【4573号】灯を消すことのないよう祈り支える 中越地震・再建支援委員会

一月三一日、強い寒波襲来の中、関東教区三役の案内で「新潟県中越地震」被災五教会を訪問した。長岡駅に集合、車三台に分乗し、長岡教会から訪問を開始した。一台は十日町教会ボランティアセンターの車で、新井純牧師が一日同行して下さった。参加者は全員太平洋側の居住者。雪国新潟でも豪雪地の雪に驚かされながらの訪問となった。
各教会の牧師・信徒の方々から被害状況を伺うと共に建物を見学し、委員会の果たす役割の重さをひしひしと思わされた。各教会及び付属施設の被害程度は夫々だが、建物の復興のみならず、この困難な時に教会がそれぞれの地域で良き働きをされ、証をされたその灯を消すことのないよう皆で祈り支え合いたいと思った。
十日町教会ボランティアセンターの活動は今なお継続中である。奉仕される方々の健康を心からお祈りし、一日も早い再建・復興を共に成し遂げたいと願うものである。
翌二月一日は、十日町教会で第二回委員会が開かれた。事務局より第一報として、「新潟県中越地震被災教会会堂等再建支援のお願い」を各教会五部ずつ発送したとの報告を受け、今後当委員会のアピールをどのようにするかについて以下のような話し合いがなされた。
▽三月中旬を目処に、発足から支援の具体的内容、実状等を知らせる「委員会ニュース」を作成し、各教会へ配布する。
▽アピールは関東教区と別個に行うのではなく連携して行う方が良い。
▽関東教区では、これから順次開催される各教区総会へ、代表者を派遣したいとのことなので、その代表者に当再建支援委員会の文書を託すことを考える。
その他、「新潟県中越地震」に関する募金は現在のところ窓口が三つあるが、募金に対する信頼を損なわないためにも、常議員会に逐次会計報告を提出すること、各個教会へ配布するかどうかについては後日検討することが話し合われた。
(朝岡瑞子報)

【4573号】海外宣教を支え祈る 世界宣教協力委員会

第34総会期第一回世界宣教協力委員会が、去る二月四日、教団会議室において開催された。今期の委員は大宮溥、上内鏡子、木下宣世、小橋恵子、相良真彦、友川栄、村山盛芳の七名である。
まず委員会の組織がなされ、委員長に大宮溥、書記に木下宣世、実務委員に村山盛芳が選ばれた。
今期の委員の顔ぶれは新しく選ばれた人が多かったので、この委員会の役割や取扱う事項についての説明を受けながら十四項目にわたる報告を主として上田博子担当幹事より聞いた。
新委員の人たちは当委員会が多岐にわたる多くの事柄にたずさわっていることに改めて驚き、責任の重さを感じさせられた様子であった。
昼食後、協議に入り、まずスイス協約委員会の委員に鈴木重正、中道基夫、廣石望の三名を選び、台湾協約委員に大宮溥、村山盛芳、李孟哲の三名を選んだ。
その後、海外に派遣している宣教師の方々の辞任に伴う人事の件や、日本の任地に海外からの宣教師を受け入れる件等を協議した。
その中で特に覚えて祈ってもらいたいことは、サンパウロ福音教会に派遣されている小井沼國光宣教師が難病にかかられたことである。
そのため同師は昨年十一月に帰国され、検査を受けてこられた。
その他、以前からの引継ぎ事項である「常議員会よりの回付議案に関する件」(教団の世界宣教の姿勢に関する件)についても協議した。その結果、継続して作業を進めていくこととなった。
なお、今回の委員会には海外へ派遣された宣教師からの年度報告書が寄せられ、それぞれの宣教師の現地における働きの様子や生活ぶりがよくわかり有益であった。
委員会としては各委員が手分けしてこの年度報告書に対する返書を出すこととした。
最後に海外に派遣されている宣教師、海外から日本に派遣されている宣教師の働きに対し、神の導きを祈って閉会とした。
(木下宣世報)

【4573号】日・北米宣教協力六〇年の歩み 宣教の歴史に一つの区切り

このたび日・北米宣教協力会が解散することによって第二次大戦後の日本基督教団と北米諸教会との宣教協力の歴史が一つの区切りを迎えることとなった。
第二次大戦中の日本基督教団は国際的に孤立状態であり、政治的弾圧と戦災によって深く傷ついていた。戦後間もなく米国の諸教会は交わりと援助を開始し、一九四七年四月、北米八教派は、合同教会としての日本基督教団と協力する意志を持って「基督教事業連合委員会」 Interboard Com-mittee on Christian Work  in  Japan(略称IBC)を組織した。会衆派基督教会、ディサイプルス教会、福音改革派教会、福音同胞教会、メソジスト教会、米国長老派教会、アメリカ改革派教会、カナダ合同教会である。
これに対応して日本側では翌年二月に、日本基督教団、日本基督教教育同盟(後にIBC関係学校協議会となる)とIBCとで「内外協力会」Council of Cooperation(略称CoC)を発足させ、一九五二年には日本基督教社会事業同盟がこれに加わった。
それから十余年の間、IBCはCoCを通して、日本における教会とキリスト教学校、社会事業の戦後の復興とエキュメニカルな交わりと宣教に、実に大きな貢献をしてきた。
建築支援、宣教師派遣、海外留学生の受け入れ、宣教のスペシャル・プロジェクトの推進等、戦後の基督教の大きな進展にIBCが果たした役割はまことに大きいものがあった。
しかし一九五〇年代の終わりごろ、日本の教会が立ち直り、またエキュメニカルな教会関係において対等なパートナーシップが自覚されるようになり、そこから内外協力のあり方、宣教師の働らき、協力資金等についての見直しが始まった。特に日本宣教における教団の経済的自立と宣教協力の相互性が求められるようになった。更に一九七〇年代の教団紛争は内外協力会の潤活な運営を妨げた。
このような情況から一九七三年にIBCは、日本基督教団をもその正式構成員とする「日・北米宣教協力会」 Japan North  American  Commission  on Co-operative Mission(略称JNAC)へと発展解消した。その後の加盟もあって、最終段階ではその構成員は、合同メソジスト教会、米国長老教会、アメリカ改革派教会、基督教会(ディサイプルス)と米国合同教会(この二つは海外宣教局を合同)、カナダ合同教会、カナダ長老教会、日本基督教団、在日大韓基督教会となっていた。日本基督教団の場合は、これまでの歴史的経緯もあってCoC(現在は教団とCoC関係学校協議会と日本キリスト教社会事業同盟によって構成)が直接の窓口となっていた。
JNACの三十年の歩みは、宣教師派遣を中心とする内外宣教協力と、指紋押捺、沖縄基地、女性の連帯等、人権や環境問題への取り組みの協同などに大きな働きをしてきた。
今後はJNACの枠組みは、執行機関ではなく諮問機構となるので、教団としては、北米各教派と一対一の教会的宣教協力関係を築いてゆくことになる。世界宣教の一翼を担うものとしてよい形成がなされるように願うものである。
(世界宣教協力委員会 大宮 溥報)

【4573号】世界宣教の幻は止まず JNAC最終総会開かれる

日・北米宣教協力会(JNAC)の最終総会が一月二四~二五日に米国ケンタッキー州ルイビルの米国長老教会本部で開催された。参加者は、北米各ボードから二名ずつの一二名。日本側は六名。ゲスト四名、通訳三名、スタッフ三名、の計二八名であった。教団/CoCからは山北宣久議長、竹前昇総幹事、久世了CoC議長、上田博子CoC総幹事が出席した。
総会は山北議長の「聖霊による導き」と題する英語による説教と司式、崔正剛在日大韓基督教会(KCCJ)総会長の祝祷による開会礼拝を持って始められた。協議はJNAC元コーディネーターのパット・パターソン氏の「JNACの宣教協力についての歴史的回顧」のレポートの発表から始められた。
パターソン氏は「一九七三年から三二年間JNACは多教派間の宣教協力のモデルであり、KCCJと教団の関係もJNACを通して深められ、また、人権問題、環境問題、沖縄の基地問題、女性の連帯等に取り組み、一定の成果を上げた。宣教師を含めた人事交流で共に神の国の宣教の業を担い合うことを学んだ」とJNACを高く評価した。そして、JNACは解散するが、時代にあった新しい形の共同体と協力体制を設立してほしいと結んだ。
解散に関する報告、会計報告に続き、JNAC解散の正式決議が可決された。解散の条件になっている在日本インターボード宣教師社団の定款の変更許可が文化庁から出ていないので、許可が下りた日を持って解散が有効となるという文言を付加しての決議書の作成となった。また解散公告も翻訳されて発表されることになった。
JNACの古文書についても協議された。この文書はJNAC関係だけでなく、JNACの前身であるIBC(基督教事業連合委員会)の関係文書も含まれている。日本と北米に保存されているこれらの文書は、教団/CoCとUMC(合同メソジスト教会)がそれぞれ責任を持って保管することが決定された。
解散後、JNACのメンバーで宣教協力の一環としてフォーラムが開催されることが前回の総会で決定されており、今回は、第一回を日本で開催することと、予算が可決された。さらにKCCJとの共同提案という形で、山北議長がフォーラムの具体的な内容の提案と主旨の説明をした。二〇〇六年または二〇〇七年の初めに同フォーラムを開催することが了承され、KCCJと教団で協議をして準備をすることとなった。
JNAC解散後は、KCCJと教団は北米各教会と個別に対応していくことになる。教団としては、北米各教会と宣教協約、宣教合意書、宣教覚書等何らかの文書を交換したいと山北議長が協議の中で提案した。今後教団は、北米各教会と折衝を重ねていくこととなる。
第一日の夜は宿泊ホテルで夕食会が持たれ、今総会のホスト教会である米国長老教会からも多数の関係者を迎えた。ゲストのパターソン氏、ボブ・ノーサップ氏(元コーディネーター)ヒロシ・ジョー氏、トニー・カーター氏(元在日会計)からJNACの忘れえぬ貴重な楽しいエピソードが語られた。
また、退任するスタッフへの献身的な働きに対する感謝が述べられ記念品が贈られた。そして、北米各教会には、KCCJと教団から日本語(英訳付き)の感謝状と記念品が両教会の総会長と議長から贈呈された。
教団はJNACの解散に伴い、CoCとの関係を今後どの様にしていくかが大きな課題となった。教団/CoCの関係は、わかりにくくなっており、北米側の理解を得にくい構造となっている。
JNACは二〇〇五年一月二五日、久世JNAC議長の挨拶、閉会礼拝のジョン・リーRCA宣教プログラム幹事の説教、ウィル・ブラウンPCUSA世界宣教局副ディレクター司式による聖餐式、上田博子CoC総幹事の祝祷をもってその歴史を閉じた。

【4573号】荒野の声

▼地震の被災地を豪雪が襲っている。新聞テレビで見ても、凄まじいばかりだ。▼初任地の教会は大通りに面していた。早朝ブルドーザーが走り、路面が見える程きれいに除雪される。その分、教会の玄関には、時に高さ二mの雪の壁ができる。朝六時頃、かちかちに凍り付いた雪に、スコップ時にはツルハシで向かい合う。九時からの教会学校に間に合わないくらい暇取ることさえあった。大雪が降るたびに、この繰り返し。▼雪について事実ありのまま記したら、大法螺或いは被害妄想と受け止められるだろう。出典不明だがこんな話を聞いた。「立ち小便するなかれ、この下に高田の町あり」。町全体が全く雪に埋もれているという意味だ。▼雪国の子供はそれでも雪が大好き、秋が深まると初雪を待つ毎日。田畑が清々しい雪に覆われると、寒さも忘れて心弾む。大人だって同じだ。今よりずっと雪が多かった江戸時代の『北越雪譜』、舞台は地震被災地域に重なる。豪雪に苦しみながらも、なんと雪を愛していることか。日本一と名高い米を初め多くの恵みも、雪がもたらしたもの。

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