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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan

【2026年7月】今月のメッセージ「そーか、そーか」

2026年7月1日

「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。」
フィリピの信徒への手紙 4章6節

 

大正めぐみ教会
宮原直道 牧師

 

 おはようございます、こんにちは、あるいはこんばんは。大阪の大正めぐみ教会というところで牧師をしている宮原直道と申します。僕の顔を見て、牧師のくせに耳やら口やらに金具をジャラジャラつけてなんじゃこいつはと思われたかもしれません。
 僕は牧師になる前は、長いことロックバンドのギターボーカルとして音楽活動をしていました。冒頭でその時の曲を流してもらいましたが、その頃に顔中に開けたピアスはバンドのアイコンでもあると思ってずっと外さずにいました。
 牧師となった今でも、その時の想いも忘れずにいたいと思っていますが、このピアスまみれの顔が役に立ったこともあるんです。
 入国管理局、いわゆる入管に収容されている人から牧師として呼ばれて、面会をしに行った時の話です。その人はここではKさんと呼ばせてもらいますが、そのKさんと初めて会った時に僕の顔を見て、開口一番「あぁ良かった」と言うんです。「真面目そうな人が来て偉そうに説教されたらどうしようかと思ってドキドキしていました」と。あぁ、なんか思いもしないところで、このピアスまみれも役に立つんだなと思いました。
 今日はそのKさんのお話をさせてもらいたいと思います。Kさんは昔、大阪に住んでいたのですが、台湾のマフィアグループに所属していた人でした。マフィア同士の抗争が起こり、そこで罪を犯してしまいまったKさんは刑務所で19年という、非常に長い時間をかけて、犯した過ちを反省し、罪を償いました。
 刑務所を出所後、台湾へ強制送還されるまでの期間、今度は入管に収容されることになります。入管に収容されたKさんは、そこで仮放免というものを申請しました。仮放免が認められれば、一時的に施設の外で生活し、出国の準備をすることができるんです。しかし、そのためには多くの手続きが必要で、大勢の人が順番を待っていました。その時間は長い時で2年以上にもなることもあるそうです。
 「入管は刑務所より辛い」とKさんは言いました。刑務所なら仕事もあります。しかし入管では何もすることがありません。ただ終わりの見えない毎日を過ごすだけ。自由に買い物もできない。与えられた二着の洋服を毎日洗濯して着まわします。面会はできますが、分厚いアクリル板を通してしか会話はできません。
 もちろん、入管は刑務所ではないので、Kさんが仮放免の申請を取り下げれば、すぐにでも生まれ故郷の台湾に帰ることができます。でも、Kさんには日本にひとつだけ心残りがありました。
 Kさんには、日本に二十歳になる娘さんがいたんです。刑務所にいる19年間、その娘さんが一度も面会に来ることはありませんでした。Kさんが刑務所にいることも知らされていなかったのかもしれません。
 ここで台湾に帰ってしまったら、もう一生会えないかもしれない。最後に一目で良いから娘の顔を見たい。そのためにKさんは仮放免の申請書を出し、いつになるかもわからない時間を入管の中で過ごしていたんです。
 そんな時、Kさんは娘さんの話を聞かされます。どうやら今は大学に行っているということ、そしてその大学はミッションスクール、キリスト教主義の学校だということ。
 それまでKさんは神も仏も信じない、そんな人でした。だけど、その話を聞いて娘のことをもっと知りたい、もしも会えたら何か共通の話題が欲しい、そんな想いから「キリスト教について知りたい」と思うようになりました。
 そんなわけで僕が呼ばれたのです。厚いアクリル板の向こう側にいたKさんは、おだやかな顔でそんな話を聞かせてくれ、キリスト教について教えて欲しいと言いました。
 それから毎週、僕はKさんに会いに行きました。洋服や必要なものを差し入れでもって行って、聖書のお話だけでなく、本当に色々な話をしました。ある時はマフィアのルールを教えてもらったり、入管の中の暮らしを聞かせてもらうこともありました。
 ある時、聖書をプレゼントするとKさんはとっても喜んで、毎日寝る前に読むようになりました。そして、会うたびに「牧師さん、この聖書の箇所はどういう意味ですか」と聞いて来るようになったんです。そして、聖書のお話をして帰る頃になると、Kさんは決まって「牧師さん、お祈りしてください」と言ってきました。そして、僕がお祈りをすると、Kさんは静かに「アーメン」と言いました。
 ある時、Kさんは僕に「お祈りのしかたを教えて欲しい」と言ってきました。僕はKさんに言いました。「お祈りっていうのは神様との会話だから、娘さんに会いたい気持ちを伝えたり、思い通りにいかない自分の人生をグチったり、何でも聞いてもらったら良いんですよ。」
 それを聞いてKさんは「えっ!神様に愚痴なんか言っても良いんですか?」とビックリしていました。だから僕は「なんだって良いんです。神様は何だって聞いてくれますよ」と伝えて帰りました。
 それからKさんは毎日、夜寝る前にお祈りをするようになりました。神様にその日一日の出来事を報告し、色々なことをお祈りするようになりました。もちろん娘さんに会いたいということも。
 そんな日々が続いたある日、いつものように僕が入管に行くと、職員の人から「Kさんは申請を取り下げて明日台湾に帰ることになりました」と聞かされました。僕は「そんなことあるはずがない」と思いました。あれほど娘さんに会いたがっていたKさんが諦めるわけがない、と。
 Kさんと面会して、事情を聴きました。「あんなに会いたがっていたのにどうしたのか」僕がそう聞くと、台湾にいるおばあさんが癌になってしまって、もうあまり長くないことを知ったというのです。だから娘さんのことを諦めて台湾に帰ることにしたんだ、とKさんは言いました。
 それを聞いて、少し残念なような寂しい気持ちでいると、Kさんはボロボロと泣きだして、言ったんです。「牧師さん聞いてください、今日の朝、台湾に帰ると決めた、そのすぐ後に娘が会いに来てくれたんです」
 どこからかKさんが入管にいることを聞きつけた娘さんがKさんに会いに来たというんです。「牧師さん、僕は毎日神様に娘に会えるようにとお祈りしていました。神様は僕の祈りを本当に聞いていてくれたんですね」大粒の涙を流しながらそういうKさんを見て、僕も涙が止まりませんでした。「良かったなあ」と言って二人で喜びました。
 この時、僕は本当に神様は私たちの祈りを聞いていてくださるのだということを、Kさんから逆に教わりました。もちろん、願ったことが何でもかんでも思い通りになるわけではありません。それでも祈ることは決して無駄ではない。そのことを改めて教えられたんです。
 僕が子どもの頃、いつも父親にファミコンを買ってとねだっていました。誕生日が近くなったり、クリスマスが近くなると、ファミコンの良いところを一生懸命にプレゼンするんです。そうすると毎回「そーか、そーか」と聞いてはくれるのですが、ついぞ買ってもらえることはありませんでした。
 当時は「なんで買ってくれないんだ」と不満でした。でも今になって思うと、本当に感謝しています。部屋にこもってゲームばかりするのではなく、外で遊び、友達と走り回り、たくさんの経験をすることができました。父親は、目先の願いではなく、もっと先のことを考えてくれていたんだと思います。
 神様も、私たちの祈りを「そーか、そーか」と静かに聞いてくださいます。そして、私たちにはまだ分からなくても、最も良い道へと導いてくださるお方です。
 今日の聖書の箇所には、次のように書いてありました。「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。」
 Kさんには、たくさんの思い煩いがありました。自分が犯した罪のこと。仮放免がいつ認められるのか。台湾へ帰るべきなのか。癌になったおばあさんのこと。そして何より、娘さんにもう一度会いたいという願い。その一つひとつを、毎晩神様に打ち明けました。
 すると、それまで神様に愚痴とお願いばかりだったKさんの祈りは、この出来事を通して神様への感謝へと変えられていったんです。
 Kさんはマフィアをやめて、台湾でキリスト教系の施設で働くようになったそうです。そして娘さんがたまに台湾まで会いに来てくれると、幸せそうな写真を送ってくれます。
 Kさんが変えられていったきっかけは、神様と会話をするようになったことでした。私たちは聖書を読むことで神様の声を聞き、祈ることで私たちの想いを伝えることが出来ます。それは神様との会話です。聖書を読んで、祈る。まさに入管の中でKさんが毎晩していたことです。
 そして、この短い物語の中で神様がおこされた奇跡とは、娘さんが会いに来てくれたということだけではありません。神様がおこされた一番大きな奇跡とはKさんが祈る人へと変えられたこと、そしてその祈りが感謝へと変えられたことだと思います。
 だからあなたも同じように、嬉しいことも悲しいことも、愚痴も願いも、思い煩いを全て神様に打ち明けてみてください。
 神様は今日も「そーか、そーか」と私たちの祈りに耳を傾けてくださっています。そのあなたの祈りが、感謝に満ちたものとなることを心より願っています。

 
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