【4677・78号】献身のとき No.4

導きだと信じて 宗 保子(松江教会牧師)

1973年頃、北九州復興教会が曽根に教会を建てようというビジョンのもとに曽根の一斉戸別訪問を始めました。その時に私(保子)の家も訪問を受けました。先ずは家庭集会へのお誘いでした。

故郷に教会が建つというその幻に惹かれて私は他教会員ではありましたが出掛けて行きました。集会に通う内にその家の方からクリスチャンの青年を紹介されました。彼が夫(盛興)です。やがて曽根に教会が誕生しました。私たちも結婚し、3人の子どもを授かり北九州復興教会で教会生活を送っていました。同じ世代の若ホームの交わりを通して親も子も信仰生活を励まされてきました。

夫が40歳になった時、喘息を患い、失業と入退院を繰り返す日々が続き夫婦は険悪ムードになってきたのです。牧師ご夫妻にも度々相談に乗って頂きました。ある日牧師は夫に献身を考えたことはありませんかと問われました。夫は、実は一年前夏期聖会に出席した時に、もし病気が癒されるなら献身しますという献身表明をしたと答えていました。傍で聞いていて私にはその献身表明が真剣な決意のようには思えませんでした。

年が明けて新年の晴々とした外から一歩家に帰ると家庭の暗く沈痛な状況に対面せざるを得ません、逃げて通ることが出来なくなったのです。主にすがるしかないと祈りました。「主よ私たちはどうすれば良いでしょうか、今日の聖書の箇所からどうぞ教えてください」と助けを求めました。日課としていたその日の箇所はイエス様が荒野で誘惑を受けられたところでした。『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』(マタイ44)。夫も就職口を探していましたがなかなか見つかりません。それはパンを得るためでした。しかし人はパンだけで生きるものではない、もっと大事なものがあると教えています、それは神の言葉です。人が生きるために無くてならないものは神の言葉であると書かれています。では神の言葉のために働く人も必要ではありませんか。「神の言葉のために働く人が必要だ、あなたの夫には神の言葉のために働く道がある」と主がお示し下さったのです。

導きだと信じて早速夫に話して聖書学校に行くことを勧めました。その後、夫にも御言葉が与えられました「わたしはイスラエルの人々のうちにあって聖別されたものである」(レビ記2232)の御言葉です。自分は喘息患者となったけれど、この病気を通して神がご計画を持っておられる。それは自分一人の問題ではない。神が聖とされなければならない、そのご計画の中で、主よ用いたまえという新たな献身への思いに導かれたそうです。

私たちは模範となるようなクリスチャン夫婦でもなく、破れの多い者、子どもたちにも大切な時期でしたから、献身には反対意見もありました。しかし主が示して下さった道だと信じて歩み出しました。送り出して下さった母教会にも、教師として迎えて下さった松江教会にも、共に今日まで祈られ支えられてきたことを深く感謝しています。盛興牧師は1996年に松江に赴任して以来、健康も支えられています。教会の御用の他に活動範囲も広まり教誨師としても、また若い時から学んできた中国語を生かしたボランティアも行っています。

私も2000年にCコースで教職とさせて頂きました。小さな者ですが分区内での聖餐式応援や、無牧の教会の代務者としての奉仕もさせて頂くようになりました。

今後も主のご用命であればすべては神がなさることを信じ委ねて、お仕えして行こうと思っています。

 

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