【4882号】セクシャル・マイノリティ理解を求めて

 去る3月27日、教団会議室にて部落解放センター主催の「第31回神学校等人権教育懇談会」が開催された。8つの学校から9名の教師と部落解放センター担当者を合わせて21名の参加があった。この懇談会は神学教育・キリスト教主義教育における人権教育の深化と発展を求めて、積み重ねられている。

 今回の主題は「教会内外におけるLGBTセクシャル・マイノリティ差別について」だった。LGBTセクシャル・マイノリティの理解は教会内外に広まりつつあるが、まだまだ根強い差別と偏見があると言わざるを得ない。日本基督教団において同性愛者が牧師になることを巡って激しい議論が起こってから20年が経過した。この課題を今日的視野から問い直すと共に、セクシャル・マイノリティについてより深く学び、無意識にも意識的にも差別をしない福音共同体の形成と発展を求めて、今回の懇談会は行われた。

 森なおさん(加古川東教会)による開会礼拝の後、松見俊さん(西南学院大)から、西南学院におけるセクシャル・マイノリティの人権に関わる取組みの報告を受けた。そして平良愛香さん(農村伝道神学校)より発題を受けた。平良さんは、セクシャル・マイノリティについての基本的な理解を提示しつつ、教会における差別の現実を指摘した。

 発題後の懇談では、20年前からの議論が未だに同じところに立ち止まっている現実が明らかになった。部落解放センターは「同性愛者は牧師となるべきではない」という理解は差別であると認識している。教会が差別をしないために、今後もこの課題に向き合い対話を継続していくこと、そのために次年度も同じテーマで行うことを確認して会は閉じられた。

 森なおさんの礼拝メッセージと平良愛香さんの発題の概略は、部落解放センター機関誌「良き日のために」14号に掲載されている。(斎藤成二報)

【4882号】周縁からの宣教

 3月8日から13日にかけて世界教会協議会(WCC)の世界宣教伝道会議がタンザニア・アルーシャにて開催された。テーマは「霊に導かれて進むことー変革をもたらす主の弟子となることへの招き」だった。全体で1000名以上、日本から10名が参加、教団世界宣教委員会からは、野川祈氏(国立)と三浦洋人氏(仙台北)を派遣した。

 会議は、礼拝、聖書研究、社会と教会が抱える課題についての発題とワークショップから成り、特に10日は「周縁からの宣教」(Mission from the Margins)というテーマで障がいを抱える人、少数民族、移民、女性等から発題があり、討論する時間があった。ここで言う周縁とは社会から弾き出された弱者を指す。確かに周縁に置かれている人々に眼差しを注ぐことは極めて重要であるが、「周縁や少数者という言葉を用いること自体が、中心にいる自分たちと、そうでない人々を既に差別してしまう」という指摘もあった。

 会議にはイスラム教等、他宗教からも参加者があった。日本に存在する宗教は多様だが、他宗教であっても「隣人」として愛していくことが、この日本社会にキリスト者として生きていくためには大切なことと感じた。

 会議中至るところで現地教会の方々による迫力のある讃美やダンスに触れた。心を込め精神を尽くして主に讃美を捧げる姿を見て、文化や個人各々に適した方法があるが、主を讃美する姿勢を省みる機会となった。 (廣中佳実報)

【4882号】人ひととき 橋本 伊作さん 成長させてくださるのは神

 かつて「江戸優り」と言われるほどに栄えていた水郷の町・佐原には、屋号を代々引き継いでいる商家が多い。橋本伊作さんは「司佐野屋」に生を受けた。曾祖父は今年で創立130年となる佐原教会の当初からの教会員で、橋本さんは四代目にあたる。「あなたの家は教会守りなんて、よく言われますが」と、橋本さんは面映ゆげに目を伏せた。「人間に神様を守れるはずがありません。恩寵の中に置かれているのは私どもです」。

 教会に通うことを当たり前として育ったが、主との出会いはなかなか訪れなかった。千葉支区中高生修養会で、感動的な証しを語る仲間が羨ましかった。信仰ばかりでなく身近な事柄を、頑ななまでに真剣に受けとめ悩む十代を送る中で「その日の苦労は、その日だけで十分である」の聖句が心に沁みた。深く慰められ、今日を大切に生きることだけに集中しようと決めた時、心底から楽になった。

 高校2年で受洗した。救われた喜びは大きく、結婚して授かった長女には「今日」に通じる「杏子」をつけた。CS教師、役員として仕え、一昨年の会堂建築時は会計を担当し、建設のために働く中で、人の思いを超えて多くを与えてくださる主の恵みを知った。

 水に恵まれ、農地が広がる佐原で、肥料を中心とする農業関連資材を扱う会社を営んでいる。さらに、地元の仕事仲間と「小江戸」佐原の活性化をめざして興した街づくりの会社も16年目を迎えた。

 農家に美味な作物を育てる良い土作りの技術的な助言をしながらも、「土はひとりでに実を結ばせる」の御言葉を忘れたことはない。命も、すべての事柄も主が豊かに導き育ててくださると信じて、与えられたこの場とこの日を大切に生きてゆくことが橋本さんの祈りである。

クリスチャンホームに生まれ、佐原で肥料・農業生産関連資材販売業を営む。佐原教会員。

【4882号】アスファルトを突き破って

 3年前、教会駐車場のアスファルト舗装工事をした際、余ったアスファルトを、雑草で悩まされていた細長い隙間に敷いてもらった。工事担当者からは、「下地をきちんとやっていないから草が生えて来ますよ」と言われた。

 その言葉の通り、アスファルトを突き破って、草ならぬ、球根を全部移植したはずの水仙とチューリップが顔を出し、前よりも大きく育った。花の生命力の強さに皆驚いたが、埼玉から引っ越して来られた会員が本当に感動して見ていた。彼女は息子さん家族がおられる秋田に転居して来られたのであるが、冬の寒さと雪国の生活の厳しさにいささか気落ちしておられた。

 彼女が先日、「こんな記事がありました」と、新聞の切り抜きを見せてくれた。あるテレビ番組の紹介記事で、アスファルトの下は乾きにくく、光が当たりやすいので、植物の成長には好条件なのだとあった。植物学者の、「(植物にとって)ハッピーだと思いますよ」との言葉もあった。植物は移動できないので、自分が置かれた場所で成長することしかできない。どうしてこんなところに根付いたのだろう…と思うような所でも、そこが植物の成長にとって好条件である場合もあるとのことである。

 置かれた場所、遣わされた地で、野の花を装ってくださる神さまが備えられた恵みがあることの不思議さを思わされた。
(教団総会書記 雲然俊美)

【4880・81号】イースターメッセージ 復活の主は不安と恐れのただ中に 山本 一

その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」《ヨハネによる福音書 20章19~21節》

命のための行進ーヘッドライトの働きを担った高校生

 イースター・主の復活をお祝いいたします。

 ここアメリカで3月24日に歴史的な「命のための行進」が行われました。それは過日、フロリダ州で起こった銃乱射による高校生殺害の事件に端を発した銃規制を呼びかけるものでした。

 アメリカでは年間3万5000人が銃によって命を落としていると言われます。その内、子ども及び10代の若者は2500人余りで、これは一日に7人の若い命が銃で命を落としている計算になります(Everytown for Gun Safety Support Fund による統計)。ここでは子どもたちが、日本でいう地震の避難訓練のように、ロックダウン訓練と呼ばれる銃をもった人物の侵入に対応する訓練を幼稚園のときからさせられています。

 このような現実にも依然として銃規制の動きに進展が見られない社会に対して、事件のあったフロリダ州の高校の生徒を始め多くの人々が立ち上がり、憤りと嘆願の声を上げたのです。私自身、サンノゼの行進に加わるうちに、あのマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の言葉を思い出しました。

 公民権運動の指導者であったキング牧師は、1968年にバーミンガム刑務所の中から一通の手紙を書きました。それは人種差別の問題に口をつぐむ人々、とりわけ教会の穏健派の牧師たちに宛てて書かれたものでした。彼は「今の時代、悪意のある人々の嫌な言動だけでなく、善良な人々の恐ろしいほどの沈黙のために悔い改めなければなりません」と述べ「なぜ教会はヘッドライトよりもむしろいつもテールライトなのですか?」と疑問を呈したのです。

 アメリカ社会の闇の象徴とも言える銃の問題、長年解決できないでいる大きな課題に対して、悲しみと憤りを胸に立ち上がった高校生たちの小さな群れは、全米に広がる大きな平和を生み出すムーブメントを引き起こしたのです。彼らはこのアメリカ社会において、まさに闇を照らし、暗い道を切り開くヘッドライトの役割を担っていると感じました。  アメリカには銃だけでなく、麻薬、膨大な軍事力と軍事予算、高額医療費、貧富の差の拡大と社会が生み出すいくつもの大きな闇があります。ここに住むまで、そのようなイメージのためにアメリカに対する印象は良くありませんでした。

 しかし教団の宣教師として遣わされて4年半が経った今感じるのは、そのような社会の闇がある一方で、このフロリダの高校生たちのように、その闇に対して光を射すようなヘッドライトとしての働きが確かにあり、そこに教会が素早く、また力強く働きかけているということです。そのような働きが、この国を確かに支えているのだと感じるのです。

 

復活の主の励ましを受けて

 福音書には復活の主イエスとの出会いの話は実に様々記されていますが、ヨハネはユダヤ人を恐れて扉に鍵をかけて家の中に閉じこもっていた弟子たちの姿を描き、その家の真ん中に立ち「あなたがたに平和があるように」と声をかけ、励まし、この世へと遣わされた復活の主イエスの姿を描きます。それは当時の社会システムの中にあって、恐れと不安の只中にある小さな群れ(教会)を励まし、立ち上がらせる復活の主がおられるという信仰の証しなのです。

 あの2016年末の大統領選挙の日、教会の近隣に住むメキシコからの移民の方々がとても心配になりました。彼らの多くは貧しさ、治安の悪さゆえ命をかけて亡命してきた人たちです。恐れていた通り、選挙の直後、私たちの知人である一人が、ショッピングモールの駐車場で数名の人物に囲まれて「新しい大統領が就任した、お前たちは国に帰れ!」と脅された出来事が起こりました。

 その晩、その家族を含め20名ほどが近隣の教会に集まり、その不安を吐露しました。その時、私たちは手を握り、涙を流して「神は生きておられる、誰にも不当に人権を侵害させない」と共に祈りました。そして、そこから移民たちの連帯と平和を求める働きが新たに生み出されていったのです。

 私はそこに、復活の主の力を見るのです。復活の主と出会い、その命に生かされていくことは、恐れや不安を抱き小さくなっている者が立ち上がり、世の闇を切り開くヘッドライトの働きをする者へと変えられて行くことだと感じるのです。

 

この世の闇へ

 先日は「異国の地で神と出会う」をテーマに、ここサンフランシスコ・ベイエリアの教会の日本人の群れ「日語部」の集会を開きました。そこで日本から渡米してきた日本人がいかに苦しみや葛藤を抱えているかをあらためて知らされました。

 シリコンバレーの激しい競争の中にあって孤独に働く会社員、物価が全米一高いこの土地で子育てに苦しむ若い夫婦、日本人留学生は精神的に病み、自殺する者もある。アメリカで長年忍耐してきた高齢者は晩年、日本食も満足に食べられず、家族のいない高齢者の中には低所得者の入る小さな相部屋の施設で生涯を終えていく人もある。皆少なからず、異文化の中、マイノリティとして暮らすことの困難さを感じています。

 その中で新しく教会に繋がった方々がこの小さな群れ「日語部」と出会い、主の愛と希望を知ることができたと証ししてくれました。

 私たちアメリカで日本語を話す教会の群れは、決して大きな群れではありません。また社会のシステムの中にあって弱り、無力さを覚えています。しかし、この小さな群れが今日まで存続してこられたのは、復活のイエスが私たちの只中に来てくださり、私たちを同じ過酷な現実に苦しむ人たちのもとへと遣わしてくださっているからだと信じるのです。

 復活の主は、この世の様々な不安や恐れを抱える小さな私たちを力づけ、この世の闇を照らすヘッドライトとしての働きへと押し出してくださる。そのことを信じ、このイースター、復活の主イエスの励ましを受け共に世の闇へと力強く出て行きたいと願います。
(教団派遣宣教師/ウェスレー合同メソジスト教会)

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