【4743号】主の召しに応えて 伝道のともしび

最善の牧会は説教である
大月新生教会牧師 舩戸 良隆

主のくすしき御導きにより2008年7月より山梨県の大月新生教会を担任することとなりました。
この教会は83年の歴史のある教会ですが、当時、礼拝出席者は90歳、80歳の男性2人でした。神学生時代、壁に向かって説教する(会衆が一人もいない)ということを聞きましたが、まさにそれを地で行く有様でした。
このような状況の中にあって、どのように伝道してゆくか、40年前、神学校の恩師に教えて頂いた「御言葉(説教)に命をかける」それによって会衆も説教者自身も養われる、このこと以外にはありませんでした。
わたしは3人の恩師から、説教について次のような教えを受けました。
①桑田秀延学長
「君たちは、やがて教会に遣わされ説教をするようになる。その準備をする時に、自分自身、御言葉に打たれ、『わたしたちの心は燃えていたではないか。』(ルカ24・32)という経験をせずして、どうして会衆に御言葉を伝えることが出来ようか」。
この言葉は、現在でも説教を準備する時、いつもわたしの胸に迫ってくる言葉です。
②北森嘉蔵先生
「聖書のテキストに密着せよ。その箇所のメッセージが何であるか、その箇所でしか聞けない福音のメッセージは何か。多くのことを言う必要はない。単純、明快にはっきりと、メッセージそのものに的を絞って伝えよ」。
この言葉は、北森先生の直接のお言葉ではなく、わたしが神学生時代、出席教会で先生から学んだことです。
③熊野義孝先生
「最善の牧会は、説教である」。
この言葉は、熊野先生の弟子、畏友椿憲一郎牧師から聞いた言葉です。説教の足りない分を会員への甘い言葉で補おうなどとは、もってのほかと身にしみています。
現在、教勢が振るわないと言われています。その原因はいろいろと分析されていますが、わたしは、そのもっとも大きな原因は、「説教」の貧困にあると言わざるを得ません。
真に「人を生かし、伝道(行動)へと駆り立てる」のは、「説教」(講演ではなく)御言葉をおいて他にない、これが、わたしの確信です。
御言葉に生かされずして「歴史を担ってゆく」若者は、教会から生まれて来るはずはないし、責任を持って社会のリーダーとなろうとしている若者が、教会の門を叩くはずがないのです。

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