42年前に奥羽教区の教会に赴任した時、ある先輩牧師が若い牧師たちに、「捨て石になれ」と語られた。牧師は遣わされた地と人を愛し、その地の伝道のために捨て石になるように。決して「風来坊」であってはならないと。
牧師は、自分の働きの成果を求めるのではなく、また、自分の伝道のビジョンを実現しようとするのではなく、遣わされた教会に集う一人ひとりの信仰と祈りを受けとめ、共に神の伝道のビジョンの実現のために励むようにということである。
その言葉を胸に今も、教会における働きはもちろんのこと、地区や教区、そして教団における働きにおいても、自分が担った働きの成果を求めるのではなく、次の世代の働きの土台を堅固なものにする捨て石になることを第一のこととしている。
ペトロは聖霊に満たされて、次のように語った。「この方(イエス・キリスト)こそ、『あなたがた家を建てる者に捨てられたが、隅の親石となった石』です」(使徒4・11)。十字架で死なれ、死から復活されたイエス・キリストを証しする捨て石にならせてくださいとの祈りをもって、遣わされた地にへばりつくようにして伝道に励んでいる。
「捨て石になれ!」と言われた牧師は、シベリア抑留を経験した後、初任地であった青森の地で再び伝道に励み、伝道者としての生涯を全うした。
(教団総会議長 雲然俊美)






