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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan

【4770号】東京教区千葉支区 北総伝道所 開拓伝道モデルとして証しするために 

2013年4月6日

開拓伝道のための祈り
北総線沿線の千葉ニュータウンは、ある信頼できるアンケートによると「日本一住みやすい場所」といわれている場所です。白井市と船橋市の一部、印西市には約13万人の人々が住み、大型店舗が進出し、駅の周辺は高層マンションやビルが立ちならぶ、今なお開発途上の街です。今後10年間は、人口増が見込まれています。
この地域に、日本基督教団の教会がなかったことから、鎌ヶ谷教会を開拓された今井万里牧師の祈りが起こされました。今井牧師は引退後、白井地区に住んで自宅を開放して伝道の展開を願いましたが、当時の公団が高齢者の独り暮らしということで売ってくれず断念されました。今井牧師は松山で天に召されるまで、白井伝道について祈り続けられたと伝え聞いています。
北総伝道の開始
鎌ヶ谷教会では白井伝道は一旦休止、白井献金も凍結されていましたが、内田汎牧師が就任された後、創立30周年記念事業として北総線沿線の開拓伝道を改めて取り上げられました。その際に、鎌ヶ谷教会単独の開拓伝道でなく、親教会群による開拓伝道を千葉支区に訴えられました。
鎌ヶ谷教会を中心に千葉支区伝道部も親教会群参加の呼びかけを行われ、千葉本町教会、西千葉教会、土気あすみが丘教会、東金教会、成田教会、ユーカリが丘教会、八街伝道所、市川三本松教会、冨貴島教会、船橋教会、薬円台教会、新津田沼教会、松戸教会、新松戸幸谷教会、柏教会、八千代台教会、鎌ヶ谷教会、浦安教会、千葉支区をこえて高輪教会、名古屋教会、仙川教会と21の教会・伝道所が参加・賛意を表明されました。
2004年2月14日より、毎月、千葉北総伝道所開設準備委員会を行い、牧師の招聘、礼拝所と牧師館、備品などを検討して備え、協力献金による支援体制を整えてくださいました。
2005 年4月3日公同礼拝を開始。5月11 日教団同意によって開拓伝道所として認可されました。7月伝道所開設式を行い169名の出席がありました。
この後、開設準備委員会は、千葉北総伝道所協力委員会と改め、1年に1度、開催され、千葉北総伝道所からの報告と次年度の展望を祈りをもって共有してくださいました。
2008年現在の場所の土地を購入。492 坪、4910万円でした。その後、土地の上に立っていた古屋をリフォームしましたが使えない物件であると後から判明し、300万円の損失を出してしまうという失態をあらわしました。伝道所存亡の危機でしたが、主のあわれみと忍耐によって会堂建築の志が与えられ、再出発いたしました。
第2・第3の開拓伝道を
2010年に会堂建築が実現しました。その後隣家の申し出により土地等価交換が成立して、敷地は570坪になりました。敷地と建物は見晴しの効く立地条件で、建築後、多くの人が訪れるようになりました。現在の礼拝出席は平均40名。2005年4月、鎌ヶ谷教会から転入した13名と四国から来た牧師夫人とで14名の会員の出発でしたが、2013年1月現在で、51名の現住陪餐会員となりました。
開設準備金として集められた898万9432円を含めて2013年1月現在、5686万円の協力献金で支えられました。会堂建築献金をあわせますと6千万円を越える支援でした。大きな力に支えられました。2013年度、自立した教会の財政予算は1千万円をこえるまで成長させていただきました。
千葉北総伝道所は、現在の場所に至るまで5回の移転をしました。約8年間で多くの困難にあいつつも、成長をゆるされて、念願の自立へと導かれました。その間、親教会群の教会と関係者は、苦難と喜びを共有してくださいました。お礼の言葉も見つかりません。伝道協力のむずかしさとともに伝道の喜びをも共有することがゆるされました。
2013年1月26日感謝をもって、千葉北総伝道所協力委員会は解散の運びとなりました。いっさいは、主から出たことであります。主の御名はほむべきかな。
千葉北総伝道所はこのたび第二種教会申請にあたりまして、教会規則とともにミッションステートメントをあらわしました。千葉北総の教会としての宣教方針を明確にするためです。
伝道する教会としてますます成長し、日本の開拓伝道のモデルとして証しを続けて、自らも第2、第3の開拓伝道を推進していく祈りを与えられています。
(大串眞報/千葉北総伝道所牧師)

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