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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan

【5036号】能登半島地震報告《ボランティアから》 (2面)

2025年8月23日

能登半島地震報告《ボランティアから》

祈りと共になされる小さな作業

 「能登半島の被災地復興は遅れている」、地震発生以来、しばしば耳にします。でも、現地で生活している私たちには、少し違和感のある言葉でもあります。山面が道路ごと崩落した場所では、地震前は砂浜であった場所に数キロにわたって仮設の道路が通されました。一方で地震が起きた2024年1月1日のまま、まるで時間が止まったように全く手がつけられていない場所、家屋が解体され、更地のまま草に覆われている場所が今も至るところに残されている。目に見える光景だけではありません。生活の基盤と生業そのものが失われ、心の置き所が大きく変わってしまった。能登半島に暮らし、里山での生活を大切に思い受け継いでこられた方々にとって、受け入れがたいコントラストが、日々、打ち寄せる波のように寂しさと不安をかき立てる。言葉にすることは難しい複雑な感情が今も被災地には残されています。

 1年半の時をさかのぼりますと、日本基督教団は、1月の5日には現地に使節を遣わしてくださいました。実際に被災地支援を経験された方が、個別に教会を訪問し、現地の状況とニーズを丁寧に確認し共に祈ってくださったのです。その際、牧師と共に私たちが2007年に起きた能登半島地震の後、全国の諸教会、兄妹姉妹方、教友、団体からご支援を受けたこと、いつか私たちが神様から与えられた、くすしき恵みに、信仰と感謝をもってお返しが出来るように、時間をかけて備え、祈ってきたことをお伝えしました。

 折しも3月には、有事の防災拠点になるように設計され、災害備蓄もあった富来(とぎ)伝道所(羽咋教会の礼拝所)の断水が解消し、北陸学院とその支援活動に合流する学生方の宿泊、休憩施設として用いられていたこともあり、4月からは、わたしがボランティア支援のための現地ガイド(コーディネーター)を引き受けることになりました。現地での準備、調整、安全確認を経て、8月以降、冬期をのぞく月2回の派遣(3泊4日)を基本に、日本基督教団派遣ボランティアが実施され、今日に至ります。

 毎回の参加者は少数で、一応の定員である8名をこえることはほとんどありません。何回かは、ひとりの参加者に現地ガイドが同行、また羽咋教会の教会員や石川地区の牧師、教会員が加わって行われることもありました。毎回3泊4日のプログラム中、前後2日は移動日に設定し、実質2日間がワークになります。

 2024年度は、主に建物が裂けるように全壊してしまった輪島教会でのワークと、避難、入院のために地震発生以来、ご自宅に戻ることが出来ないでいる教会員ご夫妻宅の清掃と片付けを行いました。毎週の礼拝に用いられていたオルガンや長椅子、什器を運び出し、瓦礫や建材が散乱した解体前の建物内を清掃し、礼拝堂を整えるお手伝いが出来たことは幸いでした。冬があけ、新しい年度を迎えてからは、主に奥能登の珠洲市で発震当初から継続的な支援活動を担ってきた〝ボラキャンすず〟に参加し、地震と豪雨の被害を受けた地域、住民の方々のお手伝いをしています。

 大がかりなことは出来ません。それでも、地震でご家族を失った方が家族で親しんでいたお庭を大切に整え、生まれ育ったご自宅から汚泥をかき出し、清掃する、小さなひとつひとつの作業が、困難の中にあってもなお、希望をもって歩んで頂きたいとの祈りと共に行われています。

 能登半島地震で被災した教会、また地域を覚えてのお祈りとご支援に深く感謝をいたします。主の御心がなされますように。主にありて。

(内城 愛報)

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