【4576号】『信徒の友』四〇年の歩み(下) 信徒の霊性を養うことを使命に

一九六七年に佐古純一郎氏に替わって高見澤潤子氏が編集委員長となり、また石井錦一牧師が一九七二年から原田洋一氏に替わって編集長を務めた。教団紛争が渦巻く時代であったが、高見澤・石井時代は、編集委員たちの協力も得て教団内で様々な立場が林立する中で教団政治に直接関わることはできるだけ避け、信徒の信仰生活にもっぱら焦点を当てて霊性が養われるようにとの使命を自覚し編集されてきたと言えよう。その特集テーマを拾いあげてみてもこの傾向を確認することができる。
『信徒の友』の歴史はよき執筆者によって支えられてきた歩みであることを痛感する。三浦綾子氏の『塩狩峠』をはじめ、辻宣道氏による『教会生活の処方箋』、石井錦一氏の巻頭の祈りをまとめた『祈れない日のために』等誌上連載から単行本にまとめられたものも多数挙げることができる。連載がそれぞれの教会で話題になり、それだけ信徒の信仰生活に深く関わっている月刊誌となっていることがうかがえる。
特集テーマの選定もこれまで重要視されてきた。一方に教会暦などをふまえ教会生活の基本に立つことを据え、また他方マンネリ化しないように様々な展開が工夫されてきた。編集する側から一方的に読者に伝えるのではなく、いかにして読者の信仰生活に密着できるかが課題とされ、そこから信徒の生の信仰生活からの証しが大事な展開として採り上げられてきている。
一九九五年石井錦一編集長に替わって大宮溥氏が編集長に就任、同じく高見澤潤子氏に替わって小中陽太郎氏が編集委員長となった。この時代、より広い視点に立ち、総合雑誌的な性格をもつことが今まで以上に検討されていった時期となる。
今日一般的に書籍離れの傾向が指摘されている中で『信徒の友』の中心読者層は調査によると五十代以上の女性の信徒である。高齢化の現実が及んでいる中でいかに次世代の定期購読者を維持するかが課題となっている。
本誌が諸教会とのつながりを大切にしてきた点から言うと写真入りで掲載している「ここに教会がある」を挙げることができる。他の特集は変遷があるが、このコーナーはもっとも長く続けられ好評を得ている。一七〇〇を越える教団諸教会等の中で取材した教会はまだ半数ほど、今後もこれは継続される。
これからも本誌が諸教会の信徒に愛読され、それぞれの教会がキリストの体として成長し、信仰生活が豊かなものとされるよう願っている。また『信徒の友』に結集されたそれぞれの信仰に裏打ちされた力が、さらに日本の社会に広くキリスト教文化を造り上げていくことに貢献できるよう願っている。
(『信徒の友』編集長 古屋治雄)

【4576号】スイス・韓国・日本 教会協議会参加承認 スイス協約委員会

第34総会期第一回スイス協約委員会が、二〇〇五年三月一五日、教団会議室で開催された。今期委員は、鈴木重正氏(名古屋中央教会牧師)、中道基夫氏(関西学院大学)、そして廣石望氏(フェリス女学院大学)の三人である。互選により鈴木委員を委員長に、廣石委員を書記に選出した。
まずスイス・プロテスタント教会連合(SEK)とミッション21、さらに韓国の二教会(PROK、PCK)から提案された「第二回スイス・韓国・日本―三国間教会協議会」(二〇〇六年一月一八日~二五日、スイス・バーゼル)について協議した。協議会には内外から計一二の教会が招かれる予定である。私たちも上記日程で協議会に参加することが承認された。今回は、第一回協議会(二〇〇二年六月、韓国・ソウル)に基づき、「多宗教間対話」と「移住労働者問題」が主題となる。委員の合議を通して代表者(計五名)を選出することが承認された。
続いてチューリッヒ日本語集会が新しい説教者を求めている件について協議した。当集会の説教奉仕は、アンドレアス・ルスターホルツ牧師の来日後は、今年三月までの半年間、辻学氏(関西学院大学)が、研究休暇の間のご好意から担当して下さったが、その後のめどが立たず、集会の存続そのものが危ぶまれている。
二月には、辻氏を当面の連絡先として、財政支援に関する要請書が私たちに届けられた。SEKの窓口担当であるクリストフ・ヴァルトマイヤー牧師も、同集会の存続に強い関心を示しておられる。説教者および集会場所の候補について、状況はなお流動的と見える。協議の結果、私たちは当集会の意思を尊重し、また当地の教会との協約関係に基づいて、適任と思われる人がいれば紹介すること、また財政支援に関しては、当集会が自ら代表者を立てて、SEKその他の関係団体に対し財政支援の要請書を出すことを支援し、これにカヴァリング・レターを添付するために、世界宣教協力委員会に対し、当集会を「関連教会」と認めるよう提案することを承認した。
(廣石望報)

【4576号】宣教協約改訂20周年に当たり 重要課題に取組む台湾協約委員会

第34総会期第一回台湾協約委員会は、三月七日に日本キリスト教会館五階CoC会議室で行われた。
二月四日に開催された今総会期第一回世界宣教協力委員会で選任された、大宮溥氏、李孟哲氏、村山盛芳氏の委員全員が出席、互選によって委員長に大宮氏、書記に村山氏を選出した。
前総会期に台湾協約委員会が、常議員会の下にある委員会から世界宣教協力委員会の内にある委員会に変更になったことにつき、台湾基督長老教会側の理解を得るのに時間がかかり、前回の「日本基督教団と台湾基督長老教会との協約協議会」において認知された後ようやく活動することが出来たが、今期は直ちに組織できたことは感謝である。
今総会期は第十回の「教会協議会」が日本で開催されるため、その準備が重要課題のひとつである。十一月に東京で開催することを台湾基督長老教会側に打診することが決定された。場所は東京付近で、今年は「日本基督教団と台湾基督長老教会との宣教協約」が改定されて二十周年にあたるため、これまでの歩みの評価と将来に対するチャレンジについて協議をする予定である。詳細については、六月中に各教区に送られる要項をご覧いただき、祈って参加者を送り出していただきたいと願っている。
また、今年は台湾基督長老教会の宣教開始百四十周年記念の年であり、六月から夏にかけて多くの行事が予定されている。六月五日には記念式典が開催される。中華人民共和国との関係が微妙なこの時期、台湾基督長老教会の働きが今後も祝福され、平和の器として用いられることをお祈りいただきたい。六月末から七月にかけて三つの青年交流プログラムが台湾でもたれるので、積極的に青年を送り出したいと委員会は願っている。詳細は教団新報などに掲載されるので、ご覧いただきたい。
教団に属する台湾教会の負担金問題も、西東京教区所属の教会以外は未解決で、早急な対応が必要であること、北海教区に派遣される台湾からの宣教師に関しては、まもなく候補者が決定されるとの報告がなされた。
(村山盛芳報)

【4576号】荒野の声

▼フリージア、沖永良部百合、ミニチューリップ、匂い水仙。イースターの朝、いろんな球根類からたくさんの芽が出ていた。複雑な思いをもって、それを眺めた。▼去年の秋、体調を崩して、球根類の植え付けができなかった。夏に掘り上げ、日陰にしまっておいたものは、ほとんどを駄目にしてしまった。二〇年来の、大切な人の思い出が残る百合までも。にも拘わらず、植え替えの手間さえ惜しんだ、捨てられた、忘れられた草花が、芽を吹いている。▼一体どんな花を咲かせるのか。今年は花を持たないかも知れない。しかし、肥料も水もたっぷりと施り、夏には堀り上げて軒下に吊してやろう。秋には一番日当たりの良い窓辺の花壇を良く耕し、草木を焼いた灰をたっぷりと混ぜてから植え付けよう。▼イースターの翌日、埋骨式を執行した。一コリント15章を朗読する。ここ数ヶ月の間に、何度この箇所を読んだことか。その度に思う。この悲しい業が、神の国の花園に球根を植える業であって欲しいと。そして悔やむ、もっときめ細かい牧会ができたのではないかと。

【4576号】メッセージ

ヨハネによる福音書 二一章一~一四節

何か、食べる物があるか ジョイス・マギー

イエスのアンコール

ヨハネの福音書の二一章のところでは、イエス様がアンコールをします。友人との再会の場面です。
私たちはよく、すばらしいコンサートの後、感動した聴衆がミュージシャンを呼び戻す光景を見ます。するとたいてい、以前より親しみやすい、楽しい音楽を聞かせてもらえます。心と心が響き合うような親密な雰囲気に浸ることができます。それは正に新しいメッセージを伝えているように思われます。
ここでイエス様が弟子の前に現れたことが、同じような感じです。イエス様は夜の海から疲れきって帰ってきた友人たちのために朝食を用意するのです。ペトロは岸に立つイエス様を見ると、波の中に飛び込み、泳いでイエス様に会いに行きますが、これは音楽のアンコールと同様で、新しいエネルギーが突然満ち溢れたに違いありません。弟子たちはイエス様の言葉に従って、期待に胸ふくらませ、網をもう一度海に投げると、信じられないほどたくさんの魚を獲ることができました。
「何か食べ物があるか」とイエス様が個人的な質問をされ、大事な食べ物のことを持ち出されたのは、正に親密さを表されたことにならないでしょうか。
彼らにとっての魚とは、彼らの食べ物であり、彼らの仕事でもあるのです。魚が獲れないことは、飢えにも精神的な失望にも繋がります。イエス様は弟子たちが苦しい生活に直面することを知ってらっしゃいました。聖書ではPTSD(精神的苦痛、圧迫、無秩序)という言葉を使っていませんが、確実に彼らは衝撃を受けていたのです。以前の仕事である漁師に戻ろうと決め、普通の生活に戻る試みをしていたのです。
彼らが絶望していた時、イエス様は元の姿に戻って彼らの前に現れました。これは特筆すべき非常に大切な章であります。それは(出エジプト記3・6、6・7、 19・9)で神が使われた言葉に繋がってきます。神はアダムとイブと共に歩みました。神は自らを顕し、イスラエルとの出会いを創り出したのです。
イエス様も同様に自分自身の本質を私たちに知らせます。このフレーズでヨハネはイエス様が神であることを主張しています。
私たちは復活したキリストが王や全能の神として顕れることを期待しますが、決してそうではありません。イエス様は手厚くもてなすために使徒のところにやってきます。そのイエス様の友人たちは飢え、疲労し、失望しています。
イエス様は、火を起こし、魚の焼けたすばらしい匂いと一緒にそこに顕れます。これは彼らの生涯で最良の朝食であったに違いありません。イエス様は彼らにいかなる要求もしませんでした。彼らが逃げたり、物陰に隠れても叱りませんでした。宴に招待し、食事を用意さえしたのです。招待して、釣ったばかりの新鮮な魚を分け合って、彼らの価値観と自尊心を回復させたのです。

船員さんたちのため

夫と私にとって、この話はまた別の意味を持っているのです。というのも、この二〇年近く、私たちは海上で荷物を輸送する仕事に携わる船員たちと深く関わってきたからです。船員は海を渡って国から国へ物資を輸送する仕事で、それによってもたらされる多くの産物により、我々の日常生活は非常に裕福となり、生活レベルも高まってきました。スーパーマーケットにはおいしそうな食べ物が満ち溢れています。船がフルーツや野菜、穀物、肉、魚や異国の食品を運んでいるからです。彼らはまた木材や石、機械類、石油など我々が安楽に文明生活を楽しむのに必要な物資や、普段気付かない日常品などを輸送しているのです。
大きな船が、多くの場合男性ですが、ほとんど一年も家族と離れ、しばしば危険で孤独な環境の中で生活している人々によって動かされていることにまで注意をむけている人が世界中に何人いるでしょうか。海上での個人の時間は非常に制限され、ほとんどないに等しい者もいます。家族と話をするのも遠く離れた港から、時には数カ月に一度、テレホンカードを買えた時の何分かを確保できる程度です。
イエスの友人たちへの有り様は、わたしの街に入港する船員さんへの有り様をわたしに示唆してくれています。彼らは時に弟子がそうであったように、海上生活に失望している。彼らには浜辺での朝食は必要ではないが、交わりの場であるシーフェアラーズ(船員)・センターでの友好的な出会いは必要です。お茶やビールを飲んだり、自分の家にいるような雰囲気の中で会話を楽しんでいます。家族とコンタクトを取るために、コンピューターや電話を使っています。ときどき誰かと一緒に祈りたいと頼まれます。多くの船員は冷たい荒海に直面するとき、気持ちを落ち着けるための勇気づけの言葉を必要としているのです。
我々の場合、船員たちは漁師ではありません。しかし、世界中の多くの港では、漁師たちが、人道的な法律規制もない、非常に残酷で、訓練されてない産業に従事しています。世界の貧しい階級の人たちは船倉にいっぱいに押し込まれていたのです。そして、魚は市場に出され、金持ちの特権階級の人々に供されているのです。漁師たちは家族の元にめったに帰れず、報酬もほとんどなく奴隷のように働かされているのです。

エキュメニカル奉仕

シーフェアラーズ・センターは、入港した人たちと関わっていくため(ヘブライ人への手紙13・1~2)協賛した苫小牧市の五つの教会のプロジェクトです。
イエス様が、必要としている人々に一杯の水を与えるように、私たちに頼んだのです。私たちは自分たちが用意できる簡単なことを船員さんたちのためにしているのです。レクリエーションの場や電話設備、そして夕方の憩いの時間を提供しています。我々はまた港と街が遠く離れているため、船員さんたちが街にいくためのバスを用意しなければなりません。
彼らの話を一緒に聞き、分かち合うことが、彼らの尊厳を取り戻すきっかけをつくることになっているのだと思います。喜びや悲しみに耳を傾け、彼らのギターに合わせて一緒に歌を歌う。多くの船員さんたちが何回もここにやってきて、私たちと親しくなっています。彼らは私たちの港に家庭の温かさを見出しているように感じています。
ヨハネ二一章はイエス様がペトロに「わたしの小羊を養いなさい」というよく知られた話に続いています。イエス様はペトロをほかの人々を助ける仕事に送ります。ペトロはもはや悲しんでもいられず、人々を助けるために旅立つことになります。
この言葉は私たちへのメッセージでもありましょう。イエス様が身体的な飢えや感情的な傷や精神的な空虚感を癒したとき、そのようにすれば良いのだという例をお示しになっていたのです。彼らに魚を獲らせたときも、やはり、他者の必要に応じた奉仕をするようにという例をお示しになったのでした。
(宣教師 北海教区・苫小牧地区)

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