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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan

【5046号】宣教師会議(2面)

2026年5月23日

宣教師会議
▶ 2026年3月23〜25日 ◀︎

“On being connected” つながっていること
7年ぶりに開催、12か国の宣教師が参加

 宣教師会議が3月23〜25日、清泉寮(山梨県清里)を会場に開催された。前回は2019年であり、コロナ禍を経て7年ぶりの開催であった。

 参加者は宣教師と家族が30名、世界宣教委員会と宣教師人事・支援委員会より6名(一部は宣教師でもある)、教団三役と総幹事、そして職員2名であった。宣教師(と家族)の出身国はトーゴ、ガーナ、カメルーン、南アフリカ、スイス、フィリピン、香港、インドネシア、台湾、韓国、米国、および日本であり、派遣先は北海道から本州と九州を経て沖縄までの諸教会、ミッション系学校、キリスト教系団体である。

 プログラムの初日午後は開会礼拝と自己紹介、そして夕刻に親睦会を行った。体を動かしながら互いの名を呼び、知り合うことで、それぞれの場と働きを知った。二日目午前は、雲然俊美教団総会議長、廣石望世界宣教委員長、そして小海光宣教師人事・支援委員長が、現在の教団とエキュメニカルな諸関係について、また宣教師受入れについて概説し、新旧の宣教師たちに教団の基礎知識を更新してもらった。午後は、清泉寮周辺の「レンジャーおまかせガイドウォーク」を楽しみ、夕刻には、参加者から教団へのリクエストや意見を受ける時間をもった。そして三日目午前は閉会礼拝の中で聖餐を祝い、前・世界宣教担当幹事の加藤誠牧師を含む、逝去宣教師の方々のお名前を読み上げて記念した。

 企画委員会は、日英対訳のプログラム冊子を配布した。礼拝式文をはじめプログラム随所に工夫が施され、多くの参加者が説教や司会、奏楽、聖礼典やファシリテーションで役割を担った。

 二日目夕刻の会合では、当初の「リクエストや意見」に場合によっては個別に応答するという趣旨を少し変え、参加者に共通する課題を浮き彫りにすることを試みた。具体的には、①〈派遣元−教団と教区−派遣先〉の関係、②派遣先(教会、学校、団体その他)での活動、③家族・文化・共同体の特性、という三つのフィールドに参加者を分けた。

 重要な事項として、①のグループからは、教団と教区が派遣元や派遣先とのコミュニケーションを密にすることで、宣教師を適切に支援する態勢を構築してほしいという要請があった。②のグループはさらに三つに分かれ、ミナハサ教会(GMIM)系からは、子どもたちが日本社会で社会化するうちに、母語インドネシア語もキリスト教信仰も理解できなくなる現状が報告された。韓国系のグループは、日本の無牧教会に宣教師を派遣する可能性について問うた。またミッションスクール系のグループは、よりオープンなアプローチで学校と教会をつなぐ課題を述べた。そして③のアジア学院系グループからは、ローカル教会との関わり方について、また少子高齢化する教団の未来像について質問が出された。

 受入れ宣教師がエキュメニカルな協力関係の象徴であり、私たちを映し出す鏡でもあることを再確認する機会となった。(廣石 望報)


【参加者の声】

コフィ・アファッチャオ(アジア学院) 
トーゴ出身・合同メソジスト教会

 この会議に参加する機会をいただき、大変うれしく思います。

 開会礼拝は、私を含むアフリカチームが担当しました。お互いを知るために行ったゲームも、手工芸のワークショップも、とても楽しい時間でした。また、教団の構造などについて学ぶことができ、とても有益で新しい学びとなりました。ディスカッションの時間では、他の宣教師の方々が直面している課題や、それに対するさまざまな解決のアプローチを知ることができ、私にとって非常に重要で価値のあるものでした。

 閉会礼拝でのメッセージも励ましとなり、神様から与えられたこの国での使命をこれからも担い続けていこうという思いを新たにしました。

 宿泊施設は快適で、食事もとてもおいしく、食事の時間の会話も大変有意義でした。素晴らしい時間を過ごすことができました。


ジャネット・ネンシー・フェブリヨラ・サランカ(GMIM大洗ナザレ教会)
インドネシア・ミナハサ福音キリスト教会 

 宣教師会議に参加したことは、ミナハサ教会(GMIM)を代表する立場の私にとって非常に価値ある初めての経験でした。異なる背景や奉仕の文脈を持つ多くの国の宣教師たちと交わりを楽しむことができ、皆が同じ召命で結ばれていることを実感しました。交わり、礼拝、気軽な会話を通じて、互いに知り合うことができました。

 地域文化の中でインドネシア系日本人の会衆、特に日本で生まれ育った子どもたちを牧会する際に直面する課題、アイデンティティ、言語、信仰の意義などの葛藤は、多くの他の宣教師たちも経験していることを知りました。またグループ協議を通じて、派遣教会と受け入れ教会とのより密接なコミュニケーションの重要性、そして文脈に応じた宣教の必要性を認識しました。

 何よりも、私たちが一人で奉仕しているわけではないと感じられたことが嬉しかったです。教会のリーダーや他の宣教師たちと出会うことで視野が広がり、宣教に対する見方も豊かになりました。

 今後の会議では、若い世代に届く具体的なミニストリーの実践や戦略を共有する場が増え、私たちの宣教がより関連性と影響力のあるものになることを願っています。


トーマス・ゲッツ(北星学園)
アメリカ合衆国長老教会 

 2026年の教団宣教師会議は、再びつながることの喜びを深く感じる、励ましに満ちたひとときでした。数年ぶりの再会となり、世界各地から来た新しい仲間と出会うとともに、日本各地で長く宣教に携わってきた方々との友情を新たにすることができました。野原や森に囲まれた環境は、対話と内省を促し、宣教が単なる働きではなく、神の創造の中で共に生きる営みであることを思い起こさせてくれました。礼拝が中心にあり、共通の召しへと私たちを導きました。また、食事や散策、交わりといった何気ない時間が、真のつながりを育みました。「つながっていること」というテーマは、語られるだけでなく、実際に体験されました。

 この会議を通して、私たちは自分たちを超えた大きな共同体の一員であることを改めて実感しました。多様でありながら一つとされ、共に学び、仕え、信仰の歩みを続ける共同体です。


柳宗佑(糸満教会)
大韓イエス教長老教会 〈統合〉

 宣教師会議において、教団で仕えている世界の宣教師の先生方、教団の三役をはじめ多くの方々と交わりを持てたことに感謝いたします。日本の福音化という同じ使命を担う同労者との出会いは大きな慰めと励ましとなりました。この機会を通して、日本の教会が韓国に示してくださった愛に感謝します。その感謝を分かち合うために李樹廷のことを述べます。

 彼は1882年日本に渡り津田仙と出会い福音に触れます。1883年4月29日に東京築地の教会で安川亨牧師とジョージ・ノックス牧師により洗礼を受けました。韓国人が日本で正式に受洗した最初の事例です。李樹廷は暗闇にあった朝鮮への支援を求めて1883年12月にアメリカの教会へ手紙を書きました。この手紙が大きな反響を呼びアンダーウッドとアペンゼラー両宣教師の派遣を決定づける契機となりました。1885年初頭、二人は朝鮮へ向かう途中に横浜で、マルコ福音書を翻訳していた李樹廷と出会います。彼らは朝鮮語を学び、すでに翻訳されていたマルコ福音書を携えて1885年4月5日の復活祭に朝鮮の地を踏みました。2026年の復活祭はちょうど141周年です。翻訳された聖書を携えて宣教師が宣教地に入国した事例は極めて稀であり、日本の教会は韓国教会の形成に極めて重要な役割を担いました。

 日本の教会の愛を受けた韓国教会の一員として日本の教会の働きに深く感謝するとともに、これからも共に福音の使命を担っていきたいと願っています。

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