【4573号】ボランティア活動報告 東海教区

東海教区常置委員会は関東教区からの要請に応え、「中越震災救援活動」を決議し、支援ボランティアを募って、04年11月9日(火)より12日(土)まで派遣した。
募集に応えたボランティアは延べ21名であった。十日町教会が救援活動の地域センターの一つに指定されており、私たちは会堂を寝食の場所として利用させて頂いた。
ボランティアは十日町市、小千谷市、川口町などに開設されている救援センターに出向き、登録をして様々な救援要請に応えて各地に派遣されることになった。主な任務は震災で散乱状態の家屋の後片づけ、炊き出しの手伝い、壊れた家屋の補修などであった。
全国から老若男女の夥しい数の救援ボランティアが集まっており、被災地域の人々との交流、ボランティア同士の交流があちこちに感動の波紋を描いていた。
被災地域に突如このような「よそ者」が一時的であれ流入し、信頼と協力の分かち合いが起こったのは、恐らくこの地域では初めてのことであったであろう。
このような救援活動の意味は、全国からの募金および救援が発した励ましのメッセージにあったのではなかろうか。教会もその一端に加えられたことを感謝したいと思う。
十日町教会が魚沼産コシヒカリのご飯を炊いて下さり、ボランティアは近所のスーパーで調達した惣菜で夕食をとり、寝袋で夜を過ごした。
全国の教会やキリスト教主義学校から派遣されてきたボランティアと交流の時を持ち、毎夜7時から新井純牧師の司会でもった祈祷会は感動的であった。
(山本将信報)

【4573号】牧師のパートナー

壁の穴
中谷郁美
(熊谷教会員)

「神からいただいた恵みを無駄にしてはいけません。なぜなら、『恵みの時に、わたしはあなたの願いを聞き入れた。救いの日に、わたしはあなたを助けた』…」(Ⅱコリント6・1〜2)のみ言葉を贈られて、40才台半ばで、静岡教会で伝道師をしていた夫と見合い結婚をした。静岡の2年余りは忙しかったが、楽しかった。二人でいる時は、互いに自分の体を休ませる事で精一杯だった。その後、熊谷教会に招かれ、今、7年目を終わろうとしている。
わたしの愛唱聖句は、「彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであった…」(イザヤ53・4)である。4年前、子供の時から患っていた慢性腎炎が悪化して、在宅での透析治療が始まった。1日4回、4~5時間置き、2Lの薬液を腹部のチューブで出し入れする。操作は至って簡単。しかし、体力、気力は確実に落ちた。
そんな私の傍らで牧師として、幼稚園の園長として日々を過ごす夫。素朴で、弱さを隠さない。「あるがまま」、「無理しない」が口癖だ。子供の頃は動物園の園長になりたかったとか、犬、猫、金魚の世話はもちろん、私の助けも黙々としてくれる。わたしは、素直に、感謝している。
一方、私は口うるさい。家事は夫に甘えてそこそこ。しかし、教会雑務では欠けがないようにと、あれもこれも。気持ちが先行して疲れ果てる。冷たい空気が漂う。「おれはいたっておとなしい人間だ。怒られないでくれ」と夫は言う。
ある夕礼拝前、言い争った。その後、「ドタン、バタン」と大きな音。夫は礼拝堂へ。私は恐る恐る辺りを見回した。壁に穴が開いていた。慌ててカレンダーで隠した。数日後、「何をしたの」と聞くと、「お前を叩くわけにもいかないから、壁を蹴った」と、悲しげな顔で言った。「恐ろしい人」と思った。暫くして、カレンダーを外して見た。粉々に砕けた壁、その奥に冷たい闇が潜んでいた。突然、「わたしだ。この穴をあけさせたのは、わたしだ」との思いが心を突き刺した。「もう止めよう。追い詰めるのは」。私は夫との生活のあり方に、思いを巡らし始めた。
「わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る 天地を造られた主のもとから」(詩篇121・1〜2)は9年前私が夫に贈ったみ言葉だ。
夫は毎日曜、み言葉を語る。私はそのみ言葉に留まり、生きてきただろうか。キリストの眼差しを避け、自分の力で何かを埋めようとしていたのではないか。「壁の穴」の正体は「罪」だと知った。罪は絡みつく。「自分に拘らず、キリストを見続ければいい。ゆだねる事が課題だ」と、夫は自身にも言い聞かせるかのように言う。そんなある日、「罪を離れて立ち帰るなら、…罪を赦してください」とのソロモンの祈りの言葉が心に迫ってきた。「主よ。ごめんなさい」。涙が溢れた。心の深い所に静けさが広がった。
今日も夕食後、礼拝堂で十字架の下に立つ。夫のギターに合わせて精一杯賛美する。ああだこうだと話し、祈る。楽しくて、暖かい。キリストの恵みを味わう者として、二人はここにいる。

【4573号】教区コラム 東海教区

伝道について思う
北 紀吉

「教区コラム」の依頼を受けた。議長に引き続いて副議長に、とのこと。何処やらの教区総会では、「副議長は閑職だから手当ては減らせ」との尊いご意見があったとか。「議長事故あるときには」との規定故、無理からぬことか。今回のご依頼は、副議長には責任が無いので好き勝手に意見が言えるのではとのご意向でもあろう。しかし、「議長を助けて」ともあり、議長の思いを越えて好き勝手、無責任に書くことも出来ない。
東海教区では、十二月の臨時総会で福祉厚生規則の改訂を行った。福祉も厚生も同じような意味合いではとの思いもあるが、なによりも福祉・厚生は、伝道のためとの思いが募っての改訂である。と言うことで「東海教区伝道厚生規則」と表題からして変えた。東海教区の伝道への思いを受け止めていただければ幸いである。
近頃思うことがある。新来者の減少である。私の牧する教会では、昨年は前年より二十名ほど減少している。私自身の悪名によるのかも知れないが、日本社会の宗教離れが進んでいることも起因していよう。伝道とは具体的な方策を採ることである。現実の状況を正しく受け止めて具体的な取り組みをしなければならないと痛感している。
伝道は神のみ業。それ故にこそ共々に、「心を合わせて熱心に祈り」たいと思う。聖霊なる神が臨み、私共のなすべきこと、なしてはならないことを御示しくださるが故に。
(東海教区総会副議長)

【4573号】教区交換講壇について学ぶ 西日本五教区合同宣教研究協議会

一月二四日~二五日、岡山教会において、第四十二回西日本五教区合同宣教研究協議会が開催された。
東中国教区教師部委員長・延藤好英氏による開会礼拝に続き、九州教区・古澤啓太氏、四国教区・黒田若雄氏、西中国教区・西川晃充氏が各教区報告を行なった。
まず古澤氏は、宣教研究委員会二〇〇四年度の主な取り組みとして、①「九州教区年表(続編)」の作成②「九州教区と沖縄教区との関係史」(仮称)年表作成③奄美宣教史(仮称)作成④「教区通信」保守作業について報告された。
次に黒田氏は、今年度の宣教研究委員会の活動として、①互助の研究②伝道地図の作成③各個教会史に関わる資料収集④教区史年表(一九九八~二〇〇二年)の作成等について報告された。そして西川氏は、①教区宣教基本方針・方策の見直し②教区教職研修会③分区間協力における若干の提言について報告された。
夕食後の発題(一)と協議の時には、東中国教区議長・宇野稔氏が今年度より開始した「教区交換講壇」について発題し、教会・信徒どうしの顔の見える関係づくりと、それを軸として、福音宣教の課題の共有と深化の大切さを力説された。
二日目の発題(二)と協議の時には、東中国教区において二〇〇〇年より隔年で開催されている「教区の集い」を手がかりにして、藤原寛人氏と草地大作氏が共同で発題をされた。両氏は、その開催に至るまでの経緯と、鳥取県西部地震によって問われた教区の連帯意識をふまえて、「教区の連帯と課題」を提言された。
二〇〇二年までは沖縄教区も交えて当協議会を行なうことができたが、今回も残念ながら「痛みを覚えて欠席します」との連絡を受けた。出席者全員で寄せ書きをし、次回協議会での再会を祈った。
なお当協議会は、教団主催ではなく西日本五教区の自主性によって開催され続けてきたもので、教団宣研はオブザーバーであることを確認し散会した。
(卜部康之報)

【4573号】議案否決と今後の取り組みについて協議 第一回年金局理事会

一月二一日、第34総会期第一回年金局理事会が開催された。
昨秋の教団総会に常議員会から提案した「教団年金危機打開に関する件」が否決されて初めての理事会であったので、議案否決と今後の取り組みについての感想と意見を、自己紹介とともに全員が発言した。  ▽年金財政が危機的状況にあることは理解できるとしても、その打開の為に、諸教会に献金依頼をするというやり方は安易に過ぎたのではないか。
▽給付カットと掛金アップを並行して実施するなど、大胆な改革をしないと献金に頼るだけではできないのではないか。
▽教団の年金制度はぜひ継続していきたいが、教会を取り巻く環境から考えると、議案の内容がやや大雑把ではなかったか。
▽教区としては年金より教師の謝儀保障に力を注いでいるのが実情である。
▽小規模教会が多い教区なので、財政的に厳しく、負担金減額の方向にある。
▽教団総会での声を謙虚に聞き、次回総会では賛同を得られる案を練らないといけない。今後の取り組みについては選択肢を再吟味することから始めたい。
▽年金受給者と若い世代とは考えることに温度差がある。年金問題を考える際には、三十代、四十代の視点を入れて一緒に考える必要がある。
▽教団総会での否決の意味は、沖縄教区の欠けたところで決議すべきではないということ、練り直してもう一度提案せよということだと思う。継続よりはよかったのではないかと思う。教団年金を永続させるための抜本対策を立案する必要がある。
▽議案提出にいたるまでの年金財政の検証の数字は正確であり、提案理由も論理的であったと思うが、理論的説得だけでは賛同は得られなかった。献金の負担能力とか、具体的に実行できる可能性とかを探ることが欠けていたのではないかと思う。
▽『隠退教師を支える運動』の議案が可決されたのは教団紛争の最中一九七八年であったが今日まで続いている。自発性のある献金だから続いている。経常収入額によって献金額の目安が決められたことに負担金化されるのではないかという不安と抵抗があったのではないか。
▽年金問題は本来、いわゆる右とか左とかいう教会政治とは無関係なはずであるのに、ひとつの側に与している理事長への反発があったと思う。その責任は大きい。
▽教団の現体制とか、大教会に対する不信のような感情があったように思う。今後は受洗者の減少、信徒の高齢化等を度外視はできないが、人道支援の募金ではなく、あくまでも献金の本質に立ち返って進めてほしい。
ついで理事長、書記の選任をおこない、理事長に小林貞夫、書記に高橋豊を再選、常任理事は、理事長、書記、疋田國磨呂、竹前昇総幹事の四名を再選した。
次回理事会は六月一六日~一七日開催予定。
(青地 恵報)

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