【4579号】聖餐をめぐり議論 大阪

五月三日から四日、大阪女学院ヘールチャペルを会場に第五〇回大阪教区総会が行われた。「台湾基督長老教会との協約改定20周年を覚えて」として開会礼拝・聖餐式が行われた後、正議員三一〇名中二三二名の出席で総会は成立した。
議事日程の承認に際して、山田謙議員より「緊急議案」として「大阪教区が日本基督教団に対し、教団内で起きたセクシャル・ハラスメントの加害者(教師)に戒規の適用を求める件」が提案された。緊急議案の扱いについて教規や教区規則に規定がないことから、議論の後に議場に諮られ、議案として上程された。
この議案は二日目の午後に審議され、九州教区での事案について大阪教区が提訴できるのか、そもそもこれは提訴なのか、判決の内容や事実確認をしないまま戒規の適用を求めるのはどうかなどの議論を経て、賛成多数で可決された。なお、この議案の趣旨は提訴ではなく要望であることが明らかになるよう文言を整えることとされた。
常置委員会報告の件では、五二六万円余りとされている教区貸出金返済滞納に関して質問や意見が出されたが、教区としては、当該教会と教区の双方に責任があるので、募金を集めることも含めて会計的な解決を図ることになったと説明された。
議員提案の「関西労働者伝道委員会への大阪教区からの支援に関する件」は可決され、来年で発足五〇年目を迎える関西労伝は、募金一八〇万円の他、教区の各種負担金より二〇万円の援助を得ることとなった。
二日目の午後、一日目の最後に上程された岡村恒議員提案の「大阪教区内における聖餐執行の乱れを憂慮し、常置委員会が是正を図るよう努力する件」が扱われた。教会の生命にかかわる本議案をめぐっては賛否両論が活発に交わされた。提案者らは、未受洗者に配餐するいわゆるフリー聖餐は重大な教憲教規違反であり、宣教協約を結ぶ諸教会への背信行為であり、求道者への混乱と不信を招いているなどと指摘した。それに対して、フリー聖餐を禁じる規則はない、正しい聖礼典の「正しさ」は主観的だ、規則が人間疎外を生むことがあるなどの反論があったが、反対意見の中にも「洗礼から聖餐」への筋道は守るとする立場もあった。また、結論を急いでここで採決すべきでないとの意見もあり、相互の立場を尊重し理解を深めようとするいわゆる「三号議案」の精神を重んじつつ、学習会等を持つことも視野に入れて常置委員会で受け止めることとされた。
一日目の午後一番に七名の准允式と二名の按手礼式、続いて主事就任式が執行された。二日目の午前は召天者記念式、紹介・挨拶などに続いて、小林眞教団副議長が教団問安使として挨拶し、正午過ぎまで質疑応答が行われた。
議長、副議長、常置委員選挙結果、書記の選任は下記の通り。三役は再選された。【議長】向井希夫(大阪聖和)【副議長】村山盛芳(浪花)【書記】佐藤成美氏(高槻)
常置委員
【教職】伊勢富士夫(天満)、森田喜之(いずみ)、田邊由紀夫(茨木)、福万広信(大阪昭和)、小林よう子(箕面)、岡村恒(大阪)、上地武(大正)、舘山英夫(大阪淡路)、市川忠彦(長居)、伊藤義経(蒲生)、似田兼司(千里丘)
【信徒】鎌田英子(玉出)、山田淳子(大阪聖和)、池田和弘(浪花)、渡部清数(扇町)、楠原道温(茨木)、糸本資(石津)、丸山健樹(和歌山)、江本義一(茨木東)
(藤盛勇紀報)

【4579号】教区総会報告① 大阪・京都・九州・四国・北海

教会の根幹に関わる課題が前面に

大阪教区では、いわゆるフリー聖餐をめぐって激しい議論が交わされた。京都教区では、按手礼の執行に関連して教師の制度が根本から問われ、司式者一人だけによる按手が行われた。一方、四国教区では、「信徒が展望する伝道の明日」の主題で力強い証がなされた。九州教区・北海教区では、それぞれ「共生・連帯・平和」 「革新・連帯・平和」と似通った宣教方策、宣教計画が掲げられた。何れの地でも、教会の根幹に関わるような重大な事柄が取り上げられ、活発な議論がなされている。

【4577・78号】神学校とともに

卒業式のシーズンも終え、新しい伝道者が各地に遣わされていった。送り出した教会、迎える教会の恵みともども卒業生の健闘を主にあって祈りつづけたい。
今年から一つの教団立神学校、五つの認可神学校に教団三役、幹事らが教団代表として卒業式参列を申し出て、みなお迎えいただいた。「なにを今頃」と言われそうだがそれすらも出来ていなかった。ということは、ようやくそこまで教団も本来あるべき姿に戻りつつあると言えなくもない。
私は農村伝道神学校と東京神学大学の卒業式に出席することができた。各々の特徴があって、歴史的経過と共に味わい深さを感じさせられたものである。
特に東神大機動隊導入、35年目当日にあっての卒業式に、教団総会議長が「励ましの辞」を述べさせていただいたことは感慨深さと同時に、今後の東神大と教団の関係正常化への決意を与えられた。
農村伝道神学校の経済的苦労の一端をも知らされ、いろいろな面で認識を新たにさせられた。
さらに卒業式の説教者であられた山里勝一沖縄教区総会議長にお目にかかれたことも感謝であった。
教団にとって神学校の存在は生命線であるが、関係を生きたものとするためには多くのことを実践に移さねばならない。
こうした機会ある毎の訪問は今後も継続し、良き積み重ねをなすよすがとしたいと痛感させられた次第である。
(教団総会議長 山北宣久)

【4577・78号】人ひととき 福島光夫さん

信仰と「本物」にふれて描き続ける

日本が太平洋戦争に突入する一九四一年の春、一四歳の福島さんは家業の理髪を継ぐため信州飯田から東京へ修行に出た。「三笠館」の若主人、後藤三男さんが迎えに来てくれた。車中で師匠は終始、一冊の本を読んでいる。主人がトイレに立ったすきに、福島少年は座席に置かれた本を開けてみた。聖書との初めての出会いだった。
三笠館に入店してすぐに渡されたのは聖書と讃美歌。「今度の日曜日の朝から日曜学校へ行きなさい」。師匠から言われて行った東京・芝教会。これが教会生活の始まりだった。
しかし、その師匠も先輩達も間もなく応召。昭和一九年戦時体制により、理髪のような平和的職業に携わる男子の就業も禁止。業を離れざるを得なくなり、主人の長兄の書生となった。夜間中学から明治学院専門学校を卒業、茅ヶ崎市にある平和学園に七年間奉職した。
終戦後、軍隊から帰った師匠は理容学校の創設に関わり、「理容と一般教育の経験を持つ福島を」と迎えられ、学校法人中央理容専門学校作りに参画。後藤さんは、日本の教育制度のらち外に置かれていた職業学校を専門学校として国に認知させるべく、理容学校の責任を福島さんに任せ、七五年、ついに専修学校を学校教育法の中に位置づけ、今日の専門学校制度の基礎を造った。
「理容師は容姿を整える技術だけでなく、その裏にある美しさに対する感性を養わなければいけない」。師匠は「本物」にふれさせるために従業員を美術館や音楽会に連れて行ってくれた。本物にふれる感動が、やがて福島さんに絵筆をとらせた。
定年後は絵画三昧。隔年でヨーロッパスケッチひとり旅に出かけ、個展も一六回。福島さんの目がとらえた本物の風景が、多くの教会員宅の玄関やリビングを飾っている。教会では、この道を伝道へと、「絵を楽しむ会」を指導。求道そして洗礼へと導かれる人が与えられた。

【4577・78号】訂正

四五七六号三頁「宣教委員会報告」欄、「鈴木恭子氏」を「鈴木優子氏」に、お詫びして、訂正いたします。

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