人は彼を呼びつけて言った。『お前について聞いていることがあるが、どうなのか。会計の報告を出しなさい。もう管理を任せておくわけにはいかない。』管理人は考えた。『どうしようか。主人はわたしから管理の仕事を取り上げようとしている。土を掘る力もないし、物乞いをするのも恥ずかしい。そうだ。こうしよう。管理の仕事をやめさせられても、自分を家に迎えてくれるような者たちを作ればいいのだ。』そこで、管理人は主人に借りのある者を一人一人呼んで、まず最初の人に、『わたしの主人にいくら借りがあるのか』と言った。『油百バトス』と言うと、管理人は言った。『これがあなたの証文だ。急いで、腰を掛けて、五十バトスと書き直しなさい。』また別の人には、『あなたは、いくら借りがあるのか』と言った。『小麦百コロス』と言うと、管理人は言った。『これがあなたの証文だ。八十コロスと書き直しなさい。』主人は、この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめた。この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている。そこで、わたしは言っておくが、不正にまみれた富で友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる。ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である。ごく小さな事に不忠実な者は、大きな事にも不忠実である。だから、不正にまみれた富について忠実でなければ、だれがあなたがたに本当に価値あるものを任せるだろうか。また、他人のものについて忠実でなければ、だれがあなたがたのものを与えてくれるだろうか。どんな召し使いも二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」
金に執着するファリサイ派の人々が、この一部始終を聞いて、イエスをあざ笑った。そこで、イエスは言われた。「あなたたちは人に自分の正しさを見せびらかすが、神はあなたたちの心をご存じである。人に尊ばれるものは、神には忌み嫌われるものだ。律法と預言者は、ヨハネの時までである。それ以来、神の国の福音が告げ知らされ、だれもが力ずくでそこに入ろうとしている。しかし、律法の文字の一画がなくなるよりは、天地の消えうせる方が易しい。妻を離縁して他の女を妻にする者はだれでも、姦通の罪を犯すことになる。離縁された女を妻にする者も姦通の罪を犯すことになる。」
2025年2月25日
また、イエスは言われた。「ある人に息子が二人いた。弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄遣いしてしまった。何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。そこで、彼は我に返って言った。『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』 そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。
ところで、兄の方は畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。そこで、僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。僕は言った。『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。しかし、兄は父親に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』すると、父親は言った。『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」
2025年2月24日
徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、「この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている」と不平を言いだした。そこで、イエスは次のたとえを話された。「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある。」
「あるいは、ドラクメ銀貨を十枚持っている女がいて、その一枚を無くしたとすれば、ともし火をつけ、家を掃き、見つけるまで念を入れて捜さないだろうか。そして、見つけたら、友達や近所の女たちを呼び集めて、『無くした銀貨を見つけましたから、一緒に喜んでください』と言うであろう。言っておくが、このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある。」
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