【4584・85号】平和聖日メッセージ

平和聖日はこの年、敗戦六〇周年ということもあってさらに重みと深さを味わされます。
ただ時間的節目ということだけではありません。憲法九条の改悪を軸とした平和憲法を破棄せんとする勢いがあり、教育基本法の改悪や日の丸・君が代の強制による自由の侵害、さらには首相の靖国神社参拝や過去の歴史理解の低さによる中国・韓国から投げかけられている不信感等々、平和に生きることを妨げる問題性の中にあって平和聖日を憶える意味は大きいのです。
平和は私たちが守るべきものに思われがちですが、実は平和が私たちを守っていることに思いを致さねばなりません。
「あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう」。(フィリピ四章七節)
神の平和に支えられてこそ、当面する平和を妨げる課題に向かい、取り組むことができるのです。
平和は平和運動というかたちをとったとしても抵抗運動、反対運動というスタイルだけを意味するものではありません。
一人一人が神の平和によって心と考えを守られて、平和をつくり出すわざへと召されていくのです。
従って礼拝を捧げること、伝道へと遣わされていくことは、平和運動に携わっていくことになることに自覚を旺盛にして行きましょう。
二〇〇五年八月七日
日本基督教団総会議長
山北宣久

【4584・85号】人ひととき 梅原絵里子さん

「野心」から「御心」へ

「教会に行ったのは、野心からでした」と梅原さんは笑いながら語る。小さい頃からの夢だった薬剤師になって梅原さんが最初に訪れたのは遠州栄光教会、彼女は「教会の人たちに自分の勤めている薬局を宣伝し、処方箋調剤の枚数を増やして仕事に成功したい!」と思っていたそうである。ところが、教会では彼女自身の思いとは別に、皆から暖かく迎えられ、礼拝をはじめ諸集会、諸活動へと参加するようになり、多くの出会いと交わりを経験した。そしてここに本来の自分の居場所がある、懐かしい場所に帰って来たと思うようになっていった。
しかし数ヵ月後、会社から転勤命令があり、その教会を離れなければならなくなってしまった。転勤後、梅原さんは大量の処方箋を処理する仕事、度々繰り返される転勤と人間関係の変化に疲れを覚えていた。そんな時、転勤先の近くの教会を訪れ、またそこでも暖かく迎えられる経験をした。そして、教会にはいつも自分の居場所が用意されている、どこに行っても、教会にイエス様が自分の居場所を用意していてくださることに気付かされた。やがてその思いは「自分の生涯を救い主イエス様に委ねていこう」との決心へと導かれていった。
その決心と相前後して不思議な出来事が起こった。最初に通った遠州栄光教会の教会員から新しい薬局の仕事を紹介されたのだ。梅原さんはもう一度浜松に戻り、遠州栄光教会で洗礼を受けた。新しい職場では患者の人たちと向き合って、時間をかけて話し合い、人格的関わりをもって仕事をする場が与えられた。そこに思いを遥かに超えて彼女の理想としていた職場が用意されていた。梅原さんの「野心」はイエス・キリストと出会い、「御心」の内に変えられた。「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」。

【4584・85号】お知らせ

★宣教師公募
任地=ドイツ・ケルン・ボン日本語教会

延長なし

/条件=教団正教師・ケルン市在住・独語力要他

/締め切り=一二月末

★EMSボランティア公募
任地=レバノン/ベッカ/ジョアン・ルドウィグ・シュネラー・スクール

/任期=六ヶ月

/条件=一八歳から二七歳

/締め切り=九月末日

/問合せ=世界宣教協力委員会(TEL03-3202-0544)

【4584・85号】隠退教師を支える運動

去る六月一五日~一六日、教団会議室にて標記の会を開催した。出席者は各教区と東京各支区の推進委員及び事務担当の二八名。それに教団総幹事竹前昇氏、年金局理事長小林貞夫氏、同業務室長青地恵氏の三名にも陪席を得て、合計三一名であった。
開会礼拝で、竹前総幹事より「霊の賜物」(第一コリント・一二章一~一一節)と題する説教があった。
多田信一委員長、小林年金局理事長の挨拶に続いて、二〇〇四年度の事業報告、決算報告などを承認したあと、年金局業務室長より「教団年金の現状」について詳しい説明を聞き、改めてその厳しさを認識した。
その後各推進委員から活動報告を聞いた。例えば教区内の諸教会を訪問して、丁寧に説明して推進活動に励んでいる委員、或いは教区や支区、地区などのあらゆる集会に出かけて行ってアピールをしている委員。ある教区委員からは「話を聞きたいから来て欲しい」との要請に応じて、その教会、地区の集会に出席して説明をしたなど、それぞれ参考になる報告があった。
しかし、昨年の教団総会で「教団年金危機打開に関する件」が否決されて以降、「隠退教師を支える運動」にとっても、新しい課題が与えられていることも報告された。目標である「参加教会七〇%」を目指して祈りつつ推進に励むこと、また運動の裾野を少しでも広げることと推進運動の継承の大切さなども話し合った後、閉会祈祷を以って終了した。
(多田信一報)

【4584・85号】牧師のパートナー

牧師のパートナーとして40年
篠原 節子
(鴻巣教会キリスト教教育主事)

牧師館に住んで

この世に生を受けたのが牧師館の一室であったと母から聞いております。亡き父が牧していた宮崎県・飫肥教会の牧師館でした。
それから数えて六〇有余年、未だに牧師館の住人であることは、主の深いみ旨と思い感謝して日々を過ごしております。
牧師のパートナーとなってから今年はちょうど四〇年、六教会六つの牧師館に住ませていただいたことになります。
教会と牧師館が離れている所もありましたが、礼拝堂や集会室の二階に住んでいた時は、元気があり余っている三児の子育てに、はらはらすることもありました。
一歳半の息子が二階から転落したこともありました(幸い右腕の骨折だけですみました)。
木犀の香り漂う牧師館
この秋までと古木見上ぐる
(「信徒の友」短歌入選歌)
九年間住み慣れた前任教会を去る前の秋に牧師館の庭に佇んで詠んだ短歌です。
今住んでいる六つ目の牧師館は一階が幼稚園、二階に礼拝堂と牧師館が向き合う位置にあり、玄関は一階に一つです。教会、幼稚園、牧師館の三つが一つの家族であることを、日々実感しながら楽しく暮らしています。

キリスト教教育主事として

私は一九六三年に日本基督教団からキリスト教教育主事として認定されました。以来、キリスト教教育主事として、主から召されたことを覚え、そこに使命があることを思い、牧師のパートナーとしての日々を歩んで参りました。  牧師が教会から招いていただくとき、私もキリスト教教育主事として招聘していただいて、現在は鴻巣教会キリスト教教育主事としての働きの場を与えられていることを感謝しています。
前任教会では、教会でのキリスト教教育の働きのほかに、教区や分区の教育部委員を十年近くさせていただきました。分区や教区のキャンプに欠かさず参加して、若い人たちとの交わりの時を楽しんできました。
現在は教会の教育的プログラム(教会学校、子どもとおとなの合同礼拝)に係わっていくと共に、幼稚園の合同礼拝や保護者の集い(聖書と賛美の会、PTA活動)にも参与させてもらっています。
地区内の教会から親子礼拝に招かれてメッセージをお伝えし、懇談する時も予定されています。
今年の一月から、近くの准看護学校で「患者の心理」の講座を持つ機会を与えられました。看護師を目指している若い人たちと共に病いや死と向きあっている患者さんにどうやって寄り添っていけるかを共に考えています。

共に歩む幸い

二〇〇五年八月二三~二五日、第一五回全国牧師夫人の会が松山で開かれます。二年に一度開かれるこの会に、ときどき私一人で参加していましたが、今回はパートナーと二人で参加する予定です。この会のテーマ「共に歩む幸い-心健やかに-」のように、主が備え給うゴールを目指して、支え合いつつ、地上の歩みを続けていきたいと心から願っています。

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