【4586号】出会う事の大切さを再認識 神学校等人権教育懇談会

本年六月二〇~二一日、滋賀県野洲市の近江平安教会及び野洲地域総合センターにおいて部落差別問題の現地研修を兼ねた第一八回神学校等人権教育懇談会が開催され参加した。
東岡山治牧師による開会礼拝に続き、「アジア神学の動向」と題し同志社大学原誠氏の発題を受けた。
休憩を挟み部落解放同盟和田支部の皆さんとの交流会を与えられ実りある懇談が持たれた。
二日目、会場をセンターに移し地域住民と一体となって取り組まれた同和対策事業による住環境改善の変遷と差別事件への取り組みについて報告を受けた。過去二〇年で百件を越える差別事件が市内で発生している。
二〇〇四年、野洲市役所に「野洲市の○○番地は同和地区であるか?」という問合せが不動産業者からあった。その理由を尋ねると買い手に同和地区であるか否かを説明する必要があるとのことである。これはその業者からすれば「善意」なのである。買い手に対する「善意」がしたことである。しかしその「善意」は同和地区を排除する紛れもない差別であり、その差別は無意識の排除によって「善意」と呼び交わされている。我々の「良心的」と言われる信仰にもそのような落とし穴はないであろうか?
一九八八年、野洲中学校でおきた連続差別事件は市内同和地区在住の生徒の机や私物に筆舌に尽くし難い差別落書きが二ヶ月の間に二四件発生し殺人予告までに発展した。犯人に対する怒りはもとより恐怖に脅える子どもたちにとって広島尾道の同和地区に住む仲間との出会いが大きな転機となった。同じ境遇にある仲間から励ましを受けた彼らは犯人に対する怒りは次第に哀れみへと変化し全校に差別の実態をアピールして部落差別をなくす仲間の輪を広げる行動へと発展していったのである。
神学校の人権教育を考える今回の懇談会において、私は現場に行く事と出会う事の大切さを再認識させて頂いた。更にこの日本において部落解放は私が人間となるために避けて通ることの出来ない道であると自覚した次第である。
(孫裕久報 農村伝道神学校講師・川崎戸手教会牧師)

【4586号】その町の平安があってこそ 8・15平和祈祷会

8・15平和祈祷会は例年通り、千鳥ヶ淵戦没者墓苑で朝七時から行われた。例年をはるかに上回る二五〇人の参加者の中には、敗戦後六〇年という節目なので初めて参加した、憲法改定が論じられる時代になり一緒に祈りたいと思ったなど、思いを語る人もいた。蝉しぐれに包まれ、立っているだけでもじっとり汗ばむような暑さの中で祈祷会が始められた。
礼拝は日本キリスト教協議会が敗戦後六〇年を覚えて作成した礼拝式文を基に進められ、経済力という偶像礼拝に陥り、侵略の責任を担うことを怠った罪を悔い、罪から立ち返る者となしたまえと導きを祈った。
説教は在日大韓教会西新井教会の韓聖炫牧師が「その町の平安があってこそ」と題して語った。バビロンに捕囚として連れて行かれた人々に対し、エレミヤが、その町で家を建て果樹を植え落ち着いて暮すようにと命じられたことを引いて、韓牧師は、自身の在日としての歴史から、次のように語られた。
「過酷な植民地政策により、日本に渡らざるを得なかった朝鮮人は四五年には二一〇万人に達していた。その当時の在日一世が亡くなる一方、日本で生まれ育つ人が増えている。在日は日本で普通の市民生活を営むことを願っている。しかし、さまざまな民族差別、国籍条項による排除などの壁に悩まされている。在日は、住んでいるこの日本が平和な国になることを願っている。日本が民族的少数者を受け入れ、豊かな多文化・多民族社会になることが、在日の平和に直結し、ひいてはアジア全体の平和に繋がると信じている。
預言者エレミヤは捕囚の民に対し、七〇年という、人の一生を越える時間が経ったときに、バビロンから解放され、故郷エルサレムに帰るという希望を告げ、それゆえにこそ、バビロンの地で腰を落ちつけて生活するようにと命じた。我々に希望を与えるのは神であり、自分の願望ではない。それゆえ、自分だけの幸福、自分だけの繁栄はあり得ない。『一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶ』というコリント人への手紙の言葉の通りである。いま、この国の平和の行方が非常に心配である。アジア太平洋戦争の悲惨さを忘れようとしている。まだ過去の行いに対する責任が十分に果たされていないのに、責任から逃れようとし、天皇中心の国家至上主義的な『靖国信仰』を復活させようとしている。このような社会で、神の計画と希望を、み言葉を通して謙虚に聞き、神の平和のご計画がこの地になしとげられることを共に祈り求めたい」。
このあと、参加者は五つのグループに分かれて、祈りをささげた。み心が地になるように、神の正義と平和が行われるように、非戦を謳う憲法が改定されないように、子どもたちに平和な社会を残せるように、一刻も早く過去の戦争被害者に対し謝罪をできるようになど、それぞれの輪で、心からの願が神にささげられたあと、主の祈りを祈って終わった。
(鈴木伶子報)

【4586号】荒野の声

▼我が家の庭にスイカがなった。丹誠込めたかいあって、大玉が二つ、少し小さめが一つ、縞模様もくっきり色濃く、いかにも器量がが良い。▼過去にも何度か挑戦したが、スイカ作りは難しい。蔓が伸び場所を占めるので二苗植えるのがせいぜい。たくさんの花をつけても実ができない。実ができても、大きくならずに落ちてしまう。試行錯誤を繰り返し、やっと辿り着いた三個のスイカ、ピカピカに磨いて床の間に飾りたい心境だ。▼ところで、栽培以上に難しいのが、スイカの収穫どき。早過ぎても遅過ぎても具合が悪い。花が咲いてから三五日目だと聞いたが、何時花が咲いたのか知る由もない。▼機が熟しても、外目には分からない。早過ぎたら芽を摘んでしまう。しかし、遅過ぎて機を逸する場合の方が多いだろう。▼伝道の機が熟しても、外目には容易に分からない。もう充分に熟れているのかも知れない。机の上にスイカを飾り、沖縄と西東京のキャンプ報告を読んでいて、そんなことを考えた。▼我が家のスイカは真赤に熟れていた。感謝。

【4586号】祈りと友情は海を越えて 韓国の高校生を迎え修養会

韓国・イエス教長老会永楽教会の高校生一四名と李創教牧師他リーダー三名が七月二八日から八月一日まで来日し、西東京教区の中高生を中心とした日本の青少年と交流した。
永楽教会高校生会と西東京教区および東京教区西南支区中高生は毎夏相互訪問を重ねており、韓国からの訪日は七回目となる。
一昨年に引き続き今年も訪日団と西東京教区教育部主催による中高生合同キャンプが三日間にわたって行われ、充実した学びと豊かな交わりの時を持った。成田空港での「熱烈歓迎」の後、バスの中でのゲームなどですっかり打ち解けた頃には会場である千葉の岩井海岸に到着。開会礼拝により約六〇名による修養会はスタートした。
西東京教区の誇る「高校生委員」たちのアイデア満載企画と進行による「ウェルカムパーティー」では、旅の疲れも見せない韓国高校生およびリーダー達のパワーに圧倒されつつ、負けてはならじと日本の中高生も大奮闘。すっかり打ち解けた後は、静かに夕べの祈りをささげた。
二日目には今回のテーマと主題聖句である「ワン・フォア・オール オール・フォア・ワン-迷い出た羊とイエスさま-」について李牧師からの主題講演と、参加者の永楽教会高校生会(約九〇〇人在籍!)会長の洪政郁君と西東京教区高校生委員会委員長の中島恵里香さん(南三鷹教会)らの発題を受け、日韓交えてのグループディスカッションを行った。それぞれの教会や学校生活、受験、韓国の徴兵制やいゆわる「教科書」「竹島・独島」問題など様々な事につき率直かつ活発に意見交換をし、学びと理解を深めた。
午後には海水浴にサッカーにと汗を流し、その後温泉での「裸の付き合い」も経験。夕べのバーベキューと「かくし芸大会」には、それぞれ趣向をこらしての「仮装」で参加、ここでも韓国メンバーの「ノリのよさ」に圧倒された。
その後のキャンドル・サービスでは、兪在俊君、赤見数馬君(昭島教会)をはじめとした方々の証しを感銘深く聞き、祈りあった。  最終日には参加者一人ひとりの感想や決心を分かち合った後、笑顔と讃美の恵みに満ちたキャンプを感謝しつつ終了し東京に帰り、七家庭にホームスティを受け入れていただき豊かな出会いを経験した。
聖日にはそれぞれの家庭の属する教会で礼拝を守り、夜には本所緑星教会で感謝礼拝と夕食会を守った。キャンプ中から礼拝においても何度も歌われたゴスペル「君は愛されるため生まれた」をハングルで繰り返し讃美しながらのお別れには一同感激の涙・涙…再会を誓いつつ、翌日には成田から韓国へと旅立っていった。
前回に引き続き沖縄からの参加者も与えられ、文字通り、讃美と祈りと友情は海を越える時となった事を心から感謝したい。来夏には日本の高校生が訪韓する予定である。
(吉岡康子報)

【4586号】讃美と祈りと交わりと 夏に集う若者たち 2005

「みんなで遊ぼう子ども大会」に一五〇名

沖縄教区で信仰の継承目指しユニークな企画

「みんなで遊ぼう子ども大会」が七月二三日(土)、愛隣園(児童養護施設)の体育館において開催された。
これは、沖縄教区宣教部委員会の下に諸教会の有志をもって構成された実行委員会の自由な企画で成されたものである。その日は、教会のキャンプや夏休みの学校行事と重なった所もあったにも拘わらず約一五〇名の参加者が与えられた。
開会礼拝では比嘉盛二郎牧師(高原教会)から「子どもを招くイエスさま」(マタイ一九・一三〜一五)の説教を聞いた。
それから実行委員長の長嶺明子さん(読谷教会)と榎本恵牧師(良きサマリア人伝道所)による総合司会のリードで参加教会が担当するそれぞれのコーナーに分かれた。
各コーナーには、大縄飛び、大玉遊び、卓球、スリー・オン・スリーバスケット、ブーメラン作りがあり、参加者はそれぞれ好きなところでプレーを楽しんだ。スリー・オン・スリーバスケットには子どもたちに牧師も加わった。それぞれのコーナーは思いの外盛り上がりを見せた。特に、ブーメラン作りは小さな子どもたちに大人気であった。
思う存分楽しんでいる子どもたちの姿を信仰の先輩たちが見守っている光景は正に神の家族としての教会らしい光景であった。
昼食は、寄宮集会所(与那原教会)の姉妹たちがカレーライスを用意してくださった。一五〇人分を用意したということだが、後で参加者の数を知ったとき姉妹たちは大変驚いていた。かき氷も好きなだけ頂き、子どもたちはどの顔も満足そうだった。
お昼を済ませて、午後はステージにてミニライブが催された。読谷教会の子どもたちによる空手演武、美里教会の子どもたちによる琉球舞踊、それから一般の若者たちによる飛び入り参加のロックバンド、フォークバンドがライブを盛り上げてくれた。
閉会礼拝では望月智牧師(志真志伝道所)から「キリストの体としての教会」(Ⅰコリント一二・二七)の説教を聞き讃美と祈りの内に会を閉じた。
実に、このような集いは二〇数年ぶりである。ある信徒は教区の集いといえば、「合同のとらえなおし」に代表されるような難しいものばかりだと思っていたが今回このような集いに参加して教会の交わりの底力を感じたと話された。
それから、愛隣園の子どもたちとの関わりも持てて良かった。今後も彼らと関わりの持てる集いを期待したいという声も聞かれた。
又、ある教師は、この会の成功は宣教部委員会が実行委員会の自主性を重んじてくれた所にあるとの意見を述べられた。
後日、開かれた反省会では、宣教部委員会の方でも今回の「子ども大会」が高く評価され、本年度内にもう一度、何らかの集いを企画することとなった。
信仰の継承を真剣に考えて欲しいとの強い声が反映された今回の企画であった。
(具志堅篤報)

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