【4684号】献身のとき No.7

牧師になる決意をしたころのこと

加藤 久孝(新潟愛泉伝道所牧師)

 

公立高校教諭で、翌3月に定年という1010日、長女の結婚式で上京し、洗足教会のウェディング・ロードを踏みました。直後、両家お近づきの小宴会場への途上、義妹が定年後の予定はお決まり?と尋ねました。今日の格好は素敵で、牧師さんになったらいいのに、と突拍子もないことを言い、おいおい、と私も笑い、それはその時限りの笑い話のつもりでした。

それから一週間、後で思えば誰かが私の扉を微かに押し続けるように、小さな便りが幾つも舞い込みました。定年になるので教会の奉仕に本気になるつもり、とか、帰郷を機に母教会に戻るとか。それらを無意識に重ねました。事実、無関係なことだったのでしょう。

そこに一通、来年の年賀欠礼状が参りました。福音派の牧師夫人である旧友が、私より一歳若いその御夫君の急逝を知らせたものでした。机に向かってそれを読んだ私はショックを受けました。弔い合戦とか、そういう勇ましいものでは勿論ありません。しかしそれが落ち着いた時、私は未定だった将来計画の中に、伝道者という選択肢が固まったことに気付きました。

何はともあれ、妻の敦子にこれを告げねば、と台所に行きました。彼女は調理中で、フライパンに油を敷き、輪切りにした大きな玉葱を入れたところでした。

願いごとがある、と私は切り出しました。大学に入り牧師になろうと今決心した。理解して欲しい。

それが、あなたのやりたいことなのですね。

そうだ。言い出す機会を探っていたのではなく、たった今その気が起きたのだ。

あなたの決めたことです。私は賛成ですよ。

一瞬の間に、決意を固めたような敦子の返答でした。私はそのように受け取り、彼女もそんな意識だったのでした。

次の瞬間、2人はフライパンの中で油を吸った玉葱が真っ黒に焦げているのに気付いて驚きました。2分か3分か、ひょっとしたらもっと時間が抜けていたのでした。多分敦子は随分考え、私は緊張して答えを待っていたのですが、その間の時間が2人ともぽっかり欠落していたのでした。

それだけの話です。ひと人生終えた後に召命を受けるとは、どんなことがあったのですか、とよく関心を持っていただいて恐縮なのですが、特別神秘的な体験に遭遇した訳でも無く、でもあの瞬間に神様が立ち会っておられた、と2人が信じ、以後迷いも躓きもせず15年を保つには充分の体験でした。私たちらしい、ささやかな不思議がそこにあった、と思ったのです。

そんな訳で、入試の面接は勿論、個人的な対話の中でも、殆どこの話を口にすることはありませんでした。誇れるような格好のよいものでもなく、ただ私たち夫婦にとってだけ意味のある小さな真珠でした。大学で指導を受けた並木浩一牧師に、同い年生まれの甘えで後にこれを語り、あんたの召命は台所でか、エレミヤと同じだな、と言われ、そんな大仰なものじゃありません、と慌てたことがありました。語るほどのこともないことですが、それが私たちの支えとなり、感謝となり続けていたことは、まぎれも無いことだったのです。

昨年4月、故郷に転任し、昔生活した古い家から伝道所に通勤する日々が始まりました。15年前の台所で再びフライパンを使う日々が戻ったのです。お陰様で、あの体験は思い出の中で美化されることなく、ここであれがあったのだなァと、日常の真ん中に起こった小さな不思議というか奇妙さを、等身大に、思い起こしています。

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