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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan

【4572号】神は私たちの中に生きて働かれる 新潟県中越地震被災地から

2005年2月19日

復興の歩みはこれからが本番

ひとり祈りを捧げる

ホームセンターの駐車場で、仮設住宅に入られた近所の方にばったり出会った。「住めるところがあるだけでもありがたいと思わなければ」そう話される一方で、なかなか落ち着かない仮設暮らしのご苦労や、待ち受ける生活再建の厳しさが話のあちこちにこぼれ、程度の差はあるものの被災によって負った一人一人の重荷がいかに重く、そのことを踏まえた上で共になす復興の歩みはこれからが本番なのだという思いを新たにした。
昨年一〇月二三日、新潟県中越大震災発生。最大震度7、十日町市の最大震度6強。中越全域での震度4以上の余震一〇〇回以上。
地震発生当日、出張先の新潟市から帰宅できず小千谷市で車中泊をし、翌二四日朝現地で借りた自転車で帰宅した。保育園を併設している教会建物は、ほぼ無傷で建っていた。創立記念礼拝と共同墓碑完成式で賑やかになるはずだった礼拝堂で、ひとり祈りを捧げる、「必要な知恵と力をください」。
牧師館は、土台の割れ、柱の折れなどがあり、古い土壁はほぼ全部が落下もしくは落下寸前、柱は傾き梁は落ち、建具はひしゃげ、天井や床も波打っている。後に牧師館を視察された多くの方が同じことをおっしゃる、「乗り物酔いしたようで気分が悪くなりますね」
教会前の十日町高校グランドは避難してきた人々でごった返し、給水車に列をなしている。暗く不安な夜が明け、知った顔の無事を確認しあえる安堵からだろうか、人々は意外と明るく、ただやたらと口数が多かった。自らの体験を誰かに話したいのだ。

教会さんのボランティア

明けて二五日早朝、早速群馬地区の教職四名が支援に駆けつけてくださった。続いて関東教区、そして新潟地区からも問安に来てくださった。また、ボランティアとして茨城から、救援物資を満載したワゴン車を駆って群馬からも友人らが到着した。離ればなれになっていた家族とも再会できた。感謝、うれしさ、心強さに、身震いが止まらない。そして、礼拝堂を自主避難所として開放すると共に、急速に広がっていく支援の輪とその力強さに押し出されるようにして、新潟地区十日町教会ボランティアセンターを開設した。
間もなくセンターは関東教区の全面的な支援を受け、豊かに、そして大胆に活動を展開していった。教会センターの活動を支えてくれるスタッフも与えられ、北海道から沖縄まで、全国各地から駆けつけてくださったボランティアの方々が、近隣に物資を配ったり、十日町市災害ボランティアセンターや川口町ボランティアセンターを通して活動された。遠慮や警戒心から一般ボランティアを頼めないでいた人たちが、「教会さんのボランティアなら」と直接申し込んでこられたケースも少なくなかった。歩いていると近所の方に呼び止められ、「先生、町内の人たちがそ、教会さんがよくやってくれてるって言ってらんそ」と声を掛けてくださる。ボランティアひとりひとりの活躍がいかに素晴らしかったかを物語っている。
一日の終わりには、普段はスーツ姿しか拝見したことのない先輩牧師の方々が、泥まみれになって「今日はこういう活動をしてきましたよ」とお話ししてくださる。顔には無精ヒゲ。その笑顔はたまらなく素敵だった。

神は私たちの中に生きて

教会員はほぼ全員が被災し、中でも教会に一番近いご夫妻の家が大規模半壊と判定された。遠くに住む家族の説得もあって一度は移住を決断されたが、やっぱりこの町がいいと帰ってこられた。他にも移住を考えた方が数名おられたが、皆帰ってきたり思いとどまったりした。
公式判定では一部損壊という判定にしかならなかったが、土壁の家は壁を全部作り直さねばならなくなった。タイル貼りの風呂場や台所はほぼ全滅した。また、庭の石垣が崩れたというケースや、貸し家が全壊したというケースも。言うまでもないが、家財のダメージは全ての教会員宅で例外はない。
それでも、全員無事であったことは、幸いと言わずにおれない。むろん、ショックや避難生活で体調を崩された方は少なからずおられた。でも、今は元気と明るさを取り戻しつつある。
旧約聖書ヨブ記の物語を思い起こす。ヨブを突然襲いはじめた災いの数々。全ての財産、愛する家族、ついには自身の健康までも奪われていく中で、彼は自分が信じてきた事柄と現実との間で大いに悩み苦しんだ。すべての思いを吐き出した後、最終的にヨブは現実を受け入れる。いや、受け入れざるを得なかった。なぜなら、今この身に起きている出来事は、まぎれもない事実であり、否定しようにも逃れることのできない現実だったから。
でも、その時彼は神の声を聞く。受容せざるをえない人生を歩んでいるということを思い知らされつつも、神は決して自分を放ってはおかれなかったということ、常に自分を見つめつつ、自分の全てをご存じでいてくださり、その訴えさえも聞いていてくださったということに気づかされた時、彼は喜びにあふれた。
震災は、ヨブがそうであったように「なぜ」と問わずにいられない出来事ではあった。しかし、多くの方のお祈り、そして具体的な支援の業を通して、神は人を通して私たちに関わってくださり、人を通して愛を示してくださり、人を通して支え、慰め、励まし、いやしてくださる方だということを悟らされた。偶然、不思議、あるいは奇跡的、そんな言い表し方をしたくなるような出来事もたくさんあったが、思い返せばそれは隣人を通して私たちに働きかけてくださる神の御力に他ならない。まさに、神は私たちの中に生きて働かれておられるのだ。
被災地は有名な豪雪地。この冬は、傷んだ家屋をいたわるかのように、早め早めの雪掘り(屋根の雪下ろし)が行われている。しかし、雪の重みに耐えきれず倒壊する家屋や、放置されて埋もれていく家屋もある。除雪事故や落雪の犠牲になった方もおられる。雪は容赦なく被災者の心身を痛めつける。でも、私たちは光を失わない。
善きサマリア人にその名が由来するという災害救援団体埼玉サマリタンは「自分たちを“善い”と思ったのではなく、向こう側を通り過ぎない者でありたいと願った」と証しされた。このような隣人を通し、神は私たちを支えてくださる。いかなる困難の中にあっても、神から離れなかった者は、希望の中に神の恵みを見いだしたことを聖書は証ししている。
(新井 純 報 十日町教会牧師)

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