逝去
吉野 結(川和教会担任教師)
21年3月10日逝去。19年農村伝道神学校卒業。同年より川和教会を牧会。
森 武夫(無任所教師)
19年10月14日逝去、82歳。愛知県生まれ。72年東京神学大学大学院卒業。79年より千歳船橋、八王子栄光教会を牧会。遺族は息・森勇人さん。
鈴木賛美(愛隣教会主任担任教師)
21年3月14日逝去、55歳。大分県生まれ。04年東京神学大学大学院卒業。同年より経堂北、愛隣教会を牧会。遺族は姉・三宅美則さん。
柏井宣夫(隠退教師)
21年3月29日逝去、81歳。愛知県生まれ。65年東京神学大学大学院卒業。同年より茨木、碧南教会を牧会し、農村伝道神学校に務め、まぶね、青山町、鹿島栄光教会を経て10年隠退。遺族は妻・柏井雅子さん。
補教師登録
南宮成一、藤盛純子(2021・4・26受允)
正教師登録
表見 聖、田中浩一郎、星野 香(2021・4・3受按)
教師異動
釧路 辞(主)青砥好夫
札幌 辞(代)米倉美佐男
三里塚 辞(主)野村和正
桜本 辞(主)鈴木文治
鷹巣 辞(代)中西絵津子
〃 就(主)佐伯 勲
脇本 辞(主)中西絵津子
〃 辞(担)森田聖子
〃 就(主)森田聖子
〃 就(担)中西絵津子
本庄 辞(主)疋田國磨呂
〃 辞(担)疋田義也
〃 就(主)疋田義也
〃 就(担)疋田國磨呂
大泉ベテル
就(主)明星 晃
大宮前 辞(主)内田 汎
〃 就(主)山本隆久
〃 就(担)山本英美子
国分寺 辞(主)願念 望
〃 就(代)上林順一郎
野方町 辞(主)高橋敏通
〃 就(主)池谷明高
淀川 辞(代)小西 望
〃 就(主)高橋敏通
馬見労祷
辞(代)木ノ脇悦郎
〃 就(主)飯塚共生
二宮 就(担)小林 充
長野県町辞(主)森本裕子
〃 辞(担)森本玄洋
〃 就(主)森本玄洋
〃 就(担)森本裕子
伊那坂下辞(主)加藤智恵
〃 就(代)柳谷知之
米沢 辞(代)波多野保夫
〃 就(主)加藤智恵
岩沼 辞(代)瀬谷 寛
〃 就(主)平賀真理子
浪江 辞(代)保科 隆
〃 就(代)飯島 信
小高 辞(代)保科 隆
〃 就(代)飯島 信
碧南 辞(代)大住共平
〃 就(兼主)大住共平
若草 辞(主)勇 文人
〃 就(主)山本正人
富山二番町
辞(主)上田 創
〃 就(主)勇 文人
新津田沼辞(代)岸 憲秀
〃 就(主)上田 創
伊丹 辞(代)西澤他喜衛
〃 就(主)春名康範
広石 辞(主)佃 克巳
〃 辞(兼担)佃 真人
〃 就(兼主)佃 真人
淡路三原
辞(兼担)佃 克巳
関西学院
辞(担)小豆真太郎
春日東辞(代)青木麻里子
〃 就(主)小豆真太郎
三木 辞(主)家山華子
箕面 辞(主)上地 武
〃 就(主)家山華子
首里 辞(代)望月 智
〃 就(主)上地 武
茨木 辞(担)小林隆史
御殿場 辞(主)中島善子
〃 就(主)小林隆史
豊橋東田辞(主)武井惠一
〃 就(主)中島善子
松江古志原
辞(代)遠藤誠一
〃 就(兼主)遠藤誠一
高崎南 辞(主)田尻真介
〃 就(主)原 誠
北千住 辞(主)平沢 功
〃 就(主)柳下 仁
弓町本郷
辞(担)丹羽真理恵
蒲生 辞(主)伊藤義経
〃 辞(担)戸根裕士
〃 就(主)戸根裕士
〃 就(担)丹羽真理恵
蒲田 辞(代)藤崎義宣
〃 就(主)伊藤義経
町田ベテル
辞(主)永瀬よし子
立川からしだね
就(担)永瀬よし子
〃 就(担)平澤基幸
新生 辞(主)菅原 力
大阪のぞみ
辞(主)石井和典
〃 就(主)菅原 力
白銀 辞(主)野崎卓道
〃 就(主)石井和典
国立 辞(主)宮嵜 薫
〃辞(兼担)北川美奈子
〃 就(主)野崎卓道
〃 就(担)宮嵜 薫
三芳 辞(主)中山弘隆
〃 就(代)栗原 清
山梨英和学院
辞(教)大木正人
南甲府 辞(主)高津 俊
〃 就(主)大木正人
遠州栄光辞(主)山本克三
〃 辞(担)江間紗綾香
〃 就(主)星野 健
杵築 辞(主)工藤俊一
〃 就(主)山本克三
世田谷平安
辞(代)北川正弥
〃 就(主)江間紗綾香
番町 辞(主)内山 宏
〃 辞(担)大谷昌恵
〃 就(主)柳下明子
目白 就(担)大谷昌恵
喜音 辞(主)確井英俊
〃 就(主)太田恵理
〃 就(担)湯木洋一
原宿 辞(担)佐藤嘉哉
甲東 辞(担)西澤他喜衛
須磨 辞(主)難波信義
〃 就(主)西澤他喜衛
曽根 辞(代)奥村益良
〃就(兼主)西澤他喜衛
〃 就(担)佐藤嘉哉
大船 辞(主)松下道成
〃 就(主)難波信義
田園江田就(担)山野 心
鎌倉泉水辞(主)片岡宝子
〃 就(主)櫻井重宣
東中通 辞(主)福井博文
〃 辞(担)平向倫明
〃 就(主)片岡宝子
筑紫 辞(兼主)松谷洋介
〃 就(主)平向倫明
港南希望辞(主)鈴木義嗣
〃 就(代)鈴木淳一
女子学院中学高校
辞(教)魚屋義明
東大和 辞(主)田名 希
〃 就(主)平野芳子
流山 就(担)田名 希
目白 辞(担)今野 瑛
東金 辞(主)中村征一郎
〃 就(主)今野 瑛
新島学園短大
辞(教)山本有紀
三軒茶屋
辞(担)北川美奈子
金城学院中学高校
就(教)北川美奈子
金城学院中学校
辞(教)後藤田典子
同志社大学神学部
辞(神)水谷 誠
同志社中学高校
辞(教)木村良己
紫野 就(担)木村良己
北白川 辞(代)大島純男
〃 就(代)飯島 信
同志社 辞(主)望月修治
〃 就(代)望月修治
京都 辞(担)松田直樹
〃 辞(担)松田 祈
〃 辞(担)西原ももこ
城陽 辞(主)信岡茂浩
〃 就(主)松田直樹
〃 就(担)松田 祈
同志社国際中学高校
辞(教)山本真司
〃 就(教)西原ももこ
京都教区辞(巡)横田法子
〃 就(巡)堀江有里
草津 辞(主)奈良誉夫
〃 就(主)横田法子
〃 就(担)奈良誉夫
洛陽 辞(代)入 順子
〃 辞(担)桝田翔希
〃 就(主)松下道成
尼崎 辞(代)近藤 誠
〃 就(主)桝田翔希
八幡ぶどうの木
辞(主)柴田信也
〃 就(代)千葉宣義
兵庫 辞(主)涌井 徹
〃 就(主)柴田信也
西宮 辞(主)中島正勝
〃 就(代)奥村益良
千里聖愛辞(主)川江友二
〃 就(主)中島正勝
玉島 辞(代)阪西恵理子
〃就(主)三浦きょうこ
〃 就(担)高津 俊
藤崎 辞(主)川上純平
〃 就(代)多勢 眞
太田八幡辞(主)矢吹大吾
〃 就(代)川上 盾
和戸 辞(代)最上光宏
〃 就(主)佐藤 進
〃 就(担)佐藤さゆり
安中 辞(主)江守秀夫
〃 就(代)原 誠
新生 就(主)江守秀夫
刈谷 辞(主)平井克也
〃 就(代)柳本秀良
川崎 辞(主)滝澤 貢
〃 就(主)平井克也
四谷新生辞(代)古賀 博
〃 就(主)滝澤 貢
各務原辞(担)川上野ゆり
蘇原 辞(主)日高伴子
〃 辞(担)志村 真
〃 就(主)川上野ゆり
直方 辞(主)鈴木重宣
〃 就(主)日高伴子
〃 就(兼担)志村 真
飯塚 辞(代)鈴木重宣
〃 就(主)志村 真
〃 就(兼担)日高伴子
下関彦島辞(主)中島 純
〃 就(代)餅原研一
徳之島 辞(代)本多香織
〃 就(主)中島 純
西仙台 辞(担)竹花牧人
阿久根
辞(兼主)戸田奈都子
〃 就(主)竹花牧人
八代 辞(主)中山 実
〃 就(代)日下部遣志
北九州復興
就(担)富山希望
市川三本松
就(担)矢吹大吾
田園江田
辞(担)田中浩一郎
秦野 辞(主)堀 光雄
〃 辞(担)堀 雅子
〃 就(主)田中浩一郎
有田 辞(代)末瀬喜美子
〃 就(主)工藤俊一
伊万里辞(代)末瀬喜美子
〃 就(兼主)工藤俊一
明治学院高校
辞(教)佐原光児
桜美林大学
就(教)佐原光児
白鷺 辞(代)古屋治雄
〃 就(主)願念 望
中京 辞(主)松本 周
〃 辞(担)松本のぞみ
〃 辞(担)金 承哲
〃 就(代)小林 光
中部教区就(巡)金 承哲
京都就(兼担)西原ももこ
同志社中学高校
就(教)川江友二
大和キリスト
辞(担)鄭娜晤美
田浦 辞(主)持田行人
〃 就(主)鄭娜晤美
熊本城東辞(担)杉森將興
七里 辞(主)小林則義
〃 就(代)最上光宏
教師隠退
青砥好夫、米倉美佐男、
福井博文、野村和正、
内田 汎、並河光雄、
鈴木文治、鳥飼慶陽、
鳥飼トモ子、佃 克巳、
中山弘隆、魚屋義明、
大島純男、堀 雅子、
堀 光雄
隠退より復帰
明星 晃、上林順一郎、
春名康範、櫻井重宣
教会解散
秦野西
キリスト教教育主事異動
千里聖愛 辞 吉田七穂
お詫び・訂正
教団新報4948・49号1面最終行、筆者肩書き「関西学院大学神学部長」を「関西学院大学神学部」に、お詫びして訂正いたします。
困難の中に豊かに働かれる神
アメリカ 《ウェスレー合同メソジスト教会》
米国カリフォルニア州では昨年3月、新型コロナウイルスの集団感染を避けるための厳しい規制が出され、全ての教会が建物内での礼拝を禁止されました。
それでも何とか礼拝を続けるため、私たちの教会ではインターネットを用いたライブ動画配信と共に、シニアの方々にはDVDの発送や、簡単な操作で礼拝にアクセスできる端末機の貸し出し、またそのサポートを行う「タブレットミニストリー」を開始しました。結果、思いもかけず、外部との接触を絶たれた施設の方々や、同じ米国内の日本語礼拝を守れない教会の方々とも、共に礼拝を守れるようになりました。その方々の喜びの声を聞く時に、私たちの「礼拝への飢え渇き」を主が顧みてくださり「霊と真実に満ちた礼拝」へと導いてくださっていることを覚えます。
家賃が全米一高額なここシリコンバレーでは、狭い家に数家族が住んでいる状況があります。このコロナ禍にあって親の失業、学校の閉鎖により家庭でのトラブルやストレスも増え、大きな苦悩を負う生活困窮者が増えました。また、野宿者の方々は支援活動の停滞や公共施設の閉鎖により命の危機にさらされるなど、社会的弱者に歪みが押し寄せていることを痛感しています。
その中、私たちの教会は新しい食料提供プログラムを立ち上げました。この活動には沢山の物資と献金が寄せられるようになり、それを少人数で毎週200名を超える方々に配布することが出来ています。医療従事者や公的サービスを担うエッセンシャルワーカーと同じく、教会に集う私たちもまた、地域の方々の苦難に寄り添い、霊的なニーズに応えて働くエッセンシャルワーカーであることを覚えて活動を続けています。
困難の中に豊かに働かれる神は、聖霊の力をもって、それぞれの家庭や施設で守る礼拝に恵みを備えられ、リスクや限界を覚える私たちに新しい知恵と力を与えてくださり、私たちを社会へと押し出して下さっています。
変化する世の中にあっても主は変わらず私たちを礼拝で養い、この社会で用いようとしておられることを信じ、希望を持って共に宣教の働きを続けていきたいと願っています。(山本 一報)

教会ホールに集められた支援物資
※写真 教団新報より

ホームレスの方々への食料配布プログラム
※写真 教団新報より
コロナ禍のピラポ教会
パラグアイ 《ピラポ日系教会》
コロナウイルスの流行が2年目に入りました。昨年3月に外出や集会の禁止令が発せられた時には感染者は一日数人でしたが、今では毎日2000人を超えています。病床がなく廊下の椅子に寝かされている病人の写真や、高価な薬のために家を売った人の話が聞こえてきます。
その中で、昨年6月の集会禁止解除後は毎週礼拝を守り、毎月の聖餐にも与かってきました。
礼拝出席は数人ですが、牧師が感染すれば礼拝できなくなりますから、この1年ほとんど外出せず、週に一度の買い物以外は教会の敷地内で暮らしています。そして、家や庭の仕事をしながら、神様はこの暮らしを通して何を教えようとしておられるのか思い巡らしています。
教会員の一人は86歳でこの1年間ずっと家にいます。週に一度の礼拝出席だけが唯一の外出で、唯一の生き甲斐とも言えるでしょう。ただ礼拝にすがって生きるとはなんと素晴らしいことでしょう。
受難週は旅行者増加のため規制が厳しくなって心配しましたが、今年は2年ぶりに復活祭の礼拝を守ることができました。
昨年10月の国際線再開後、この復活祭明けの帰国便を予約しました。ところが、数回の時刻変更を経て一部が欠航になり、帰国できなくなりました。予約後、日本も、経由地のブラジルも入国時のコロナ陰性証明書を求めるようになりました。搭乗前72時間以内の検査が必要なので、アスンシオンの検査機関に問い合わせ、ピラポ出発時刻を計算し、あれこれ考えて夜も眠れませんでした。それが、帰国を諦めたとたん、すべての思い煩いが消え、心が平安に満たされました。その時、心から感謝しました。
その後、これは、「礼拝を続けなさい」という神様からのメッセージだと気が付きました。今すべきことは帰国ではなく、ここにとどまってみ言葉を語ることなのだと思ったのです。
昨年の一時帰国後、こちらに戻るのが少し遅かったら入国できなかったでしょう。あの時入国できなかったら、1年近く戻れませんでした。全てが守られて無事着いたことを思い起こすと、神様が礼拝を守るためにここに遣わしてくださったことに改めて思い至りました。
最もふさわしい時に帰国できると信じつつ、礼拝を守り続けていきます。
新型コロナウイルスに対する教会の様々な対応について近況報告をしていただければ幸いです。また、この状況をどのように受け止め、向き合って行くか、意見や提言を自由に寄せてくださいますようお願いいたします。試練の中にある世界中の教会が励まされ、また、この状況を信仰的に受け止めて行く時の視座を与えられれば幸いです。
(江原有輝子報)

※写真 教団新報より
礼拝を続けるという選択
フィリピン 《メトロボホール教会》
フィリピンでは、コロナ禍最初の半年は様々な規制が厳しくなり、あらゆるものが閉鎖、多くの教会も影響を受けた。が、私たちの教会は家の教会形式で大きな会堂がないのも幸いし、集会を続けるという選択をすることができた。それでも警察が注意に来たり、いつ逮捕されるかしれないという緊張を強いられた日々ではあった。礼拝を続けることにはしたけれど、人は来ないかもしれないと思っていた最初の聖日、緊迫した面持ちで集まって来たたくさんの教会員たちがいた。困難な中で礼拝を選んでやってきた一人一人を抱きしめ、地下教会のように切実な、特別な思いで礼拝をささげた。
礼拝を安全に続けるため、モニターを導入して部屋数を増やし、礼拝数も3回に増やし、さらに場所を広げるために改築もした。それでもなぜかまだ毎回いっぱいに。
すでに10ヶ所ほどあった家庭集会も、(家庭での集会は許可されていたにも拘らず)近所の人々から石を投げられたり脅されたりということもあったが、教会員はめげずに「主の御業にロックダウンはない」と伝道し続けた。現在は18の家庭と2ヶ所の工事現場で毎週家庭集会がもたれている。
支援活動もした。経済的に困窮し絶望しかけていた人々も生き延び、福音の光を見るようになった。
また、学校がなく日がな一日遊んでいる子供たちを見て、中高生たちが「今こそこの子たちのために何かしなければ」と心を動かされ、子供伝道が多くの場所で花開いた。学校はやがて再開したが登校はせず自宅学習のみ。教室での友達や先生とのふれあいがなくなってしまった分を、教会が補っている。
現在は多くの教会やお店も再開し、ほぼ平常通り。けれどもこの平常の「特別さ」を心に刻んでいる。(ベルトラン小川文子報)

教会での礼拝と家庭礼拝
※写真 教団新報より

※写真 教団新報より
点から線へ
ドイツ 《ケルン・ボン日本語キリスト教会》
主のお導きと共に多くの方々のお支えによって、ケルンに立てられている日本語教会にお仕えして6年目を迎えました。ドイツの地での「限りあるかけがえのない時」ということを、赴任当初より念頭において歩んでおります。しかしこの思いがコロナ禍の今、焦りとなり重荷となりました。
教会の存在を知っていただくために、人との繋がりを求めてこの世へ出て行き、福音の種蒔きをしています。知り合った方と一緒にお茶を飲むことも伝道の一つです。しかし、ドイツではロックダウンの延長が繰り返され既に半年になろうとし、コロナ感染防止のために他人との接触は一人のみ、という厳しい規制の只中にあります。なす術もなく、時だけが過ぎてゆくような焦燥感に駆られました。
しかし、この感情は昨年からのコロナ禍の中で、何とか乗り越えて成果を出さねば…、という私自身の傲慢さを、祈りの内に気づかされました。この時を、そして歴史を支配しておられるのは主であり、主が全てをおさめてくださることを忘れ、自らの力に頼り何かできると思ってしまったのです。生きて働かれる主の御業を忘れていました。
ですから、どのような時であれ、今、なすべきことは、与えられた一日一日を、これまで通り、主の御声をお聴きしながら淡々とお従いしていくこと、そうして「点」のような毎日を、やがて主が繋ぎ合わせてくださり、「線」となって未来が創られる、ということに心を向けられた時、平安と希望が与えられました。
現在、礼拝をはじめとして、聖書の学び、未信者の方々の集会等、全てスカイプにて行っており、毎回ではありませんが、幸いにも教会の全ての方が参加できています。そしてオンライン上で以前よりも密な交わりを実感でき感謝しております。現住陪餐会員が14名の小さな群れの特権でもあります。
これから先のことは主にお委ねし、日々の「点」を淡々と地道に積み重ねていくことが、今、できる精一杯のことだと思わされています。「ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である。ごく小さな事に不忠実な者は、大きな事にも不忠実である」(ルカによる福音書 16章10節)。この御言葉に支えられて歩んで参りたいです。
(佐々木良子報)
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