「孫は子より可愛い」と聞いてはいたが、ほんとうだった。1歳になった孫の名前を呼んで、「おいで〜」と言うと、手を広げてニコニコやって来る。オキシトシンがドバドバ出るって、このことか。
イエスは幼子を弟子たちの真ん中に立たせて言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない」(新共同訳)。「心を入れ替えて」?いや、ちょっと違う。「悔い改めて子どもたちのようにならない限り…」(新改訳)も違うなあ。「向きを変えて子どもたちのように…」(新改訳2017)、これがいい。「心を入れ替えて」とか「悔い改めて」じゃない。この言葉は、単に「ふり向く」という言葉だ。「翻って」(岩波訳)もいい。
「○○○〜」と孫の名前を呼ぶ。振り返った瞬間のニコニコ顔、たまらん。神はいつも私たちの名を呼んでおられる。いつ気づくのかは分からないが、いつか気づいて、「ああ、私を呼んでいてくださったんですか」と、主の方を振り返ったとき、きっと神のオキシトシンはドバドバ、かもしれない。こっちに向かってくる息子の姿をはるか遠くに見つけたあの父親は、自分から走り寄って、見る影もなく汚く臭い息子の首を抱いた。神のオキシトシンが、いや愛があふれている。
(教団総会副議長 藤盛勇紀)






