年末に帰省した次女との話を通して考えさせられたことがあった。次女は東京で働いていたが、コロナの頃、本当に自分がしたかった仕事をしたいと思い、求人があった三重県の財団に転職した。転職が決まった時、知人から「どうして知り合いが全くいない所に行こうと決断できたのか」と質問を受けたとのことであった。その時は答えが見つからなかったが、後で考えてこうではないかと思ったと言っていた。どこでも、そこには自分が育ったのと同じような教会があり、礼拝している人たちがいると思ったから、不安は全くなかったのではないか、と。
実際、次女が属する阿漕教会は、日曜日も仕事であることが少なくない次女のために夕礼拝を再開し、信仰生活を支えてくださっている。また、昨年11月には、結婚式をさせていただいたが、教会の皆さんが喜びつつ支えてくださっている姿を見て、感謝で心が一杯になった。
今回のことを通して、教会がその町に建って歩んでいることは、単に今の町の人たちのためだけではないのではないかと思わされた。これから先、この町に住むことになる今はまだこの町にいない人たちのためにも建っているのではないか。そう考えると、現状を超える希望があることを思う。そのことを強く思わされながら、新しい年の歩みを始めさせられている。
(教団総会書記 黒田若雄)






