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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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【4814号】荒野の声

2015年2月7日

 かの先輩牧師から「荒野の声、苦労してるね」と、再度声を掛けてもらった。新報をよく読んでくれている証し、とありがたく助言を聞いた。苦言、批判、非難とあまり動揺の振幅が振れなくなった。鈍くなったのか、図太く、顔の皮が厚くなったのか。慢心でないことを祈るばかりだ。▼パウロは、神の武具を身に着け、帯を締め、胸当てを付け、しっかりと履物を履き、盾、兜、剣を取れ、と言った。実際の鎧ではない、実際の剣ではない。堅牢な鋼や皮で出来た武具を身に着けずとも立っていられるのは、キリストの臨在と聖霊の内住を得ている者たちの実感でなかろうか。空っぽの胸は吹きまくる風に右往左往するが、満たされた胸は風を耐えるしなやかさ、強さを持つ。強かな足は一歩でも前に福音を運ぶ。▼けれども、その強さは、世界を動揺させるような原理主義者たちの持つ破壊的、暴力的な力ではない。教会は十字架にあげられたキリストを仰いできた。人の貧しさにまで、神の御子が身を低くしてくださったことを信じてきた。人の力は、そこに全く無に帰したことを覚えてきた。人の誇りも絶望も、十字架は終わりを告げている。▼受難節を迎える。高ぶりを打ち砕かれて、落ち込んでゆく魂を高く引き上げていただいて、良き悔い改めの季節を過ごしたい、と願う。

台湾・第3回キャンプ実施

 2015年、新年明けてすぐの1月4日~7日まで第3回こひつじキャンプin台湾が実施され子ども13名、保護者7名、スタッフ5名の計25名が参加した。

 最初に渡された行程表に私は驚いた。2日目のプログラムでは10時~12時「遊覧船での自然観察と浜辺での水遊び」、13時~17時30分「公園での自由遊び」というような大枠のプログラム立てだったからだ。子どもたちが飽きるのでは、という私の心配をよそに、汗ばむほどの陽気の浜辺で子どもたちは砂遊びをし、打ち寄せる波の水しぶきを楽しみ、かにを捕まえては掘った潮だまりに入れて眺めていた。

 午後からの4時間半はドッチボール、サッカー、バスケットボールと1つのボールで屋外コートを縦横無尽に駆け回わり、鬼ごっこをして遊ぶ。広場ではボール遊び、凧あげ、シャボン玉飛ばしだ。初めて会う子ども同士でも外遊びを通してすぐに打ち解けている。

 「見て! こんなに葉っぱ集めたの」。6歳の女の子がビニール袋に集めた葉を見せにきたが私の反応は鈍かった。それを見てお母さんが私にぽつりと声をかけた。「うちでは葉っぱ、禁止だから」。放射能の実質被害の脅威の中で生活されている方々の思いに、私自身が寄り添えずにいたことを感じずにはいられない。

 子どもたちを放射能から少しでも守りたいという家庭にとって保養キャンプへの参加は欠かせないという。だから「初参加を優先するのではなくリピーターの家庭にもチャンスを広げて欲しい」。こひつじキャンプにかける思いの大きさを知った瞬間だった。「台湾の人と仲良くできるだろうか」。心配を口にした子どももいたが、口碑小学校とスポーツ交流した時の喜び一杯の笑顔に、「ここには国境はない」という羅仁貴議長の言葉を実感した。

 今回、台湾基督長老教会、台南中会、宿舎を提供して下さった左鎮教会の皆様に深く感謝すると共に、日本基督教団の各個教会とパートナーシップが持てたらという願いを示して下さった関係者の皆様に心からの謝意をお伝えしたい。(青木麻里子報/東梅田教会伝道師)

 

仙台・仮設自治会と共に準備、開催

 エマオ仙台がずっと関わっている七郷中央公園仮設住宅で、12月20日クリスマス会が開かれた。クリスマス会を手伝うのは、今回で3回目になる。

 60世帯規模の仮設に現在住んでいるのは24世帯50名で、これが年明けにはさらに20世帯まで減る。仙台では少しずつ仮設から復興住宅への移動が始まっている。2015年度中にほとんどの方が仮設を離れることになりそうな中、これが最後のクリスマス会になるかもしれないというのが、仮設の方々の思いだった。

 自分たちだけではなく、隣のもっと小さな仮設である荒井7号公園仮設住宅と荒井2号公園仮設住宅、そして仮設を出た方や近隣に住む借り上げ仮設に住む方々にも声かけした。仮設自治会とエマオでの準備には2ヶ月をかけた。

 当日、知的ハンディを持つSさんがサンタクロース役をした。笑顔をキラキラ輝かせてSさんが、「おめでとう」と言いながら一人一人にプレゼントを手渡した。一杯になった集会所に、神さまからの深い祝福が溢れていた。

 しかし同時に、一体いつ仮設を出ることが出来るのか、見通しが立たない方も、被災地には沢山いる。

 イエスの誕生は、「神さまが私たちと共にある」(マタイ1・23)という福音を伝えているが、その神さまに生かされている私たち教会には、「仮設に残されている方たちと最後まで共にある」ことが、求められていると思う。(佐藤真史報/エマオ仙台専従者)

 

石巻・子どもたちに遊び場を

 エマオ石巻は、事務所のある地域の小学生たちを対象にした「いしのまきっこ広場」を毎月開いている。

 石巻では仮設住宅に住む子どもたちに遊び場がなかったり、元の生活に戻った家族も親御さんが生活再建のために手いっぱいだったり、地域の公園が津波被害からいまだ復旧できていなかったりといった事情があり、子どもたちの遊び場となればとの思いから開かれている。

 夏休みや冬休みには数日間の特別プログラムも組む。その第16回目を2014年12月24〜26日毎午後、釜会館という近所のコミュニティセンターで開いた。各日13〜18名の子どもたちが参加した。スタッフ3、4名のほかにボランティアワーカーも4名かけつけた。3日間とも前半は冬休みの宿題をやり、後半はスタッフとワーカーがアイディアを出しあって準備した企画を行った。

 1日目は、つたのリースに木の実やドライフラワー、クレープ紙などを自由に飾りつけた。

 2日目はクリスマス会として、クリスマスプレゼントに到達するためのクリスマスじゃんけんや謎解きゲームをした。その後、用意されたゼリーに各自お好みでトッピングしたパフェを食べた。

 3日目はビニールで凧をつくって揚げた。晴天に強風という絶好の凧揚げ日和だった。

 子どもたちは部屋の中外問わず元気いっぱい走り回り、笑い声溢れる3日間だった。被災経験をそれぞれに抱えた子どもたちがたくましく生きる姿に希望を感じたクリスマスだった。
(深谷有基報/エマオ石巻専従者)

 2014年11月19日に、第39総会において選任された監査委員3名(服部能幸・神奈川教区、奥山盾夫・東京教区、辻康・中部教区)と退任する2名の監査委員(寺門文雄、岩澤嵩)とで、引き継ぎのための新旧合同委員会を、教団会議室において開催した。

 その際、新監査委員への引き継ぎ事項として、公認会計士(任意)監査の必要の有無について、また、経理規定等の整備による内部統制の一層の確立の急務であることなど多くの意見が述べられ、新旧の委員で共有することができた。

 また、今期の重要な課題としては、引き続き、東日本大震災特別会計が重要な関心であることに変わりがない旨が確認され、12月11日に、当該会計の進捗状況について監査を行うことが確認された。その上で、12月11日の当該監査においては、被災教会等への「長期貸付金」の状況と、その20年間にわたる返済計画について、計良祐時財務幹事の下で作成された資料を検討した。その中で、資金の状況について意見を聞くと共に、資金繰りについて充分に慎重であって欲しい旨、意見を述べた。(服部能幸報)

中村 博氏(隠退教師)
 14年12月26日逝去、83歳。和歌山県に生まれる。59年に同志社大学大学院を卒業、同年より岡山博愛会、長岡、水沢、新潟、松山、コイノニア、倉吉教会を経て、00年に隠退。
 遺族は、妻・中村まき子さん。

泉 琉江氏(隠退教師)
 15年1月8日逝去、95歳。沖縄県に生まれる。44年に日本基督教女子神学専門学校を卒業、46年より福岡中部、犬飼、浜田、隈府、瀬高教会を経て、86年に隠退。

 青森松原教会は、本年10月に創立124年を迎えます。私が赴任してから3度目の冬を迎え、毎年様々な気づきが与えられています。

 1年目に気づかされたことは、教会が地域の方々に知られていないという現実でした。現在地に移転してから約30年。タクシーに乗っても場所がわからない、毎年行なっている行事チラシを配布しても「初めてやるの?」と聞かれる。「まず教会の存在を知っていただかなければならない」との想いを、強く抱かされた初年度でした。

 2年目に入り、通りに面した場所へ、夜はLEDライトで光る大きな案内看板を設置し、各案内チラシも配布範囲を拡大、町会の様々なイベントに携わり、教会ホームページを開設、教会フェイスブックも開始しました。

 地域との交わりが密になるにつれ、少しずつ地元にも教会の存在が浸透していきました。町会役員やその家族たちが伝道集会等に出席してくださるようになり、町会の回覧板に伝道礼拝のチラシを挟んでくださるようにもなりました。

 毎年与えられ始めた受洗者、毎週通う求道者の増加。少しずつ教会に活気が戻ったように感じ始めた2年目の終わり頃に、はたと気づかされたのは、それと反比例するかのように大きな勢いで沈んでいく青森県の現状でした。若者を中心に毎年1万人を超える人々が県外へと流出していきます。

 どれだけ伝道に力を入れようとも、それ以上の勢いで街全体が沈んでいく。このままではいけない。青森をどうにかしなければいけない。そのような想いで、青森を愛し、青森を元気にしようという取り組みに関わるようになりました。

 街づくりや、地域活性化を中心とした様々なセミナーに参加し、多くの学び仲間が与えられ、その仲間たちが教会の様々なイベントを手伝い、参加してくれるようになりました。そこで与えられたつながりから、八戸市教育委員会主催の中学校全校集会で、青森の活性化についての講演を依頼され、青森市や弘前市でプレゼンの機会を与えられるようにもなりました。

 けれども、私はあくまで「教会の牧師」です。何か新しい事業を始める訳でも、社会運動を行う訳でもありません。すべては伝道のための業です。なぜ牧師が、教会が、青森の元気についての夢を語るのか。それは、教会が古来より、「教育」と「文化」の発信地だったからです。教会から学校が生まれ、教会から音楽や美術といった芸術、文化が生まれ、そこに多くの人々が集うことによって新しいものが生まれた。地域のコミュニティの場であり、新しい創造の場、それが教会だと思うのです。

 忘れ去られた小さな街、ユダの地ベツレヘム。もっとも卑しい仕事と言われた羊飼い。クリスマスの物語には、もっとも救いを必要とする者の所へ、最初に福音が届けられた出来事が記されています。

 進む高齢化。止まらない人口の流出。貧困。人々のあきらめ。青森県や奥羽教区が抱く厳しい現状。しかし、そのような弱さにも目を注いでくださるお方がおられます。その救いの約束が十字架と復活にさやかに示されているのです。その確信を胸に、これからも地域に根差した福音前進のための働きを、続けてまいりたいと思います。

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