【4697・98号】献身のとき No.16

礼拝を正され 森 研四郎 (鎌倉教会牧師)

母は真直ぐな性格の持主で、たとえ自分にとって面倒なことでも違うことは違うときっぱり言える人であった。他者を思いやる心は人一倍強く、お国柄とは言え、”炊きたてのご飯はお遍路さんが来なすったらあげる”と残ったご飯がある時はそれを食べていたことが、今では懐かしい思い出である。

そんな母に手をひかれ教会に通った。幼稚園の頃、関西学院大学神学部から米国のギャラッツ神学校に留学した長兄に手紙を書いたこともあった。しかし、いつの間にか母は教会に行かなくなり、私が改めて教会の門をくぐるのは、高校に通う駅で特別伝道集会のチラシを受けとった時からである。説教者は金井由信牧師。洗礼志願の招きに何のためらいもなく応じて前に出たものの、いざ洗礼となるとかってが違った。

魂の救いに与り教会生活を送っていたが、ある時、献金がなかった。その時の礼拝は、恥ずかしさでいっぱいになった。祈りは神さまに聞いてもらえるという話をよく聞いていたので、一週間祈って土曜日を迎えた。しかし、奇跡は起こらなかった。翌週も同じであって、恥ずかしさは倍増した。その時、「自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。」(ローマ121)のみ言葉によって、これまでの礼拝を守る姿勢が正された。献金代わりにわが身を捧げようと決心。とは言え、これが直接献身に繋がるのではなく、教会に仕える信徒と思う程度であった。

数年後就職したが、それまでずっとしていた日曜学校中高科の教師を健康上の理由で辞めることになった。最後の説教を「山に登り、木を切り出して、神殿を建てよ。わたしはそれを喜び、栄光を受けると 主は言われる。」(ハガイ18)のみ言葉からおこなった。すると、初めての経験であったが、語ったみ言葉が私を捕えて離さない。心が騒ぎ、母教会の阿部琴牧師に率直に話したところ、”神さまのお召しではないですか”と言われた。祈りの中で、以前、自らを捧げたことを思い出し、東京神学大学を受験した。

教会にわたしを結びつけた母、父の反対を一身に受けながら、母は私の神学校在学中に受洗、その後、父が病の床に就くと母はその傍らで毎朝聖書を音読し、ついに父も受洗へと導かれた。後年、父は若き日に賀川豊彦と共にローガン宣教師のもとで聖書を学んでいたことが分かった。復活が信じられなくて宣教師のもとを去った父。自ら捨てた道に、頼みとしていた息子(長兄)が進み、牧師になってしまうのだから、父の落胆は激しく、母に当たっていたようだ。しかし、続いてわたしの弟、そして、わたしが次々と受洗し、父はほんとうにやり切れなかったであろう、と父のこころの内が妙にせつない。

神学校卒業から早や30年の月日が流れた。どんな時にも、み言葉によりたのみ、人を見るのではなく、神に目を注いで生き抜いた母の祈りが、また信仰の母のごとき阿部琴牧師の祈りが今も私を支えている。死の病あり、会堂建築あり、幼稚園舎改築あり、今も教会形成の課題は尽きないが、献身時に与えられたみ言葉は、どのようなときにも私の立ち返る場所である。30年を通して、そのみ言葉の真実を知らされる。神に聞き、従うことを学んだ日々とも言えよう。これからもこの学びは続くであろう。父と母とから受けた信仰を守り、ひたすら神のみに希望をよせて歩みたく思う。

 

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