【4587号】あなたはどう考えるのか 第八回部落解放青年ゼミナール

「何故部落差別が今だに残っているんだろう。差別はなぜおこるのか?」このような基本的な疑問をもって多くの人が今年も第八回部落解放青年ゼミナールに集った。八月九~一二日、京都から大阪のいずみ教会に会場を移し行われたゼミは二年目。部分参加等も含めて総勢五九名の方々が関わってくださった。
参加者の半数は一〇代・二〇代という知識も経験も若い私たちであったが、だからこそ語り合える現実というものがあったと感じる。遠くは北海道からの参加、また韓国の大学生との交流・対話の時が与えられ、今後の関係性の継続も期待される。東岡山治部落解放センター運営委員長による開会礼拝では、ご自身の歴史を踏まえ人間解放に向けての希望が力強く語られた。
昨年に引き続き地元の青年との交流、また初めての試みとして彼らの活動であるDASHとの共催の公開講演会が行われた。基礎講座と各地における現実が様々な視点から報告された。青年ゼミ自体はクリスチャンに拘った集りではないが、その多くが教会での働きを担う者たちである。地元の青年たちとの出会いは、「いばらの冠」に示されたキリスト者の闘いの歴史の深さと広がりを改めて感じさせられるものでもあった。
実行委員会を立上げ一年かけて準備がなされた。聞く活動だけではなく、自ら動く活動への転換をも期待しつつ、日々の礼拝・一部のプログラムの担当を積極的に若い年齢層に依頼した。自らが担当することによって改めて学びの機会が得られたとの声も聞かれた。その一つ、ワークショップは、参加者の印象に残った。情報化社会といわれる昨今であるが、私たちには知らされていない現実が沢山ある。沖縄・辺野古の基地問題、日本における歴史教育の現状からそれらを問い、狭山事件における差別の実態を、知ろうとしない無関心と知らされていない情報操作との両面から見直された。明るい語り口が印象的だった福田智之さんのお話は、その明るさ以上のものを参加者の心に深く刻んだ。日常的に差別に対し敏感な感性と「あなたはどう考えるのか」という自らの思いを言葉にしていくことの大切さを語られた。仲間の言葉、この地で働く者の姿、礼拝のひと時、自分の心の動き、様々な出会いの喜びがあった。この、心を大きく揺さ振られた体験が、解放運動の未来への希望となるようにと願われ、会は閉じられた。
(鈴木祈報)

【4587号】伝道と教育への奉仕を使命に 学校伝道研究会開催

学校伝道研究会は、幼稚園から大学までのプロテスタント・キリスト教学校において、伝道と教育に奉仕することを使命とする者たちの研鑽と相互育成を目指す会である。
各学校における孤立した活動としてではなく、全国的視野に立った意識と連帯を持ち、教育の中核に生徒・学生の人格的・霊的育成を見、その実現に向けて、福音に基づく教育の具体的展開、実践的課題を探求するための「伝道と教育に関する神学」を目指している。また青年の信仰育成の場として、教会との連携を極めて重視している。
第二二回夏期研修会は八月四~五日の二日間、参加者四三名で開催された。一日目は夕方から荻窪清水教会を会場に懇談会が持たれ、大阪キリスト教短期大学チャプレン・重富勝己氏より「学生の魂に届くために-大阪キリスト教短大チャペル活動紹介-」との発題があり、勤務校における学生の霊性育成のための工夫、努力を伺った。更に地域の教会に繋げていくことが課題と話された。
二日目は東京女子大学を会場に開会礼拝後、全国教会青年同盟・岸憲秀牧師(千葉本町)、西日本教会青年同盟・岩田昌路牧師(狛江)より発題があった。教会青年同盟は創立以来、一貫して「キリストと教会に仕える」という主題を掲げ続け、「聖書の信仰に立ち、生涯を通してキリストと教会に仕える信仰者を育成すること」を目的としている。その活動を通し、青年たちは信仰仲間の存在に励まされつつ、洗礼への決意、奉仕への自覚、献身への志へと導かれている。特に日本基督教団は第31総会にて「21世紀に向けて伝道の使命に全力を注ぐ決意表明」、第32総会にて「21世紀に向けて青年伝道の使命に力を注ぐ件」を可決した。教会青年同盟の活動は二つの総会決議の実質化を進めるものとの自覚が語られた。
引き続き、東京女子大学学長・湊晶子氏より「日本のキリスト教学校の将来像-課題とビジョン」と題する講演がなされた。初代学長・新渡戸稲造の生涯と思想に学びつつ、「真に自立した・個(人格)」の育成をキリスト教学校の責務とする。「教えられたことをすべて忘れた後に残っているものが教養である」。このことからキリスト教学校が残せるもの、神から「愛されて、愛する人に」への人格教育により「自分を治めることが出来る人に」自立と寛容への教養を身に着けることの重要性が語られた。
これらのプログラムを通し、教会とキリスト教学校との具体的な協力体制についての活発な質疑応答がなされた。「青年伝道」の進展に向け、相互のパートナーシップを図る貴重な機会となった。最後に一同祈りを合わせて散会した。
(松本のぞみ報)

【4587号】子どもたちを招き入れ

おとなと子どもの合同礼拝 小林克哉

いわゆる「教会学校の低迷」について語られるようになったのはいつ頃からだろうか。少子化や、子どもを取り巻く社会状況の変化など、外的要因も取りざたされる。そのような中、各教会とも様々な工夫や試みをなしているかと思う。
今回はそのような教会の一つとして呉平安教会の試みを紹介したいと思う。

・教会学校休校状態から

呉平安教会は一九〇四年に南美以呉教会として創立された。宣教師の働きにより幼児教育施設も設置され、教会は幼稚園と共に歩んできた。教会学校の生徒は在園児や卒園児が多くを占めていた。 しかし一九九二年に幼稚園が廃園になると、幼稚園つながりで来ていた子どもたちは次第に教会学校に来なくなっていったのである。教会学校教師だけで礼拝をささげる日が多くなり、遂に教会学校は休校状態に追い込まれることとなる。教会堂に子どもたちの声が聞こえない日々が続いたのである。
しばらく後、主日礼拝に教会員が小さな子どもを連れてやって来るようになる。その子どもたちを、そのまま帰していいのだろうかとの声から、礼拝後にテーブルを囲んで畳に座り、紙芝居を見たり、『こどもさんびか』を歌ったり、主の祈りを覚えることをした。呉平安教会「こども会」の誕生である。子どもたちの成長と共に、礼拝式順を整えて「こども会礼拝」へと移行することとなる。
当初は休校状態にあった教会学校の復活を願う声もあったが、単に教会学校があった時代に戻すのではなく、現状に合わせ、一からこども会を造り上げることとなった。多くの教会学校の礼拝は、主日礼拝前の朝早くに行っているかと思う。しかし呉平安教会の場合、主日礼拝に教会員や求道者のおとなといっしょに来た子どもたちのためにと始めたこともあり、現在でも主日礼拝後にこども会礼拝を行っている。

・おとなと子どもの合同礼拝の実施

そのような歩みの中、教会員の中から、イースターやクリスマスなどに、おとなと子どもの合同礼拝を行いたいとの声が出た。
一九九七年イースターに最初の合同礼拝が行われた。初めの数年はイースターやペンテコステ、そしてクリスマスなどだけであったが、二〇〇一年度より第一主日を合同礼拝とし、他にイースター、ペンテコステ、花の日、アドヴェントとクリスマス、年末年始の主日など合計すると約三分の一をおとなと子どもの合同礼拝としてささげている。
現在の合同礼拝の式順は、前奏・招詞・頌栄・十戒・讃美歌・祈祷・聖書・こども説教・祈祷、讃美歌、祈祷、説教、祈祷、(聖餐礼典)、信仰告白、讃美歌、献金、主の祈り、讃美歌、祝祷・後奏となっている。子どもたちは「こども説教」の後の讃美歌を歌うといったん退場し別室で過ごす。「説教」の後(「聖餐礼典」がある場合はその後)に再び入場し礼拝を続けるのである。
合同礼拝でない日曜日は、主日礼拝後にこども会礼拝が行われる。その場合でも、主日礼拝も「説教」の後には必ず子どもたちは礼拝堂に入って讃美歌を歌い、献金をささげ、祝祷を受けている。
呉平安教会では、おとなと子どもの合同礼拝を行うに際し、幾つかの点を確認している。一つは、合同礼拝は、先に信仰告白している信仰者の群れに子どもたちを招き入れての伝道礼拝である、ということ。求道者が、先に信仰告白している者の群れがなしている礼拝に迎え入れられることによって信仰へと導かれるのと同様の考えである。まるで子どもたちが主役であるかのように考えることはない。勿論礼拝の主役は主ご自身であるが。洗礼礼典に立ち会うことはよい経験のようである。自分たちが洗礼を受ける日が来ることへの憧れを引き起こしている。
もう一つは、橋渡しとしての役割。教会学校があった時代の大きな課題は、教会学校から主日礼拝になかなかつながらないということであった。教会学校の礼拝しか経験していない子どもたちにとって、主日礼拝との間には溝があったようである。教会学校の年令を超えると「卒業」というケースもしばしばであった。年間三分の一が合同礼拝の今は、子どもたちにとって主日礼拝も「自分たちの礼拝」となっている。主日礼拝との間に溝はない。
合同礼拝では『こどもさんびか』は使用していない。合同礼拝は将来への備え、子どもたちを主日礼拝につなげていくためのものでもある。讃美歌にも慣れておいた方がいいと考えている。
全ての主日を合同礼拝とはしていない。『こどもさんびか』を使用したりと、こども会礼拝にも合同礼拝と違う良さがあるのも事実である。

・教会の子ども

おとなとこどもの合同礼拝を行うようになる前まで、教会の中に子どもは教会学校教師や子どもの親たちにお任せという雰囲気があった。へたをすると教会と教会学校が乖離している場合さえあった。しかし合同礼拝をするようになり、いっしょに礼拝をささげるようになると、以前にましてみなが子どもたちのため祈るようになり、神様から教会に預けられている子どもたちという感覚が強くなってきた。今は子どもたちへの伝道・信仰教育は教会全体の責任として自覚されている。子どもたちも、ご高齢の方から、幼子までいる教会という一つの群れの中で育まれていることを感じているように思う。
教会学校が休校に追い込まれたある教会の歩みである。神の導きを感じる。
(呉平安教会牧師)

 

【4587号】荒野の声

▼先日、壮年会の修養会を持ち、『主の祈り』を学んだ。毎日曜日毎に、それどころか集会のある度毎に唱える。ために念仏化し、殆ど無意識に祈っている。一節一句を吟味しない。▼ある教会では、「我らに罪を犯す者を我らがゆるすごとく」で、皆が息を飲み、一瞬沈黙する。人を赦すことのできない己が現実を見据えるためだ。しかし、これも既に習慣化している。▼「悪より救い出したまえ」を、『こどもさんびか』で見ると「救いいだしたまえ」とルビがふってある。何十年も「救いだしたまえ」だと思い込んでいた人は少なくないらしい。▼讃美歌も信仰告白もそうだが、慣れ親しんだもの程速く唱える。殆ど何も考えずに。礼拝が終わったら、今日の式次第に使徒信条があったかなかったか記憶が定かでなかったりする。▼心臓を患ってから、直ぐ息が上がる。年配の方々がゆっくり祈る理由が初めて解った。主の祈りをもっとゆっくり唱和しましょうと申し合わせた。勿論、聖書の朗読も、信仰告白も。▼信仰生活くらいは、少しゆっくりでも良いだろう。いつかは、必ず、天国に行き着くのだから。

【4587号】メッセージ

マタイによる福音書二〇章二九~三四節

開かれた瞳で何を見るのか 新井 純

主イエスと弟子たちは、エルサレムに向かう途中、エリコの町を通った。町を出ようとした時、道端に二人の目の不自由な人が座っているところを通りかかった。
二人は、そこを通り過ぎているのがナザレのイエスとその一行だと知り、声を張り上げ懇願した。「主よ、ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください!」
“あわれむ”という言葉には、一般によく知られている同情するというのとは別に、生きるか死ぬかの権利を握られているような罪人を、罰しないで許そうという慈悲、情け、容赦、そういった意味もある。
障碍や重い病気などが罪の報いであると信じられていた時代のこと、もしかしたら、この二人は単に障碍を持つ者への慈悲を求めただけではなく、救い主と噂されていたナザレのイエスに、罪の赦しを願ったのだろうか。
この時、周囲の人々は二人を叱りつけて黙らせようとした。罪人であるはずの者が、声を上げて訴えることなど許さないという傲慢な姿がそこにある。しかし、二人はますます激しく叫ぶ、「憐れんでください」と。
その声は主イエスに届いた。そして主イエスはたずねる、「何をしてほしいのか」二人は答えた。「主よ、目を開けていただきたいのです」

・チムグリサ

沖縄の言葉に、チムグリサというのがあると聞いた。
小学校の校長先生が、戦争の犠牲になった子どもたちの顔を思い浮かべた時、その心境をチムグリサと表現したという。「はらわたをえぐり取られるような心境」という意味だそうだ。
新潟県中越地震から二ヶ月後の昨年一二月、関東教区の紹介でマリンバ奏者チャン・エリョンさんを招いて震災復興支援コンサートを教会で行った。疲れやストレスがたまって休まる間もない生活の中で、少しでもホッとできる時を地域の方々に提供したかった。
コンサートの中でチャンさんが「震災の翌日、夕食の時にテレビをつけたら震災のニュースが流れた。すさまじい被災地の映像を見ていたら、悲しくなって辛くなって涙が出て、食事がのどを通らなくなった」と語り、大粒の涙をこぼした。その演奏が、このような思いと共にここにやってきたことを知った被災地の人々の目からも、涙が止めどなく溢れた。
教会での震災復興コンサートは、チャンさんの他に、沢知恵さん、JCブラザースと、これまでに三回行われた。コンサートのタイトルはいずれも「元気をもう一度」とした。これは、北海道の養護学校の生徒たちが贈ってくれた言葉。
教会ボランティアセンターで活動した養護学校の先生が、帰宅後生徒たちに被災地での働きを通して見聞きしたことを生徒たちに話して聞かせた時、生徒たちから「何かをしよう」と声があがり、被災地に言葉を贈ることになった。その言葉を選ぶ時、病気や障碍で苦しんでいる上に、周囲から「がんばれ!」という一見励ましと思われる言葉によってさらなる苦しみを負わされている生徒たちは、「元気をもう一度」という言葉を選んだ。この言葉には、なかなか理解され得ない苦しみを担っている者であればこその優しさ、そして光を見いだす力強い響きがあった。
沖縄の校長先生、チャンさん、そして養護学校の生徒たち、みんな小さくされた者に寄り添おうとすればこそ、そうした人々が発する心の叫びに耳を傾けることができるのだということを教えられた。
目の不自由な二人の訴えを聞いた主イエスは、深く憐れんだ。まさに、チムグリサの心境だったのではないだろうか。

・閉ざされていた心に

主イエスが抱かれた憐れみには、一緒に苦しむというニュアンスがある。目が不自由なだけでも辛いだろうに、その上罪人とされて虐げられてきた二人への、まさに自分の体を切り刻むほどの痛切な思いやりが、そこにはある。
単なる同情心ではない。共に苦しみを分かち合い、自らの事として受け止め、そしてその苦しみから解放してくださろうという愛の行為へ主イエスは私たちを導いていく。
主イエスは二人の目に触れてくださった。すると、二人の目はたちまち見えるようになった。奇跡的な癒しの出来事だ。
でも、それだけではない。罪人として誰もが忌み嫌い、差別していたこの二人に対して主イエスだけはそうではなく、他の人と同じように接してくださり、この二人の訴えに耳を傾け、そして憐れんでくださったのだ。
それは、肉体的な意味でのいやしのみならず、彼らの閉ざされていた心に、光を与える出来事でもあった。罪人にも理解と憐れみをくださる方がおられる、このことこそがこの二人を真に苦しみから解放した出来事であっただろう。まさに、主イエスは罪からの解放者であった。
この真の解放者の姿に、周囲の人々は何を見ただろう。二人の叫びが私たちに向かってくる、「私たちは、誰の目を開けて欲しいと叫んだと思うか?」
自己中心的な歩みの中で、隣人の苦しみを理解せず、そこに寄り添おうとしない私たちに向かって、小さくされた者たちが叫んでいる、「みんなの目を開いて!」と。

・一つの体

だから、主イエスの姿を見て、小さくされた者は罪人だという先入観から解放され、今から自分も同じようにしようと志す者が現れて出てきたに違いない。そのことがまた、二人のいやしではなかったか。
教団、そして関東教区の震災復興支援は、「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです」という聖句に基づく祈りから進められている。被災地にとって、この祈りこそが大きな慰めであり励ましとなっている。なぜなら、私たちの声にも積極的に耳を傾けてくださる大勢の兄弟姉妹がいることに気づかせてもらえるからだ。
私たちの中に生きて働き、私たちを通してご自身を現される方は、その御手をもって人を結び合わされる。それは時に辛く苦しい試練の出来事の中で示され、ともするとそれまでの絆を引き裂くかも知れない厳しささえある。でも、その御手に触れられて開かれた瞳は、人を人としてしっかり見つめる力を帯び、必ずや共に生きる道を見いだしていくことになる。
それは、主イエスがこの出来事を通して私たちに教えてくださったこと。主は私たちと共におられる。私たちが強い時も、弱い時も。
(十日町教会牧師)

 

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