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日本基督教団 The United Church of Christ in Japan
 
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【4731号】宣教師一人ひとりの活躍を祈り 第1回宣教師人事委員会

2011年9月10日

第37総会期第1回宣教師人事委員会が、7月27日(木)、教団会議室において開催された。
委員会の組織がなされ、委員長に田村博、書記に山田謙を選出した。さらに潮義男、田中弘志、吉岡光人の5名で委員会を構成する。田中委員は宣教協力学校協議会からの選出であり、W・ジャンセン宣教師には、従来どおりに常時陪席してもらう。
この委員会は、世界宣教委員会のもとにある小委員会の一つであり、日本基督教団の宣教師として働くことを希望する教職信徒を海外の諸教会から受け入れるための人事を扱う。
今回の委員会では、前期までの案件や協議事項などの申し送り事項を確認し、各地で働く宣教師の動向を受け止め、前回の委員会(2011年1月)以降に新たに宣教師となって来日することを希望している人たちの申請について協議した。
宣教師になることを希望する多くの人が、海外の教会(教派)において研修を受け、精密な評価がなされて詳細な文書と共に推薦されることに、宣教師の働きへの大きな期待を感じた。宣教師を派遣する海外の諸教会との関係がこれからも良好であることを願う。宣教師一人ひとりの日本での活躍を祈りたい。
一方、期待していた働きができず帰国する宣教師があることは残念でならない。日本の教会・学校の正確な情報を発信・取得することの大切さを思わされる。
昨今、外国籍の神学生が教団の教師となり、宣教師にならないままで各個教会・伝道所の担任教師として招聘されるケースがあるが、宣教師ではないのでビザの取得に影響がある。また、海外の教会の教職が各個教会・伝道所に招聘され、宣教師にならないままでいる場合も同様である。特に伝道所には法人格がないので、ビザの取得は一層困難である。宣教師となって働きに就くことができるよう配慮してもらいたい。
また、教団関係学校の中には日本基督教団の宣教師でなくても招聘する方針を新たに打ち出した学校があり、今後の推移を見ていきたい。次回の委員会は11月16日(水)。
(山田謙報)

8月5日、東京山手教会会議室にて、教団救援対策本部第4回会議が開催された。
開会の後、震災関係の募金の状況として、東日本大震災緊急救援募金(6月末で1066件、9441万8359円)、東日本大震災救援募金(8月2日現在で61件、727万594円)、海外からの献金(7月25日現在で1億302万8183円および35万ユーロ)の報告がなされた。
活動としては、日本キリスト教会館1階の11号室に、教団救援対策本部事務局開設の準備を進めていること、東北教区被災者支援センター(エマオ)における主にボランティア関連の活動、石巻築山におけるワーク拠点立ち上げの準備状況、遠野における自殺防止センター活動拠点立ち上げの準備状況等が報告された。
なお、これらの活動報告については、活動全体の計画を示す工程表を提示すべきであるとの意見が出された。
続いて、日本キリスト教社会事業同盟における被災地へのスタッフ派遣等の計画が報告されたほか、陪席の片岡輝美氏より会津放射能情報センターの活動報告、野田沢教師(SCF主事)より東北教区被災者支援センターの石巻でのボランティア活動報告等がなされた。
また、奥羽、東北、関東の各教区議長より、被災教会・施設等の状況と再建・補修計画の見通し、教区としての支援の取り組み(教会関係の被災者へのお見舞いなど)、さらに、各教区に直接寄せられた献金の状況(初動対応のために教団から送金した分を除き、3教区合計で約1億円)等の報告がなされた。
協議においては、国内における救援募金に関して、目標達成のために全国の教会が、被災し傷ついた教会と祈りを共に合わせて行くことを確認し、募金活動の具体的な取り組みに至るまで時間をかけて話し合った。また、海外の教会(教団)への支援要請のための報告書作成について確認した。
その他、今後の被災教会への支援のあり方、資金繰りのための一時貸出の検討、緊急シンポジウム開催準備、9月11日に向けての議長談話の発表等を検討した。次回(第5回)は、9月9日、教団会議室で開催する。
(雲然俊美報)

第37総会期第2回宣教委員会は6月29日(水)~30日(木)、教団会議室にて開催された。
常議員会での「救援対策本部」の設置、「海外献金プロジェクト」の可決が報告された。他、常設専門委員会、自主活動団体からの諸報告を受けた。その中で「伝道方策検討委員会」設置経緯が詳しく説明され、特に次のように報告された。
「委員会は、今のところ『伝道局』設置を将来に見据えて、教団内伝道団体との協働を模索しつつ具体的な伝道事例を研究している。」
その後、2012年3月に開催予定の「宣教方策会議」について協議がなされた。活発な議論を促すべく、先ず張田眞委員長から宣教方策会議の主題に関して提案・発題があった。
張田委員長は、「宣教基礎理論」(1963年)、「社会活動基本方針」(1966年)を振り返り、さらに1969年に勃発した教団紛争が教団の「宣教論」にどのような影響を与えて来たかを次のように語った。
「会議の正常化は何とか果たしたが、信仰職制上の不一致がもたらす混乱と伝道の低迷は深刻な形で今も続いている。本来、教団における『宣教』『伝道』はどうあるべきか、その定義を求め篤い議論が展開された。やはり、教団の『宣教』『伝道』は聖書と教団信仰告白に基づいて定義がなされるべきである」。
協議の結果、主題は「伝道と伝道協力」、副題として「共通理解と協働を求めて」を掲げることとした。また、「伝道」に関する講演を神学者に、「伝道協力」は社会事業同盟関係者に依頼する。
社会事業同盟施設、キリスト教主義学校、幼稚園、保育園の現場からは「キリスト教についてちゃんと教えて欲しい」との要望があることが紹介され、教会(教団)と関係施設・団体との関係回復により伝道の大きな前進が期待されている。
最後に、被災教会を慰め励まし、支援へ呼びかける言葉として「東日本大震災に関する宣教委員長声明」を宣教委員会より出すことが承認された。
会を閉じるにあたり、石井錦一委員が閉会祈祷を捧げた。
尚、次回は10月3日(月)~4日(火)の開催を予定している。
(具志堅篤報)

あの未曾有の大震災から6か月になろうとしています。夥しい数の命が奪われ、壊滅的被害とそれに伴う精神的ダメージは計り知れません。
大船渡教会の牧師から、捜索により明らかに大震災以後とみられる遺体が発見されることがあると、また大船渡教会にも犠牲者があり、大船渡教会を支えてきた医師は検視中に倒れ脳死状態にあるとお聞きしました。
主の慰めと助けを求める祈りと礼拝の時を、日本基督教団主催で大船渡教会で開きます。大震災で愛する者を失って絶望的悲しみの中にある方々を覚え、家を流され生活の基盤を失って明日への希望を見いだせない方々を覚え、また、懸命に復興の為に働いている方々を覚え、ボランティア等被災した方々を懸命に支援している方々を覚え、大船渡教会での祈りと礼拝に全国の日本基督教団の教会の祈りを合わせていただくことをお願いします。
911246(9月11日2時46分)この時を覚えて祈り合いましょう。
2011年8月25日
日本基督教団総会議長 石橋秀雄

求道・信仰について濃密な語りあい

8月11~13日、北海道・北広島教会を会場として「キリストと教会に仕える」有志の会主催、青年夏の修養会が開催された。遡ること30年以上前より、札幌周辺にある複数教会が合同の青年プログラムを行ってきた。その交わりをふまえた上で、今回はより広く道内全域の教会へ呼びかけ、修養会開催の運びとなった。また一昨年、プロテスタント日本伝道150年記念大会・献身修養会に北海道からも参加者があり、ぜひ北日本の地でも献身修養会を開催したいとの願いと幻が、教会青年と教職の間に起こされ、今回の開催へと至ったものである。日本基督教団内の有志伝道団体である日本伝道会(小島誠志代表)と全国教会青年同盟(林田秀彦理事長)も計画に賛同し、協力した。

帰るべき場所をもつ人生

講師として、小林克哉牧師(西中国教区・呉平安教会、教団伝道委員)が招かれた。師は北海道出身の伝道者である。小樽聖十字教会で求道・受洗やがて召命を受けて神学校へ進み、卒業後は呉の地で牧師として務めを与えられ、西日本教会青年同盟の設立に参加した。「キリストと教会に仕える」自らの歩みを振り返りつつ、聖書からのメッセージをときにユーモラスに、ときに熱く、修養会参加者へと語った。第1日目の講演は、ルカによる福音書15章11~32節に基づき、「帰るべき場所をもつ人生-教会に仕える-」とのテーマで語られた。
この聖書箇所で父親は神を表し、兄と弟は私たち人間を表す。人間は本来、神の許にいるべき存在として示されている。弟息子は父のもとを離れて生きることを願ったが、しかし彼の財産はすべて父から与えられたものであった。人は何一つ自分で手に入れたものはなく、神から与えられて生かされている存在である。弟息子は父から離れた生活で「自由?」を満喫するが、与えられたものを無駄遣いし、自分の思い通りに生きた結果、生活は破綻した。弟息子は、父親から離れた生活で自分自身を見失った。そして求めた「自由?」が、かえって不自由であることに気づいた。そこで初めて「我に返って」自分の本来あるべきところ、「帰るべき場所」が父親のもとであると知ることになる。自分に帰る資格(救われる権利)などないと知りつつ帰ってきた弟息子を、父親は走り寄り抱きしめて大歓迎する。神の喜びは、見失われていた者が立ち帰ることにより大きなものになった。「死んでいた者が生き返る」すなわち新しい命に生きる者とされる。立ち帰った弟息子は、父親のもとで喜びをもって仕え、働いたであろう。帰るべき場所=教会の礼拝は、そこで仕えて生きていく場所を示している。そして罪人である人間は、自らの力で人生を完成させることは出来ない。神に支えられてこそ、私たち人間の歩みは確かなものとされる、と結ばれた。

人生の沖にこぎ出す

2日目はルカによる福音書5章1~11節により「キリストに仕える-人生の沖にこぎ出す-」と題して講演がなされた。ペトロたちの召命記事とされる箇所であるが、神の言葉を聞こうと多くの人々が押し寄せている中で、当初ペトロにとってそれは他人事に過ぎなかった。そして彼は、一晩中働いて雑魚一匹取れなかった虚しさを抱えていた。私たちの人生にはどんなに努力してもうまくいかない時がある。それでも明日に向かって生きていかねばならないと、網を繕って明日への備えをしていた。主イエスはそんなペトロに無理強いするかのように舟を出させる。そこで御言葉を一番近くで聞く経験をする。さらに主イエスは、今いる浅瀬から「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」とペトロに言われた。人は自分の経験の中で行動したがるが、そうした浅瀬から自分で立つことのできない沖へ出ていくよう勧められる。自分の経験や知識を超え、神の約束の中で漕ぎ出してごらんと主イエスは言われる。半信半疑だったかもしれないが、主イエスのお言葉に従ってみたとき、信じられない大漁を経験することになった。この出来事を一人でなく、仲間と共に経験する、そこに教会の姿がある。ペトロは大漁が自分の力でないことを知らされた。自分の経験や知識を打ち砕かれるとき人は、聖なる神を礼拝せずにはいられなくなる。そしてイエス・キリストに捉えられ、人生のステップアップへと導かれ、人間をとる漁師になる。私たちの人生にとって、究極的には、自分の計画や考えが問題なのではない。それ以上に神のお考えとご計画が重大であり、御心を求める祈りがそこに与えられる。一人ひとりへ迫るように力のこもった講演が語られた。

伝道スピリットに思いをはせつつ

2日目午後には、車に分乗して浦臼へ向かい、「北海道とキリスト教」の歴史を学ぶ時間をもった。1893年、武市安哉らが高知より移住し、信仰と教育による新しく理想的な社会共同体の建設をめざして聖園農場を開設した。後には、北見で北光社の経営にかかわっていた坂本直寛(坂本龍馬の甥)らも合流し、日本近代史とキリスト教の関わりについて、様々な遺産と課題を今に伝えている場所である。聖園農場ゆかりの場所や、記念館の展示を見学した。さらに先達たちの伝道スピリットに思いをはせつつ、武市安哉の墓前で祈り、聖園教会前で記念撮影した。信仰に基づく社会共同体の形成という彼らの理想は、その後の日本の辿った歴史と社会的現実の中にあって変遷を余儀なくされていった。けれども一つ確かなことは、彼らの存在の中核にあったキリスト教信仰、それによって立てられた教会は現存し、今なお地域に主の福音を伝えている。時代の隔たりを超えて、福音伝道に燃えるスピリットが21世紀の私たちにも委ねられていることを確認するひとときとなった。このほかにも紙幅の関係で紹介できないが、開閉会の礼拝はじめキャンドル・サービス、早天礼拝などあらゆる機会に「キリストと教会に仕える」との主題について御言葉に聞き、また教会で文字通り寝食を共にする中で、求道につき信仰について濃密に語りあう修養会となった。「こんなにも多くの牧師に囲まれ、教会に生きるという現実が身近になった」「悩みを抱えていたが、牧師たちのコミカルなやり取りに我慢できず吹き出してしまった。主によって明るさと希望を与えられた」「キリストにある人生を求めて、真剣に教会へ通いたい」これらは参加者の語った感想の一部である。北海道の地で開催された修養会は、参加したすべての者にとって、献身・再献身の恵みのときとなった。
(松本周報)


			
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