インスタグラムアイコンツイッターアイコンyoutubeアイコンメールアイコン
日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
calendar

コリントの信徒への手紙一13・1~13

2019年10月2日

13:1 たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。

13:2 たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。

13:3 全財産を貧しい人々のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。

13:4 愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。

13:5 礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。

13:6 不義を喜ばず、真実を喜ぶ。

13:7 すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。

13:8 愛は決して滅びない。預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう、

13:9 わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。

13:10 完全なものが来たときには、部分的なものは廃れよう。

13:11 幼子だったとき、わたしは幼子のように話し、幼子のように思い、幼子のように考えていた。成人した今、幼子のことを棄てた。

13:12 わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。

13:13 それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。

2019年10月1日

12:12 体は一つでも、多くの部分から成り、体のすべての部分の数は多くても、体は一つであるように、キリストの場合も同様である。

12:13 つまり、一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼を受け、皆一つの霊をのませてもらったのです。

12:14 体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。

12:15 足が、「わたしは手ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。

12:16 耳が、「わたしは目ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。

12:17 もし体全体が目だったら、どこで聞きますか。もし全体が耳だったら、どこでにおいをかぎますか。

12:18 そこで神は、御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分を置かれたのです。

12:19 すべてが一つの部分になってしまったら、どこに体というものがあるでしょう。

12:20 だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。

12:21 目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。

12:22 それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。

12:23 わたしたちは、体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし、見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。

12:24 見栄えのよい部分には、そうする必要はありません。神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。

12:25 それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。

12:26 一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。

12:27 あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。

12:28 神は、教会の中にいろいろな人をお立てになりました。第一に使徒、第二に預言者、第三に教師、次に奇跡を行う者、その次に病気をいやす賜物を持つ者、援助する者、管理する者、異言を語る者などです。

12:29 皆が使徒であろうか。皆が預言者であろうか。皆が教師であろうか。皆が奇跡を行う者であろうか。

12:30 皆が病気をいやす賜物を持っているだろうか。皆が異言を語るだろうか。皆がそれを解釈するだろうか。

12:31 あなたがたは、もっと大きな賜物を受けるよう熱心に努めなさい。

2019年9月30日

12:1 兄弟たち、霊的な賜物については、次のことはぜひ知っておいてほしい。

12:2 あなたがたがまだ異教徒だったころ、誘われるままに、ものの言えない偶像のもとに連れて行かれたことを覚えているでしょう。

12:3 ここであなたがたに言っておきたい。神の霊によって語る人は、だれも「イエスは神から見捨てられよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです。

12:4 賜物にはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ霊です。

12:5 務めにはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ主です。

12:6 働きにはいろいろありますが、すべての場合にすべてのことをなさるのは同じ神です。

12:7 一人一人に“霊”の働きが現れるのは、全体の益となるためです。

12:8 ある人には“霊”によって知恵の言葉、ある人には同じ“霊”によって知識の言葉が与えられ、

12:9 ある人にはその同じ“霊”によって信仰、ある人にはこの唯一の“霊”によって病気をいやす力、

12:10 ある人には奇跡を行う力、ある人には預言する力、ある人には霊を見分ける力、ある人には種々の異言を語る力、ある人には異言を解釈する力が与えられています。

12:11 これらすべてのことは、同じ唯一の“霊”の働きであって、“霊”は望むままに、それを一人一人に分け与えてくださるのです。

2019年9月29日

3:12 あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。

3:13 互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。

3:14 これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。

3:15 また、キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。

3:16 キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。

3:17 そして、何を話すにせよ、行うにせよ、すべてを主イエスの名によって行い、イエスによって、父である神に感謝しなさい。

2019年9月28日

★《東北教区》 台湾との交流

宣教協約の実質化のため

 7月15日から20日まで、台湾基督長老教会の青年修養会に参加した。2018年東北教区総会において台湾基督長老教会嘉義中会との宣教協約が締結され、実質化を図り、先方より青年の参加を呼びかけられたことがきっかけである。今回、会津北嶺高校より生徒有志8名の参加が許された。

 会場となった鹿谷郷は、台湾有数の茶の産地である。茶席を通して、神様が共におられ聖霊の働きを感じようという趣旨の修養会だった。趣旨通り、日中は茶席の基礎知識を座学し実践として茶席作法を学び、夜は聖書の学びとテゼの祈りを行うプログラムが組まれた。

 今回最も印象に残ったのは、最終日に行われた愛餐である。お茶とバナナをいただいた。

 茶とバナナは、台湾における重要な産物ではあるものの、戦時中イギリスや日本の統治によって持ち込まれ、生産を強いられたものであり、台湾にとって痛みのしるしでもある。

 その一方、日本も戦争によって大きな痛みを負った。互いの痛みを分かち合い、双方の歴史を認識し理解することによって、本当に愛し合うことができる。だから、イエスが私たちのために負われた痛みに重ね合わせ、お茶とバナナを共に味わおうと語られ、愛餐を共にいただいて、主イエスの愛が満ち溢れる中で、真の和解がもたらされるよう祈りをささげた。

 台湾の方々の深い愛情を感じ、今後も続く交わりの中で、さらに良い関係を築く祈り願いに応えられるよう歩んでいきたいと固く思う時となった。

 宣教協約締結によって新たな導きがもたらされ、会津の高校生に今回のような出会いと交わり、学びの機会が与えられた。

 主の豊かな恵みに、深く感謝する。(新田恭平報)

 

★《奥羽教区》 ユースサマーキャンプ

長年にわたり続けられてきた

 奥羽教区ユースサマーキャンプ(ユーキャン)は今年で66回目となる。共同生活の中で自分のこれからを見つけて行く場である。おおまかなプログラムの中、キャンパーとヘルパーは、自然に自発的に交わり打ち解けた。楽しく、元気に、賛美し、祈り、働き、食べた、8月7〜9日の三日間だった。

 今年は北東地区が開催地で、奥中山教会を会場に寝泊まりし自然の恵みを感じた。中高生キャンパー4名。ヘルパー5名、スタッフ5名。ヘルパーはユーキャン経験者で世代がキャンパーに近く、海外の方もいて色々な賜物を出し合い、今までの積み重ねに新たな形を加える。今年は食前にフランスの賛美を歌った。食事は自炊で協力し作る。朝食にはカナン牧場のできたてのパンを食べるのも楽しみだ。

 一日目の夜は、奥中山教会の祈祷会に出席した。その後、北上川と馬淵川の源流の西岳の麓の温泉へ。街灯は全くなくなり、宇宙の中に置かれ、声のない神の御業を感じる。暫く静寂の星空を観察、流れ星に感激した。

 二日目はカナンの園のアドナイ・エレで、羊の毛で壁掛け作りを体験した。それぞれの個性が出る。長年働いてきた戸田睦子さんから、カナンの園の歩み、自身の歩みを聞き、人に寄添うことの大変さ、また大きな喜びがあることを教えられた。昼食後「いわてこどもの森」に移動しレクリエーション。夕食は豪快にバーベキュー。続いてキャンドルサービスで蝋燭を囲んでユース全員の証を聞いた。

 三日目はアルバムを作った。閉会礼拝では、「イエスは弟子たちにこういう自然の中で教えた。ここで得たことを次へと伝えることは新しい気付きのきっかけを与える」と締め括られた。帰るときは皆笑顔で「また来年」と別れた。ここでの体験をこれからの歩みの中で活かし、成長した姿でまた会うのを楽しみにしている。(小友 睦報)

 

★《西中国教区・東中国教区》 山陰ファミリーキャンプ

教区を越えたプログラム

 西中国教区山陰東分区と東中国教区鳥取県西部地区では、毎年夏に「山陰ファミリーキャンプ」を共催している。

 今年は8月7〜9日、岡山・真庭市の「蒜山バイブルキャンプ」で行い、32名の参加があった。両区外からも多くの参加がありにぎやかなキャンプになった。

 子どもたちを中心としたプログラムになってはいるが、ファミリーを名乗る以上、大人の参加者にも楽しんでもらえるようにしている。こちらから押し付けてしまわずに、参加者が自分でこの二泊三日を楽しんでもらうよう配慮している。

 続けて参加してくれている子どもたちは、あっと言う間に1年のブランクを埋めて一緒に楽しむ。新しい子どもたちもそのペースに巻き込まれ、誰が初参加だったかわからなくなってしまう光景にいつも感心させられる。そんなメンバーとともに礼拝をし、バーベキュー、川遊び、ゲーム、花火やナイトウォークなどのプログラムを楽しむ。

 参加している子どもたちの教会との関わりも様々だ。家族と共に毎週のように教会に通っている子どももいれば、キリスト教に触れるのはこの二泊三日だけという子どももいる。そのような子どもたちが、大自然の中で、仲間と一緒にキリストの愛にふれる機会になればと願っている。

 教会単独ではこのようなプログラムを持つことができない教会が少なくない。参加者を送り出すのも難しい中で、このキャンプの意義を認め大切にしてくれている両分区・地区内諸教会の思いによって続けられていることも強く思わされる。(奥田 望報)

PageTOP
日本基督教団 
〒169-0051 東京都新宿区西早稲田2-3-18-31
Copyright (c) 2007-2026
The United Church of Christ in Japan