【4696号】献身のとき No.15

 

神のみ業が現れるために 田中 文宏 (真駒内教会牧師)

 

ヨハネによる福音書9章には、生まれつき目の見えない人が主イエスによって癒された物語が記されています。特に、「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」(3節)という主のみ言葉は、私の伝道者としての召命を支え、牧師としての働きを導いてきたといっても過言ではありません。

私は、兵庫県の北部の湯村温泉という山間の町に、農家の5人兄弟の末っ子として生まれました。中学生の時に読んだ下村湖人の「論語物語」に感動し、キリスト教に出会うまでは孔子の教えを人生の指針として歩みました。私の家の近くには教会はなく、隣町に小さな教会がありましたが、牧師は公立中学の教師を兼務していました。

高校卒業後、盲学校の教師になることを志して東京教育大学に入りました。受験勉強からの解放感や下宿住まいの寂しさもあり、私は統一協会、アマチュア合唱団、障がい児のサークルなどで熱心に活動しました。しかし、大学の学びやサークル活動の中に将来への明るい希望や生きがいを見出せず、焦燥感と疲労感に悩むようになりました。

私が教会の門をくぐったのは、このような時でした。当時、下宿をしていた笹塚の近くにある日本キリスト教団永福町教会に出席するようになり、19761031日の宗教改革記念日に三永恭平牧師より洗礼を受けました。

私が信仰へ導かれ、献身の志を与えられるようになった理由として二つのことが挙げられます。第一は、重いハンディのある兄姉と共に育ったことです。戦後の混乱の時代、農村社会には様々な偏見や差別が根強く、私の家庭には明るい希望がありませんでした。

第二に、私自身も中学1年生の時から眼の病気に悩むようになりました。失明の危機に直面しただけでなく、将来の夢や希望を奪われました。生きる希望を求めて教会へ通っていた私は、2人の牧師と出会いました。山口の小郡教会の青木優牧師と、静岡の榛原教会の長沢巌牧師です。視覚障がい者の青木牧師の「行く先を知らないで」を読んで、信仰の決断へと導かれました。また、やまばと学園を設立した長沢牧師の働きにふれて、私も牧師になって障がい者の問題に取り組みたいと願うようになりました。それは、まさに行く先を知らない旅立ちではありましたが、無限の大空へ向かって羽ばたく希望に満ちていました。主イエスとの出会いは、私の人生を盲学校の教師から、伝道者へと方向転換させたのです。

私は、東京神学大学を卒業後、高知の須崎教会へ赴任しました。まず私が始めたのは、視覚障がい者の女性の信徒に簡単な点字の週報を届けることでした。それから5年後、多くの方々の祈りと支援を頂いて、県内の視覚障がい者の信徒が集まって高知県シロアム会が発足しました。須崎教会での6年間の奉仕の後、牧会カウンセリングを学ぶために3年間アメリカの神学校へ留学しました。

今、私は札幌の真駒内教会の牧師として仕えています。心や身体に痛みや弱さのある人々と共に歩むことが、私の祈りであり願いでもあります。それは、未熟な私にとって容易なことではなく、時には辛く苦しいこともあります。しかし、主にある兄弟姉妹の祈りに支えられ、日々聖書のみ言葉に生かされて歩んでいます。

 

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