また、わたしは顧みて
知恵を、狂気と愚かさを見極めようとした。
王の後を継いだ人が
既になされた事を繰り返すのみなら何になろうか。
わたしの見たところでは
光が闇にまさるように、知恵は愚かさにまさる。
賢者の目はその頭に、愚者の歩みは闇に。
しかしわたしは知っている
両者に同じことが起こるのだということを。
わたしはこうつぶやいた。
「愚者に起こることは、わたしにも起こる。
より賢くなろうとするのは無駄だ。」
これまた空しい、とわたしは思った。
賢者も愚者も、永遠に記憶されることはない。
やがて来る日には、すべて忘れられてしまう。
賢者も愚者も等しく死ぬとは何ということか。
わたしは生きることをいとう。太陽の下に起こることは、何もかもわたしを苦しめる。どれもみな空しく、風を追うようなことだ。
太陽の下でしたこの労苦の結果を、わたしはすべていとう。後を継ぐ者に残すだけなのだから。その者が賢者であるか愚者であるか、誰が知ろう。いずれにせよ、太陽の下でわたしが知力を尽くし、労苦した結果を支配するのは彼なのだ。これまた、空しい。太陽の下、労苦してきたことのすべてに、わたしの心は絶望していった。知恵と知識と才能を尽くして労苦した結果を、まったく労苦しなかった者に遺産として与えなければならないのか。これまた空しく大いに不幸なことだ。まことに、人間が太陽の下で心の苦しみに耐え、労苦してみても何になろう。一生、人の務めは痛みと悩み。夜も心は休まらない。これまた、実に空しいことだ。
人間にとって最も良いのは、飲み食いし
自分の労苦によって魂を満足させること。
しかしそれも、わたしの見たところでは
神の手からいただくもの。
自分で食べて、自分で味わえ。
神は、善人と認めた人に知恵と知識と楽しみを与えられる。だが悪人には、ひたすら集め積むことを彼の務めとし、それを善人と認めた人に与えられる。これまた空しく、風を追うようなことだ。






